IT営業であった俺様が、六本木の魔王になるまでの話
さぁ、話をしよう。俺は魔王だ。
今、六本木で地獄ホスト、悪魔営業と呼ばれている。
何でそう言われているかと言うと、悪行を為しているからだ。
俺様は積極的に悪を為し、人間社会を乗っ取り、支配する。大罪だ。
無論、俺様は普通の人間ではない。実は超能力が使える。低能力者だけどな。
これは、IT営業であった俺様が、六本木の魔王になるまでの話だ。ちょっと長いが、勘弁してくれ。自慢話と夫婦喧嘩は犬も喰わないと言うが、親友、恋人からの長電話だと思って、聞いてくれ。まぁ、そんなに面白くもないかもしれないが……。
話は遡るが、そんな昔の話じゃない。コロナ前だ。
俺様は、とあるIT企業に入った。最初は技術者にでもなろうかと思っていたが、人と話しているうちに、向いていない事に気が付いた。そして気が付いたら、営業になっていた。
一日中PCに向かって作業なんて、カッコいいかと思っていたが、やってみたら鬱だった。耐えられない。性格だ。俺は絶えず人と話している方がいい。
営業会議とか嫌だが、自分から掛ける電話は大好きだ。反対に掛かってくる無駄電話とか、一秒でも早く切りたい。分かり切った前口上を述べて、俺様が得にならない無駄話をする奴は大嫌いだ。営業ならちゃちゃっと話せ。仕事ができない奴ほど、無駄電話が多くて困る。
無駄電話は30秒、営業電話は15秒だ。40秒も要らない。飛行艇の婆さんもびっくりだ。
無論、長電話も在り得る。お互いが得するならオールナイトだ。最高12時間とかある。だがトラブルの長電話もウンザリする。現場上りの粘着質なお客さんとか勘弁して欲しい。日〇のなぜなぜ分析とか電話でやらんでほしい。利益どころか、売上にさえならない。
ああ、どうやって、売上、利益を立てているかだって?
IT営業は、会社のエンジニアを売って暮らしている。こんな言い方をすると、人買いか、奴隷商人みたいだが、実際、炎上案件に入れられたエンジニアから、そう罵られる事もある。
会社的には、エンジニアが持っている技術に金額的付加価値を付けて、客先に紹介しているだけだ。人材なんて便利な言葉もあるが、要するに記号だ。エンジニアの経歴書の名前を、よく分からない命名規則に従って、数字とアルファベットに変えて飛ばす。営業メールだ。
どっかの会社からのメールで、競馬の競走馬みたいな名前を付けられた経歴書が届いた事があった。アレは傑作だった。本人が知ったら、どうなるんだ?ワクワクする。暫くの間、メールは来ていたが、そのうちパッタリ止まった。その会社がどうなったのか知らない。
この仕事は、人材と案件のマッチングっていう奴が重要で、面談とかやる。最近は派遣法が変わったとかで、インタビューとか現場見学とか言ったりもする。要は面談なのにそう言わない。入社面接とは別なので、会社から出向する客先の面談と言うが、世間では派遣さんと言う。
派遣さんなんて言うと、現場猫が飛び出して来そうだが、イメージ通りだ。大体合っている。あんな感じだ。俺は現場の外側から案件を見ていたが、よく話は聞いている。
有名な話で、三〇統合何とかPJとかあったが、アレは一種の魔物だな。人間を次々吸収して返さない。ブラックホールみたいなシステムだ。表面上の矛盾はバッチ処理で対応しているが、システムの深層の矛盾点には最早誰も辿り着けず、人間の知性では対応できないレベルの論理矛盾を抱えたまま業務を走らせている。廃人が続出し、デスマーチが行進する。
まぁ、最近は36協定とか煩いから、昔みたいな事は起きないと言われているが、実は変わらない。今も現場は不夜城で、デスマーチだ。IT営業は、それを遠くから眺めている。
よく燃える案件ほど、よく人を吸収するので、会社は挙ってエンジニアを投入する。お客さんも焦っているので、ろくすっぽ面談しないで人を入れる。だから労基がやってくる。
どっかのエンジニアが、現場のタレコミ情報を労働局に入れて、お客さんもろとも、会社が捕まる。そして厚生労働省の官報に晒される。曰く、派遣法違反。三か月間営業停止。
笑えるが、笑えない話だ。この国はよく分からないツリー構造で出来ている。
商流とか言うが、仕事の発注元をエンド・ユーザーと言う。要するに最初に仕事を出す大元のお客さんだ。その下に元請けとか言う最初に業務を委託された会社がある。そしてその下にさらに孫請けが発生し、最大8社くらいまでのツリー構造を見た事がある。
末端で働くエンジニアの給料は幾らだ?大元のお客さんは幾らでこの仕事を出した?
中抜きも凄い額になるが、俺様は交渉して、契約後だったにも関わらず、5社ブチ抜いて、元請けの下まで商流を上った事がある。間の会社に現場エンジニアはいない。ただの案件紹介だけで、お金をもらっていた。要するに営業がいただけだ。単価は2倍くらいになった。
当然、間の会社には恨まれた。ご法度だ。マナー違反だ。もうあそことは付き合わないだ。
会社の利益、売上は増えたが、エンジニアの給料に反映されたのかは分からない。俺様の手取りが増えた訳でもない。儲かったのは会社だけだ。諸悪の根源は所属会社だったりする。
これは派遣法の名の下に、経営者の指示でやった。不適切な関係を是正するためだ。裏を返せば、派遣法を逆手に取って、商流をブチ抜き、所属会社だけ利益を上げたとも言える。
この辺りから、IT営業がバカらしくなった。適切な商流?適切な契約形態?
何が派遣法だ。コンプライアンス?法令遵守?大宇宙の法則と関係がない。
こんなの、全て人間が作った法律に過ぎない。要するに、国も会社も人を食い物にしている。
喰うか、喰われるかというジャングル・ローに従うなら、喰う側に回らないといけない。
俺様はもう手段を選ばない事にした。契約を取るため、夢の力を使う事にした。
夢の力?何だそれは?と思うかもしれない。まぁ、ちょっと見ていてくれ。
――エンジニアの面談後、俺様はお客さんに電話を掛ける。
「……どうでしたか?イケそうですか?」
「う~ん。やっぱり年齢が……。スキルが……」
「……あ、分かりました。今晩夢で会いましょう」
「?」
俺様は電話を切ると、その日の夜、お客さんの事を考えながら、就寝する。すると俺様は、夢の中で、お客さんと会って、契約を指示する。お客さんは俺様に逆らえない。
翌朝、お客さんから俺様の電話に着信が入る。
「……昨日の件、確定でお願いします」
「ありがとうございます!」
こんな感じだ。嘘みたいな話だが、実話だ。夢使いだったりする。俺様は、極々低いレベルの霊能者・超能力者だったのだろう。所謂、低能力者だ。他にも二つ能力がある。
夢で俺様と会って、逆らえる奴は殆どいない。この世でどんな偉い奴でも、夢の世界では俺様が上で、逆らえない。大会社の社長でもそうだ。100人いたら、99人言う事を聞く。
無論スキルとか無視して、決めているので、エンジニアは案件に入った後、落ちる事も多い。だがそんな事など知った事か。実力が足りない方が悪い。喜んで入場しているじゃないか。
経歴書を投げて、面談まで漕ぎつければ、100%通せるので、業界関係者から恐れられた。60台のベテランも、18歳の未経験者だって、何十人も案件に入れた。障害者手帳を持ったエンジニアだって、客先に送り込んだ。俺様の営業成績はぐんぐん上がり、最初は会社も歓迎した。だがいつの間にか、会社から睨まれるようになった。何か不正をしているのではないかと疑い始めたのだ。でも証拠なんか出て来る訳がない。夢の力は、この世を超えている。科学万能だか何だか知らないが、唯物論的世界観で、この俺様を捕まえられる訳がない。やりたい放題だ。
一度だけ、夢の世界で、警告を受けた。霊夢だ。
そいつは、立花神社の夢巫女を名乗る少女で、藤色の袴に白い目隠しをしていた。黄金の天秤を手に持っている。夢の力を悪用して、現実世界を捻じ曲げてはならないと言われた。
一体何者なのか分からない。あまり日本的に見えなかった。超古代?系統不明だ。
夢の世界で、俺様の言う事を聞かない奴はいる。ごく稀だが、こちらより上の存在もいる。
説明する事は難しいが、俺様のアカウントは、この世界で、管理者権限が高い方だったのだろう。だから、夢の世界で、この力を意識的に使われると、一般人は手も足も出せない。アカウントの権限が低いからだ。だが同等以上の存在はいる。あの夢巫女は俺様より上だ。
ところで、俺様は夢の力とは別に、催眠術も使える。IT営業の時から使っていた。
面談前、エンジニアに暗示をかけて、コミュニケーション能力を引き上げる。バフだ。
騒がしい場所はダメだ。適度に静かで、こちらのペースに引き込める場所がいい。雰囲気作りが大切だ。あと未来が読めた。ちょっと先の未来だが、面談で、相手がどんな質問をしてくるのか分かった。だから先回りして、回答を用意して渡す。本番で一言一句、予想通りの質問が飛んで来る。エンジニアは答えるだけだ。だからどんなコミュ障でも、面談を通せた。
ダメなエンジニアほど、俺様を崇めた。俺様が面談を組めば、百発百中で通るからな。催眠術、未来透視、夢の力の三段構えだ。逆にこれで面談に落ちる奴は、天才だ。
とんでもないチートが、IT業界にあったものだ。完全にチーターだ。ネコ科だ。猛獣だ。
だが俺様が見たところ、10万人規模の大会社になると、社員に霊能者は確実にいる。自覚的かどうかは別として。それ以下の規模だとまずいない。だが業界単位で見たら、大体どこの業界にも、魔法使いはいる。一種の超能力者、霊能者だ。営業職・経営者に多い。
あと軍隊にも確実にいる。小国でも、10万人は集めるから絶対いる。そいつが戦闘霊能者かどうかまでは分からないが、国は積極的にそういう奴をスカウトしている。諜報活動、スパイにも使えるからな。成果さえ上げてしまえば、過程を問わない姿勢は、営業の世界と一緒だ。
複数の外国語ができる奴も、霊能者である可能性がある。ただちょっと系統が異なっていて、複数外国語ができる奴は、宇宙に向かって、その精神が開かれている。チャネリングだ。宇宙人だ。ピアノ音楽とか、未来数学も、低能力と関係があるかもしれない。
とにかく、そんなこんなで、色々馬鹿らしくなって、才能を生かすため、俺は会社を辞めた。そして独立して、六本木に事務所を構えた。パパ活コンサルだ。
――パパ活コンサル?何だそれは?と思うかもしれない。
俺の新しい名刺だ。要するに女衒だ。どうやって、パパ活をコンサルしているかだって?
無論、そんなの決まっている。パパ活の元締めとして、高い利益を取るだけだ。俺様は悪徳業者として、腐敗の限りを尽くした。ああ、従業員なら、問題ない。いくらでも採用できる。
方法はこうだ。エロ漫画とかに、よく催眠アプリの話があるが、アレ、俺できんじゃね?と思って実行したら、簡単にできた。元々、エンジニア相手に、催眠術、未来透視、夢の力の三段構えで面談を通していたしな。同じ手法をちょっとアレンジしただけだ。
催眠アプリを作る協力者は必要だったが、それは大した問題じゃない。ただのツールだ。
アプリの出来や、誘導するストーリーも良かったかも知れないが、寄ってきた女は、たちまち人形になった。お人形さんだ。何でも言う事を聞く。俺様はアホなお人形遊びをした。
だがすぐに飽きた。今時の女は最初から堕ちている。マッハ堕ちだ。自分から喜んで、俺様が見せる夢に飛び込んで来る奴までいる。そういう理由があれば、いくらでもやる女はいた。
俺様が六本木で事務所を開いて、繁盛していると、ある日の夜、2メートルを超える黒マントの男がやってきた。そいつは宇宙のグルメを自称していた。ビジネス・パートナーだ。
順調に事業は拡大し、ドイツから性科学者も連れて来た。マッドサイエンティストだ。
気が付いたら、ウチの従業員の一人が、淫魔サキュバスに魔界転生していた。
黒ギャルだ。ただの女子大生が、恐るべき夜の魔物に変貌した。今後、量産体制に入る。
――俺様がどの時点で、魔王になったのか、定かではない。だがどこかで俺様は魔王と入れ替わったのだろう。これがIT営業であった俺様が、六本木の魔王になるまでの話だ。
『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード49