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Make America Great Again

 そのサングラスを掛けた民主党白人大統領は、ホワイトハウスの中を逃げ回っていた。彼はお金を使い過ぎて、合衆国連邦政府を休業に追い込んだ。カードの借入金額限度いっぱいを使い切って、破産した人みたいだ。だが国家規模で、それが起きてしまった。
 「……私は悪くない。皆がお金を欲しいと言うから、配っただけだ」
 その大統領は、オーバルオフィスに逃げ込んだ。だがここにも誰もいない。
 「稀代の噓吐きよ、お前は長く生き過ぎた。もっと早くに来るべきだった」
 グリム・リーパーだ。黒い鎌を構えている。大統領は椅子に座ると、威嚇した。
 「……お前は何者だ!私は合衆国大統領だぞ!」
 「何者?お前がそれを問うのか?」
 グリム・リーパーはさも可笑しそうな素振りを見せた。そして鎌を振り被る。
 「そうだな。敢えて、お前たちに合わせて言うなら、私は全てのアメリカン・ヒーローの根源に立つ者だとでも言っておこう。彼らの意識の根底には、常に私がいる」
 初耳だ。そんな話は聞いていない。グリム・リーパーはもっと昔からいる。
 「……やめろ!合衆国がどうなってもいいのか?やめろ!」
 大統領はクビになった。サングラスを掛けたまま床に転がる。風化してすぐに崩れた。これで正副大統領が退場し、序列3位のハウス・スピーカーに御鉢が回った。
 
 「大統領の訃報に寄せて、一言どうぞ」
 その共和党前大統領は、マスコミからマイクを向けられた。少しの間、考える。
 「……彼はいい夢を見て、旅立った。そう願おう」
 大統領は、オーバルオフィスで、亡くなった。彼は眠るように、椅子に座ったまま亡くなったらしい。執務中、いや、昼寝中の出来事だった。老衰とも言われた。
 辛辣な皮肉を期待していたそのマスコミは、幾分、失望していた。
 「リパブリカンは、ホワイトハウスを奪回しましたが、ラリーは継続しますか?」
 「……無論だ。だがハウス・スピーカーとは話し合わないといけない」
 共和党前大統領は言った。おかしな噂が流れていた。新大統領は、連邦議会を解散すると言う。無論、予算が通らなくなってから、ずっと休会中だ。だが解散とは?
 「新大統領とはいつ会いますか?」
 「……彼の気が早まらないうちに会いたいね」
 共和党前大統領は、車に乗った。今、合衆国は混乱の極致にある。立て直さないといけない。先日、西部7州が海中に没した。大陸陥没だ。まだ事態の全容が掴めていない。天変地異だからだ。だが彼のやる事は変わらない。次の大統領になる事、それだけだ。
 
 その共和党前大統領は、世間から徹底して、嫌われていた。かつてない。
 史上初の連続二回の大統領弾劾、連邦議事堂襲撃の煽動犯にして、機密文書持ち出し犯、脱税の常習犯であり、最近はレイピストという肩書も公に加わった。輝かしい。
 パンドラの箱だって、ここまで混沌を詰め込んでいない。設定の盛り込み過ぎだ。悪役としてキャラが破綻している。一体、世間はこの男に何を期待しているのか?
 聖書の言葉に、「我は平和ではなく、剣を投じるために来た」という一節がある。(注90)
 合衆国の人たちは、この男に振り回された。彼を知らないという者は少なく、多かれ少なかれ、合衆国の人たちは彼を知り、無関心は本当に少なかった。だから皆、好きか嫌いかに分かれる。そういう意味では、この男は、まさに剣を投じに来ている。
 だがマスコミは彼を愛していた。とにかく、彼について語れば、記事になり、視聴率が稼げるのである。実はマスコミは善か悪か問わない。人々に見せるだけである。あたかも善悪について語っているように見せているだけである。問題を提起しているとも言う。
 視聴率欲しさに、これまでの方針を捨てて、この混沌と手を握ったテレビ局もある。
 「……あなたはこの番組を見ない権利がある」
 C〇Nのアンダ〇ソン・ク〇パーが発した名言だ。自局のあまりの裏切りに、腹を立てて、そうコメントしていたが、やはり高視聴率を叩き出している。この名言のせいで、彼がCN〇をクビにならないか心配している――というのはウソだ。
 とにかく世間は、いや、マスコミは、この前大統領は問題だと言う。そして怒り出す人たちが、後を絶たたない。では彼の何が一番、世間を怒らせたのだろうか?
 実は、年収1ドルで、合衆国大統領を四年間やった事かもしれない。
 彼はすでに億万長者だったから、別に大統領の報酬なんて、要らないのだ。本当はゼロでも良かったのだが、法律的な問題もあり、1ドルという事にした。それだけだ。
 だがこれは、単なる象徴では終わらなかった。それが意味する処は重大だった。
 政治家というものは、多くの人たちとの関係で成り立っている。そこには利害があり、お金が動いている。そして多くの人たちはお金が欲しい。利権が欲しい。
 だが彼は、すでに億万長者だったから、お金も利権も要らなかった。だから周りの人たちから、どれだけ、お金や利権を提示されても、彼は動かなかった。興味なかった。
 結果的に、彼は腐敗と無縁になった。買収とか癒着に応じないからだ。これは多くの人たちを深く傷つけ、激しく怒らせた。こちらから提示した好条件を一切手にせず、反対に彼がやりたいように物事を推し進めるからだ。なぜ一緒にお金と利権を手にしないのか?
 それが政治家の特権なのに、あの男は一切、そういうのに加わろうとしない。清廉潔白、キリスト教的精神に溢れた清貧というならまだ分かる。だがそうではないのだ。億万長者として、派手なパーティをやり、奥さんだって、取り換える。そういう男だ。
 世間的には、他の金持ちと同じに見えるのだ。だが中身が違う。毛色が違う。この微妙な違いが、彼らをどこまでも怒らせた。地獄の底まで呪ってやる!という連中は多かった。無論、最初から世間と敵対的だった訳ではない。最初は世間も様子を見ていた。
 だが彼は、よく分からない煽り体質みたいな性格をしていた。負けず嫌いとも言う。だからいつしか牙を剥いて、世間は次々と彼に襲い掛かって来た。だが彼は、挑発の天才であり、煽りの天才であり、返しの天才でもあったので、炎上に炎上を重ねた。
 炎上商法を逆手に取って、いつでもスターダムに乗れる男なんて、そうそういない。無論、敵は多い。だが敵の多さこそ彼の強みだ。全て彼を押し上げている。意味が分からない。天はとんでもない男を合衆国に送り込んだものだ。見ていて飽きない。
 彼を攻撃する者は、攻撃するポイントが多過ぎて、かえって手が出せないくらいだ。
 試しに、批判の矢を放つと、より大きな弱点で切り返してくる。攻撃する側が、より巨大な弱点で言い反されて、戸惑って、沈黙するのである。ちょっと在り得ない。
 こんな変な議論をする男は見た事がない。ポリコレとか、キャンセルカルチャーとか、この男にとって、朝飯前の議論なのだろう。明らかに遊んでいる。またこの男は、底意地の悪さでも有名だ。政敵・論敵に変なあだ名をつけて弄り倒す。選挙期間中ずっとだ。
 こういう男が、政治的に腐敗せず、合衆国の大統領まで上り詰めたのだ。個人としては、クソかもしれない。だが金銭的にも、政治的にも、一切腐敗していない政治家というのは、現代において、奇跡に近い。手法的にも、どこか古典古代の政治家を思わせる。
 歴史が大好きな日本の総理大臣は、共和党前大統領を評して、こうコメントしていた。
 「彼はアテナイのテミストクレスに似ている」(注91)
 紀元前、ペルシア戦争におけるサラミスの海戦の勝利者だ。晩年は祖国に裏切られた。
 「合衆国に、陶片(とうへん)追放がない事は良い事だが……」
 だが彼を退場させようと思えば、実は幾らでも手段はあるのだ。
 
 その日、共和党前大統領は、いつものように、ラリーを続けていた。
 「ワシントン、オレゴン、カルフォルニア、ネバダ、ユタ、アリゾナ。西部7州の最期は痛ましかった。永遠に忘れない」
 共和党前大統領は静かに言った。十字さえ切って見せる。聴衆も従った。
 「だが神は我々を見捨てなかった」
 師であるノイマン・ビンセント・ピールの影響か。牧師を思わせる。(注92)
 「リパブリカンはホワイトハウスを奪回した」
 事実かつ軽口だった。ここら辺はいつもの調子だ。聴衆は拍手した。
 「ハウス・スピーカーと話す事は多い。私はまず米軍を再編成したい。極東から手を引いて、ハワイに戦力を集約させる。西太平洋は放棄する」
 北からの攻撃で、合衆国はグアムを失っている。半島からも完全撤退した。
 「日本も安全保障条約を更新しないと言っている。よい機会だ。彼らの望み通りにしようじゃないか。傭兵代はもう払わなくていい。核のレンタルサービスは続けようか?」
 この日本の全方位隣人外交は、合衆国側から見て、都合のよい一面もあった。
 「大陸には一定の警戒を残そう。彼らは一体何をしているのか?」
 大陸からは信じられないニュースばかり届く。合衆国よりSF的で、ハリウッド的だ。
 「台湾防衛戦で、米軍は真価を見せた。信仰と自由を守った」
 共和党前大統領は米軍を褒め称えた。聴衆も満足していた。
 「だが我々は内政に向かわないといけない。すなわち、連邦政府の立て直しだ」
 西部7州を失っただけではない。すでに天文学的な借金があり、返せていない。
 「このまま休業を続ける訳にもいかない。私はここに連邦議会の再開に取り組みたい」
 聴衆は激しい歓呼の声で迎えた。近年、一番期待されていた言葉だった。希望の言葉だ。
 「新大統領に協力を依頼する。きっと彼もよいと思ってくれるはずだ。無論、困難が伴う事は承知している。山積されたこの国の悪と戦うようなものだ。だが必ず勝つ」
 その共和党前大統領は、聴衆を沸かせるため、冗談を言った。
 「なぜなら、私もアメリカン・ヒーローの一人だからだ」
 この男には秘密がある。天の声を聞く事ができる。グリム・リーパーも知っている。
 「Make America Great Again.」(アメリカを再び偉大にせよ)
 共和党前大統領はいつものMAGAで締めた。これは確信にして事実だ。
 「合衆国は沈まない。私がいる限り、沈めさせやしない!これは本当だ!」
 力強く吠える。聴衆は湧いた。期待通りの台詞が聞けたからだ。
 だがその時、突然、聴衆の中から、躍り出て来る男がいた。拳銃を手に持っている。
 「You Bastard! I hate you!」(クソ野郎!お前が憎い!)
 そのデモクラットは拳銃を撃った。SPたちが共和党前大統領を守ろうとする。
 「Remember January Six! You're fired! (注93)」
 (1月6日連邦議事堂襲撃事件を思い出せ!お前はクビだ!)
 デモクラットは、マシンピストルで、ドンドンドンドンと連続で銃声を放った。

注90 マタイによる福音書、10章34節
注91 Θεμιστοκλής BC524~BC455年頃 アテナイの政治家・軍人
注92 Norman Vincent Peale(1898~1993年)「ポジティブ・シンキング」の発案者
注93 NBCのリアル番組『The Apprentice』で共和党前大統領がよく発した決め台詞。

         『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード114

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