見出し画像

閻魔様は見ている

あらすじ(読み切り短編)
とある男が死んだ。金曜日の夜に死に、気が付いたら月曜日の朝だった。
とりあえず、出勤しようとして、髭を剃ろうと鏡を見るが、自分の姿が映らない。そうだ!これは透明人間だ!異世界転生だ!
男は地上を彷徨い、ありとあらゆる日常生活を人々の背後から覗き見る。
そのうち飽きて、お迎えが来ると、あの世の閻魔庁に連れて行かれ、お白洲で、人生のバランスシートを総決算する。

 夢を見た気がする。髭もじゃの真っ黒な大男が出て来た。怒っている?
 だが目覚めたら、透明人間になっていた。
 ベッドに横たわる自分を見下ろす。ベッドに入って戻ろうとするが、入れない。通り抜ける。意味が分からない。これが透明人間か。ふと、部屋の壁時計を見た。月曜日の朝だ。
 おかしい。金曜日の夜から、月曜日の朝にワープしている。記憶がない。
 ベッドに入ってから、48時間以上経過している。そんな事があるのか?その後も何度も焦って、自分の体に戻ろうとしたが、無駄だった。そろそろ出勤の時間だ。支度をして職場に行かないと行けない。だが何度やってもダメだった。透明人間だ。
 仕方なく先に髭でも剃ろうと思って、洗面所の大きな鏡の前に立った。
 誰も映らない。ただの鏡だ。洗面所が映っている。透明人間だからか。
 ――何だこれ?
 それが正直な印象だった。ふざけている。いや、透明人間という設定に忠実と言うべきか。まさか本当に透明人間になったのか?しかし透明人間とは?
 そうこうしているうちに、時間がどんどん経ち、お昼になった。なお焦っていると、アパートの外に、人々が集まっている様子が聞こえてきた。何だ?
 玄関に向かい、扉を開けて、外に出ようとしたが、手はドアノブをすり抜けて、身体ごと、部屋の外に出てしまった。転びそうになるが、どうにか姿勢を保つ。
 扉を通り抜けて、外にダイブするような姿勢で、人々にめり込む形で固まっているため、よく分からなかったが、警察や救急隊、それから会社の同僚が来ていた。
 「おおい、どうした?」
 声をかけたが、聞こえていないのか、彼らはそのまま話し続けている。しまいには隣に立って、大声で怒鳴ったが、完全に無視された。聞こえていないのか?
 管理会社の方が来て、合鍵を使って、部屋の扉を開けた。警察が中に踏み込む。
 「……12:35発見。本人と思われます。どうぞ」
 警察がそんな事を言っていた。ベッドの上に自分がいる。アレが自分か?
 「……脈無し。瞳孔は開いています」
 緊急隊の人はそんな事を言っていた。いや、自分はここにいるんだが。
 「……今のところ、事件性はなし。異常は見当たらず」
 警察はそんな事を言っていた。いや、事件でしょう。だって透明人間ですよ?
 その時、閃くものがあった。後頭部が豆電球のように、パッと瞬く。
 ――分かった!これは異世界転生だ!透明人間になって自分が活躍する話だ。
 
 それから透明人間は大活躍した。まず映画館に行って、映画を観た。無論、タダだ。透明人間なので、入口も出口もフリーパスだ。問題ない。皆も透明人間になったら、映画館に行こう!何本も映画が自由に観れて、時間も潰せる。だがそのうち飽きた。
 出口に独りで漂っていると、お仲間を見つけた。透明人間だ。冴えないおっさんだ。
 「……あ、どうも。長いんすか?」
 「ああ、どうも。ええ、まぁ、お陰様で」
 それから暫く謎の会話が続いたが、どうやら彼は、映画館から離れられないようだった。
 「ええ、約束した人が来るのをずっと待っているんですよ」
 「……待ち人が現われるといいですね」
 ちょっとセンチメンタルな気持ちになったので、ジャーニーに出た。
 夕暮れの街を彷徨っていると、所々でお仲間の姿を見かけた。いや、街中、透明人間だらけだ。こんなに透明人間がいたなんて知らなかった。新発見だ。世界はこの事実を知らない?パチンコ屋とか銀行とか、そういう処に沢山いる。理由はよく分からない。金か?
 それから古い透明人間は、形が崩れていた。化物みたいになっている。ホラーだ。
 ――う~ん。これはいかんな。早く何とかしなければ。でもどうすればいい?
 そう言えば、メシを食っていないな。何か食べに行くか。定食屋を発見すると、中に入る。券売機の前に立つが、後ろから来たおっさんに割り込まれた。というか、空間的にズボッと重なった。ちょっときもい。だがおっさんの思考が流れ込んで来た。
 ――カツ丼セット、そば冷。
 あ、それいいね。くっついたまま、席まで行く。何だこれ?合体している?すぐに配膳された。おっさんがカツ丼を食べ始める。透明人間である自分も、何となく食べている気分を味わう。なぜか腹が膨れたような気がした。不思議だ。エナジーチャージ?
 それから街で、女子高生を見かけたので、付いて行った。透明人間なので、尾行は完璧だ。彼女の部屋までお邪魔できる。まずお着替えを堪能した。夜まで待つ。お風呂だ。
 ――う~ん。湯気であんまりよく見えなかったな。深夜アニメか?
 まさかリアルでも湯気に邪魔されて、見えないとは思わなかったが、気分だけ覗いた。無論、透明人間なので、バレていない。やりたい放題だ。後は一緒に寝て金縛り?
 ――でも接触できないのが残念だな。仕様か。透明人間だから仕方ないか。 
 折角、覗いたのに、不完全燃焼だったので、思い切って風俗に行ってみた。泡姫だ。だが他人がやっているのを見ても、面白くなかった。これではビデオと変わらない。だがふと、もしかしてできるのではないかと思い、おっさんの背中にそっと乗ってみた。入れる。
 透明人間はおっさんになった!一心同体だ!泡姫を楽しめる。
 それから透明人間は、客に乗り移って、一緒に何人も泡姫を楽しんだ。だがやはりちょっと感覚が異なった。動きが違うし、自分の希望通りに動く訳でもない。何かズレた感じのまま、やっているのだ。これはこれで、不完全燃焼だった。ちょっと不満がある。
 ――う~ん。飽きたな。そう言えば、会社の皆はどうしてる?
 PJの進捗が気になったので、会社に向かった。PJは佳境を迎えていた。いや、鉄火場だ。自分のデスクはそのままだったので、とりあえず、席に着いて、様子を見た。
 納期に間に合いそうにない。遅れていた。抜けた自分の分というより、これは全体の問題だ。だが作業に停滞感が漂っている。よし、手伝ってやろう。
 それから、各人のデスクに行き、透明人間は指導した。ここをこうやればいいと教えた。すると彼ら、もしくは彼女らは、大体その通りに動いて、問題を解決した。そのあとは障害が減ったせいか、作業に活況感が出た。遅れも取り戻せそうだ。
 自分のデスクに戻って、透明人間は満足そうにその様子を見ていた。いい事をした。気分がいい。だがこれ以上は自分も分からない。もう後は彼らの仕事だ。
 一抹の寂しさを覚えた。そう言えば、親とかどうしているのか?
 実家まで飛んで行くと、父親は居間でテレビを見ていた。実家暮らしの妹もいる。
 「……そっちで焼いてくれるんですか?」
 母親が会社の人と電話で話していた。自分の話をしている?
 「……だから知りませんって!死因なんて!」
 母親は怒って、電話を切り、居間に戻る。そして妹と三人で楽しく一家団欒だ。
 暗澹たる気持ちになった。まぁ、10年以上帰っていないし、仕方ないか。
 その後、何となく死んだ婆さんの事を思い出して、墓地に行った。かれこれ10年以上、手も合わせていない。婆さんは自分の味方だった気がする。お墓の前に立って、手を合わせると、本当に行く処がなくなった。ふと、海の映像が過った。そうだ。海に行こう。
 人影が少ない海岸線を歩く。いや、漂う。日夜彷徨う。もう曜日感覚も喪失した。
 生きている人間が、ただ羨ましかった。もう乗り移り方も分かっている。彼らが欲望を出した時に、中に入れる。乗り移って、気分が味わえる。
 何と言うか、生きている人間は、チーズのように美味しい。とろける。上手く表現できないが、ネズミが、チーズに引き寄せられるように近づいてしまう。生きている人間の発しているエネルギーが欲しいのだ。これでは透明人間ではなく、吸血鬼か。悪霊?
 「はい、ストップ。そこまで」
 振り返ると、死神美少女がいた。大きな鎌を持っている。誰だ?
 「とりあえず、代理でお迎えに来た。49日も越えている」
 え?そうなのか。そんなに経ったのか?それにお迎えって?
 「代理だけど、私が案内する。付いて来て」
 このまま残ったら、どうなるんだ?別に行きたい処なんてない。
 「段々形が崩れて、ドロドロになる。そうなりたい?」
 街で見かけた古い奴か。殆ど化物になっていた。妖怪みたいだった。アレは嫌だ。
 
 それから、透明人間は三途の川に行き、奪衣婆と渡し賃で揉めた。今時クレジットカードが使えないなんて、サービスが悪過ぎる。星1だ。後で書き込んでやる。だがカローンを名乗る懸衣翁に助けてもらった。爺さん、サンキュな。
 その後、朱色の建物に入った。閻魔庁だ。法廷が開かれる。右手に鬼たちがずらりと並び、左手に官吏がずらりと並ぶ。なぜか聖徳太子の17条の憲法が張り出されていた。閻魔大王は鎮座する椅子の奥に、柱のような大剣が立てかけてある。鉄塊だ。
 この人、どこかで見た気がする。何処だったか思い出せない。だが知っている?
 「……これより裁判を始める。分かっていると思うが、お前は死んで霊になった」
 「失礼な。俺は透明人間だ。霊とか言うな。異世界転生した。そういう設定だ」
 閻魔大王は、ああ、分かった、面倒くさいなという顔をした。死神美少女が申し訳なさそうな顔をしている。何だ?空気を読んでいない発言をしたのか?
 「……当法廷は、異世界転生者透明人間○○を裁く。いいな?」
 閻魔大王はギロリと大きな目玉を剥いた。思わずたじろぐ。
 「何だか知らないが、別に何も悪い事はしていない!俺は勇者だ!どんとこい!」
 善悪のバランスシートが展開された。エクセルだ。善悪という関数も入っている。
 緊張する。そんな悪い事はしていない筈だ。少なくとも、犯罪はしていない。
 「……退屈な人生だな。倍速視聴するか」
 照魔の鏡が人生動画を映している。閻魔様は、勇者の人生を倍速モードで視聴した。
 生前の善行や悪行がバランスシートに記入されていく。不味い。悪行の方が多い?
 ネットでぶっこ抜いた深夜アニメとかエロ動画が地味に効いていた。違法か。
 「……わし的にはどうでもいいが、与えられていないものを盗っているからな」
 閻魔大王はそう言った。親不幸も悪行にカウントされた。信仰心もゼロだ。死んだ後の行動も計算に入っていた。同僚を助けたのは善行だ。なぜか墓の前で婆さんに手を合わせた事まで、善行に加算されていた。かなり細かい。願いましては?
 チーンと鐘が鳴って、結果が出た。地獄行きだ。微妙に足りなかった。
 「……まぁ、とりあえず、血の池でも逝っとくか?」
 閻魔大王はそう言った。透明人間は何も言えない。やっぱり風俗が不味かったか?
 「……エンマ様は見ている。そういう事だ。時々、夢でわしと会っただろう?」
 夢?夢の中で閻魔様と会えるのか?真っ黒な髭もじゃのあのおっさんか?
 「……そうだ。それがワシだ。よく覚えておけ」

         『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード107

いいなと思ったら応援しよう!