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The end of the world 1, Atlantis again

 世界の終わりは、合衆国西海岸、カルフォルニアから始まった。
 まず夜空に異変があった。星が線を描いていた。天体観測の固定撮影みたいだった。短時間だったが、夜だった地域ではどこでも観測され、北半球、南半球を問わずに、全地球的に観られた現象だった。地球の自転が、一時的だが、急速に変化したためと言われた。
 数週間後、いつもであれば、暖かい気候で知られた海岸に冷たい風と、曇り空が広がり、沖合に流氷が見えた。サンフランシスコ、ロサンゼルス、サンディエゴなどだ。これはかつてない事だった。とにかく寒くなった。カナダ並みの寒さだ。
 最初、地球温暖化による異常気象という事で、片付けられていたが、寒冷化なので、流石にこれはおかしいと、言われ始めた。政府は何か隠していると言われたが、観測所や研究所は沈黙を守った。マスコミも動いたが、あまり大した事は掴めなかった。
 その日、アリスは大学のキャンパスにいた。空がグレーで、雪がちらほら降っていた。息も白かった。季節は夏なのに、とにかく着込むしかない。こんな事は初めてだ。
 「やぁ、アリス。今日も寒いね」
 同じゼミのレオンは両手を擦りながら、明るく挨拶した。だがアリスは黙っていた。
 「どうした?」
 「……夢を見たの。とても長い夢を」
 レオンは笑った。茶化した訳ではない。彼はいつだって明るいだけだ。
 「話してごらん。牧師の子だ。秘密は守るよ」
 アリスは迷っていた。かなり不安だった。話して通じるか?
 「グリム・リーパーの件かい?」
 レオンは、アリスから話を聞いていた。信じてもらえたかどうか、分からない。
 「……違うの。そっちじゃないの」
 アリスは激しく首を横に振っていた。目を見開いた。恐怖だ。
 「……大地が沈んで、人々が海に飲み込まれるの」
 「聖書の大洪水のように?」
 アリスはまた首を振った。あの夢は現代の話ではない。
 「……あれはポセイディア島の最後、アトランティスの夢だった」
 レオンは、お手上げのポーズを取った。
 「シャーリー・マクレーンみたいな事を言うね」(注86)
 昔の女優だ。TVドラマ『奥様は魔女』で有名だ。過去世(かこぜ)の話をよくしていた。
 「とにかく聞かせてくれ。ミス・エドガー・ケーシー」(注87)
 レオンは、近くのベンチを指差した。外は寒いが、いられない程でもない。アリスが座ると、近くの自販機から、ホットのコーヒーを入れた。紙コップを二つだ。
 「……あの時、私は巫女だったの。象巫女」
 「象巫女?」
 レオンは驚いていた。そして明るく笑い出す。アリスは頬を膨らませた。
 「……ポセイディアには、ライト・グレーの小さくて、可愛い像がいたの」
 今の世界に、そんな像はいない。象は大型種しかいない。小型種はいない。
 「……その子たちは、鼻で絵を描くの。私たちがお世話をする」
 象が鼻で絵を描く事は知られている。人間並みの絵を描くのだ。東南アジアに多い。
 「面白い巫女さんだね」
 アリスは遠くを見る目をして言った。
 「……ペオスという町にいたの。岬に白い神殿がある」
 レオンは聞いた事がない町の名だと言う風にしていた。ギリシャっぽい名だが。
 「……象たちは、予言能力があって、絵で示すの」
 「それは凄いね。動物園でそんな絵を描いたら、パンダより売れる」
 茶化したつもりはなかったようだが、アリスはちょっと気分を害した。
 「……ポセイディアには、ちょっと在り得ない生物が沢山いた。中でも、動物の体の一部を取り込んだ人間がいて、特殊な能力を持っていた。人間のキメラ?」
 「エジプトの壁画の神様みたいだね。アヌビスとか?」
 レオンがそう言うと、アリスは表情をパッと輝かせて、すぐに指差した。
 「……そう!それ!まさにあんな感じ!あんなのが沢山いたの!」
 「ちょうど今、似たような話があって、とっておきのネタを持って来たんだ」
 レオンはスマホをかざすと、動画を見せた。人民解放軍の都市型迷彩服を着た猿兵たちが行進している。肩には小銃をかけ、一糸乱れぬ猿の軍隊のパレードだ。
 「AIじゃないよ。大陸だよ。リアルだ。とうとう奴らは完成させたんだ。クローン兵を」
 アリスは食い入るように、動画を見ている。なぜか星界大戦の音楽が流れていた。
 「……これ、アトランティス末期の時と同じよ。最悪の展開」
 そう言って、アリスは嘆息した。
 「興味深いね」
 レオンは微笑んだ。アリスは再び、恐怖に襲われていた。
 「……人間が自らの欲望を叶えるために、新しい奴隷を作って、神様になろうとしている。人間は神が造った被造物なのに。これは天罰が下る。神罰よ。皆助からない」
 「詳しく話してくれアリス。自分も情報は公開する」
 「……アトランティスは石の力を利用して、新たなる奴隷を作ったの。でもこの星の自然に反するから、大きな反作用があった。大陸沈没よ」
 「石の力?」
 「……クリスタルみたいな石。ファイヤーストーンって言うの。ブルー・ダイヤモンドみたい。この石の力で人を操るのよ。特に奴隷にした人間のキメラを」
 「ああ、生体ヒューマノイドを作るんだね。兵士と娼婦か。分かる気がする」
 ハリウッドの映画じゃないが、そういう発想自体は割とよくある。
 「でも一体何があって、そうなったんだい?」
 「……支配者階級は、奴隷を求めていた。労働力よ。でも昔の教えで、石の力で奴隷を作る事は禁じられていた。でも理性的なものは合理的、合理的なものは理性的という教えが新たに興隆して、理神論派が権力を握った」
 「なるほど」
 「……ポンティスでクーデタがあった。そういうのに反対していた最後の王が殺された。理神論派の犯行よ。でも王族は逃れた。太陽の船でエジプトに逃れた」
 「太陽の船って、エジプトのピラミッドから発掘された遺物?」
 アリスは暫くの間、考えた。
 「……あれはミニチュアよ。本物は空が飛べる」
 「それは凄いね。一種の飛行船かい?」
 「……いや、太陽の船は本来、宇宙船で、星の海も渡れる地球脱出船だった」
 レオンはちょっと目を見開いた。漫画かアニメの世界だ。宇〇戦艦ヤ〇ト?
 「一体誰がそんなものを作ったんだい?」
 「……アトランティスには超天才がいた。彼が設計し、最後の王が完成させた」
 「彼らは宇宙にまで進出していたのかい?」
 「……進出していた。技術的に、現代文明より進んでいた面もある」
 「どういう仕組みで、太陽の船は飛ぶんだい?」
 「……巫女がエンジンだった。巫女の力で船が飛ぶ。アマノトリフネと同じ原理」
 「それは凄いね。さっきの象巫女?」
 アリスは頷いた。
 「……太陽の船を飛ばした巫女は、太陽の姫と呼ばれ、王族の生き残りだった」
 アリスは、少し顔をしかめながら、話し続けた。
 「……太陽の姫が、月の王子を連れて、アトランティスを脱出したの」
 「行先はエジプトかい?」
 アリスは頷いた。
 「それは凄いね。一体いつ頃の話だい?」
 「……それは分からない。遠い昔としか言えない」
 アリスはまた少し顔をしかめた。
 「グラハム・ハンコックは、エジプトの三大ピラミッドは一万年前に作られたと言っているけど、これはアトランティスと関係があるかな?」(注88)
 「……あると思う。多分、アトランティスの生き残りがピラミッドを作った」
 今から一万年ぐらい前の話だろう。アトランティスが沈没したのは。
 「もし今イグナティウス・ドネリーがいたら、何てコメントするかな?」(注89)
 ゼミで認められていない学問として、レオンはアトランティス研究を挙げていた。
 「……このままだと、本当に世界が終わる。祈らないと。マリア様……」
 「その世界が終わる件だけど、今こんな情報が出回っている」
 レオンはスマホを見せた。北極と南極の一部が溶け出しているが、別の場所に氷棚ができている。シベリアと南極の近くだ。まるで極地が引っ越ししたようだ。
 「ポールシフトだよ。こないだの夜、変な線の夜空が見えたよね」
 レオンがそう言うと、アリスも頷いた。データを表示する。
 「自転が変化して、地球の軸が傾いた。結果、南極と北極が移動した」
 氷河が広がっている。二倍とまではいかないが、氷の面積が急激に増えた。
 「このままだと氷河期が来る。温暖化なんて来ない。逆だ」
 「……いや、今は高い処に逃げないと。地震と津波が来る」
 アリスは言った。そして立ち上がる。とにかく背筋がビンビン来る。ヤバイ。
 「今から逃げるのかい?」
 レオンは微笑みながら、車のキーを出した。彼は前向きだ。牧師の子だからか。
 「君の夢はよく当たるからな」
 二人は駐車場に向かった。午後の講義は自主休講だ。
 「……太陽の姫には、双子の妹がいた。白い目隠しをしている巫女よ」
 「それがどうかしたのかい?」
 レオンは車を運転しながら、山がある方角に向かった。目指すはキャンプ場だ。
 「……多分、あの子も察知している」
 アリスは呟いた。それがThe end of the world 1, Atlantis againだった。
 
 注86 Shirley MacLaine (1934年~現在)『Out on a Limb』1983年 アメリカ
 注87 Edgar Cayce (1877~1945年) 催眠療法で過去世を診断した アメリカ
 注88 Graham Hancock(1950年~現在)『Fingerprints of The Gods』1995年 英国
 注89 Ignatius Donnelly(1831~1901年)『Atlantis The Antediluvian World』1882年 アメリカ 新旧両大陸の間に何かないと植物相や動物相が説明できないと指摘。

         『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード111

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