スクール・シューティングする悪霊
乾いた銃声が一発響いた。
その犯人は、頭を撃ち抜かれて、振り返った。
「……See you in Nam.」(ベトナムでまた会おう)
保安官は、念のため、何発かブチ込んだ。死体が躍る。
「He is already dead.」(もう死んでいます)
副保安官が止めに入った。デュークは暗い表情のまま言った。
「……I hope so.」(だといいがな)
現場は学校だ。school shooting(学校銃撃事件)が起きていた。
幸いな事に、今回撃たれた者はいない。未然に防いだ。
「Oh! another Two-Hands. Why?」(あ、また二丁拳銃だ。なぜ?)
副保安官が驚きながら、そう言った。両手に拳銃を持っている。
「……It's a nightmare. I wish it could end soon.」(悪夢だ。早く終わるといいがな)
地獄の二丁拳銃。最近のmass shooting(銃乱射事件)は全てそうだ。
何かとんでもない事件が起きていた。犯人は全員、二丁拳銃なのだ。
デュークは保安官(sheriff)だ。
40代後半、男性。イングランド系だ。
伸長は6フィート2,8インチ、体重は220ポンドある。
かなり大柄だ。サングラス姿で、星型の金バッチを付けている。
保安官は昔、Western(西部劇)のように、ガンマンとして、地域で雇われていた。
今は、郡の選挙で選ばれる。行政区の役人でもある。郡の予算で、保安官事務所を構え、副保安官や保安官補も任命する。彼は、合衆国東海岸のとある郡を担当していた。FBIとはまた別の組織で、ローカルな警察組織でもある。さらに州警察もいるので、関係は複雑だ。
昔の保安官は、それこそWesternのように、派手に銃をぶっ放す戦闘的な職業だったが、今は裁判所の命令を執行する、穏やかな職業に変わっている。それでも違法取引の摘発など、危険な業務は残っている。州警察との業務分担はあるものの、本質的には変わっていない。
だが今、この郡を中心に、mass shootingが起きていた。最初は、store shooting(店舗銃撃事件)だった。犠牲者が大量に出て、全米で報道された。spree killing(馬鹿騒ぎ乱射)だと言われた。犯人は凄腕の二丁拳銃で、警官も射殺している。最終的に現場で射殺された。
二件目も同じ郡で起きた。school shootingだ。子供たちが犠牲になった。犯人はまた二丁拳銃だった。腕はそれ程ではなかったが、時折鋭い一撃を浴びせて来た。デュークが始末した。そして今回が三件目だ。学校の近くに張り込みをしていて、すぐに突入して斃した。
その日の午後、保安官は教会で祈っていた。もう三人も犯人を殺している。職務とは言え、堪える。限界だ。全員別人だったが、なぜか全員二丁拳銃だった。撃ち方も同じだ。同じガンマンとして分かる。アレは全て同一人物のクセを持っている。別人だがスキルは同じなのだ。
意味が分からない。いや、もうその意味は分かっていた。認めざるを得ない。悪霊は存在する。だからこうして膝を折って、神に祈っている。デュークはプロテスタントだ。だがメソジストは、宗教っぽくない。ソーシャルワーカーのように話す。そしてここはカトリックだ。
状況がここまで来ると、足は自然と古い教えに向かった。オーソドクスだ。
「……Good afternoon. Had you something?」(こんにちは。どうかしましたか?)
その神父は、英語が下手クソだった。この語順はフランス語だ。
「I pray to the Lord how to catch the culprit.」
(神に祈っている。どうしたら犯人を捕まえられるのかを」
「Ah, oui, mass shooting. Mais the culprit is dead.」
(……ああ、事件ですか。でも犯人は死んでいますね)
「That is a problem. The killer is dead.」(それが問題だ。犯人は死んでいる」
沈黙が訪れた。教会の空気は清浄だった。空気清浄機が回っている。
「……I heard they all were Two-Hands.」(全員二丁拳銃だったそうですね)
神父が答えると、保安官はファイルを出した。真犯人はここにいる。誰も捕まえられない。
「50 years ago. Nam was shot dead by rampaging with Two-Hands.」
(50年前の事件だ。ベトナム帰還兵が二丁拳銃で暴れて射殺された)
とあるmarine(海兵隊員)の事件が記されていた。警官が10人も撃たれている。
「……Presume you that he's Two-Hands?」(……彼が二丁拳銃だと)
デュークは頷いた。神父はファイルをめくって、目を通した。名前を確認している。
「He's got real skill with the Vietcong.」(ベトコン相手に身に付けた本物のスキルがある)
「……I see.」(なるほど)
神父はファイルを保安官に返した。そして言った。
「……Do you love the Lord?」(あなたは神を信じますか?)
「Yes, I do.」(ああ、信じている)
保安官がそう答えると、神父は歩いて言った。
「……But your love is not pure.」(だがあなたの信仰は純粋ではない)
デュークは黙って、次の言葉を待った。
「……You still overestimate your power.」(あなたはまだ自分の力を過信している)
保安官は、三回目の事件を未然に防いだ。未然にだ。
「I had a dream. I heard his voice too. Therefore I was able to prevent it.」
(夢を見たんだ。奴の声も聞いた。だから防ぐ事が出来た)
デュークは顔を顰めながら言った。苦悩が読み取れる。
「……Keeping gone like this, you'll be the next Two Hands.」
(……このまま行けば、次はあなたが二丁拳銃です)
「What should I do?」(どうすればいい?)
保安官は本当に途方に暮れていた。こんな力、ない方がいい。
「……Pray. de tout cœur.」(祈りなさい。全身全霊で)
神父は、十字架像を見上げた。人類の象徴がそこにある。
「……Your prayers won't reach the Lord as long as you fight on your own.」
(……自分の力で戦っている限り、祈りは届かない)
デュークは首を垂れて祈った。ステンドグラスから光が射す。
「……But when you give all away, you will get all.」
(……だが全てを捨てた時、全てが与えられる)
保安官は瞑目した。未来が見える。また学校だ。
「Fourth time. it's tomorrow.」(四回目がある。明日だ)
「……I pray too. Amen.」(私も祈りましょう。アーメン)
それから二人は、Gloria(栄光の賛歌)を捧げた。天なる父の一人子が見下ろしている。
「「Gloria in excelsis Deo……」」(天のいと高きところで神に栄光がありますように……)
その卒業生は、社会的に認められていなかった。だから近所のWalmartで銃を買った。二丁拳銃だ。これから母校を襲撃する。クソみたいな奴らを皆殺しにして卒業だ。
――See you in Nam.(ナムでまた会おうぜ)
なぜかそんな文字列が、心のスクリーンに走って消えた。心と心が通じている。どうでもいい。最後にマムに挨拶して、先に天国に逝ってもらおう。
「……Boss, a woman was shot in the suburbs.」(……ボス、郊外で女性が撃たれました)
車の中で保安官補がそう言うと、眠っていたデュークは、大きな警帽を被り直した。
「Let's go. Ride on the school.」(行こう。学校に突っ込め)
保安官補は怪訝な顔をした。ナビが指定されている。だが命令には従った。
学校に辿り着く前に、暴走するバンとすれ違った。銃口が見える。
「……Holy shit!」(いきなり撃って来た!)
保安官補は車を滑らせて、学校の駐車場に入った。乗り捨てられたバンがある。見ると、運転手らしき若い男が銃を持って、校舎に向かっている。二人は慌てて追った。
「I am not accepted by society!」(俺は社会に受け入れられていない!)
その卒業生は、ハンドガンをドンドンと二発ぶっ放した。窓ガラスが割れる。
「Now it's my turn to accept society!」(今度は俺が社会を受け入れる番なんだ!)
悲鳴が上がる教室に、二丁拳銃が乗り込んだ。生徒たちが逃げ惑う。
「So select. Line up there! You guys!」(だから選別する。そこに並べ!お前ら!)
だが教師も黙っていない。教卓に隠していたライフルを持ち出した。教室武装化だ。撃ち合いは同時に起きた。だが教師は、額を撃ち抜かれて倒れた。死亡だ。そこに銃声を聞き付けたデュークと保安官補が、駆け込もうとした。だが足元で銃弾が跳ねる。
「……Can he shoot from that position!?」(あの位置から撃てるのかよ!?」)
保安官補は舌を巻いた。恐ろしく目がいい。出口の扉の隙間から弾が通った。
廊下の壁が隆起して、物陰が作られていた。意図的だ。学校側もschool shootingに備えて、こういう造りをしている。いざという時のための遮蔽物になる。銃撃戦にもってこいだ。
二人は、遮蔽物から遮蔽物を渡って、入口の扉に向かった。途中、窓ガラスを撃ち抜いて、何発か銃弾が飛んで来た。ガラスの破片を蒔いて、足場を悪くする意図がある。
「……Like a professional soldier! What do we do?」(相手はプロみたいです!どうします?)
保安官補が言った。撃ち合っても、解決しない。だが十字架のあの方なら、きっとこうする。
「Hey Nam! The war is over!」(おい、ベトナム帰還兵!戦争は終わってるぞ!)
デュークは銃を捨てて、ガラッと入口の扉から入った。後ろで保安官補が驚いている。
「……I know! But now my war is beginning!」(知っている。だが俺の戦争は今始まった!)
「Your war? What is this? Just out of anger!」(お前の戦争?これが?ただの八つ当たりだ!)
「……I'm a returning soldier! But society does not accept me!」
(……俺は帰還兵だ!だが社会は俺を受け入れない!)
「I know. I know. Oh my brother」(知っている。知っているよ。兄弟)
二丁拳銃は保安官を撃たなかった。言葉を交わしている。まだ愛がある。祈れ。
「I'll pray for you. No, let me pray.」(お前のために祈ってやる。いや、祈らせてくれ)
二人は教卓の前で抱擁した。そしてデュークは神に祈り、二丁拳銃は引き金を引いた。
ドンと銃声が響いた。その時、神父の祈りもフィードバックした。朝の祈りだったので、時空はズレていたが、タイマーのようにセットされていたので、二人の祈りは同時に炸裂した。
「Are you OK?Don't be afraid. I stand by you!」(大丈夫か?恐れるな。俺が傍にいる!)
保安官は犯人を捕まえた。スクール・シューティングする悪霊だ。もう逃がさない。だがデュークも死んでいた。卒業生を抱いたまま。ただただ涙を流していた彼は、ふと正気に返った。
「Where am I? What was I doing?」(俺はどこだ?俺は何をしていた?)
卒業生が首から下げていたマムからもらったロザリオに、最後の涙が落ちた。
『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード104
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