執行役員の愉悦
人が中国から学ぶ事は多い。特に現代中国であれば、尚の事だ。
北京語でCCTVなどを視聴していると、DX化した動く歴史絵巻の表面的な美しさに見ほれたりする。そのDX化した歴史絵巻の中で、女性歌手が北京語で一曲歌えば最高だ。
使っている楽器こそ中国的だが、そのメロディーラインは、かなり日本的だったりする。歌手の見た目も美しく、噓偽りないように見える。だが美しい女――これこそ現代中国だ。
大陸の女は情念が深い。もし憎い男がいたら、調理して、その肉を喰らう事さえ厭わない。
そのための秘伝さえ、現代にまで伝わっている。男の肉を中華鍋で「ジャー!」と調理する辺り、女性的な復讐なのかもしれないが、恐らくこの島国の女性には、到底できない芸当だろう。
大陸的な感覚では、男も女もただの肉で、喰らう対象なのか。国是が唯物だけに。
唯物というのは、物しかない世界観である。心は存在しない。脳の作用とされる。心が存在しないなら、何を考えても問われない。そもそも存在しないのだから、嘘も吐き放題だ。
現代世界は嘘で満ちている。ワシ〇トンの嘘と北〇の嘘だ。この二つの都から流れて来る嘘で国際情勢が出来上がっている。あたかも真実なんて、どこにも存在しないようにされ、嘘は破れるまで出回り続ける。嘘の賞味期限が切れた頃、また別の嘘が市場に出回る。それに比べれば、パ〇の嘘なんて可愛いものだ。モ〇クワは嘘が下手で、案外正直者だったりする。
いきなり話が逸れた。だがもう少し、続けさせて欲しい。
その執行役員は、出張でよく大陸に行っていたので、向こうの役人とのやり取りが多かった。袖の下に、潤滑油を流し込むなんて、三度の飯より大切な事だ。欠かしてはならない。
とにかく、現代中国は素晴らしい。
神も仏もあるもんかと公然と言い、ポン友だけ存在する。インスタントに。
そいつらは、あっという間に、ポン友となり、あっという間に、同天を戴けない宿敵となる。
恐しく即物的で、誤解の余地がないくらい分かり易い。デカルト(注29)じゃないが、明晰判明だ。物と金しかない。あとは権力と女か。不動産も凄い。とにかく豪華絢爛だ。
見た目が全てで、中身なんかどうでもいい。売れたら最後、とんずらする。大陸の商法だ。手を抜く事こそ、至上の業務目標であるかのように考えている。相手が何も言わなければ、いかなる瑕疵も存在しないのと一緒だ。自己の利益を第一とし、相手が破滅しても知らない。
日本でも、さっきまで流暢に喋っていた日本語が突然乱れて、急にお前の日本語が分からないと言い出し、北京語を話し出す輩がいる。最高に面白い。エンタメだ。
大陸人とのビジネスなんて、この世に存在しない。これは本当の話だ。実話だ。彼らはあたかも、近代西洋風の契約社会で生きているかのように振る舞うが、実は全く尊重していない。契約なんてあってなきが如きだ。あるのはポン友であり、潤滑油を切らさない事が肝心だ。
このエンターテインメントを一度でも味わった者は確実に変わる。変質する。
その執行役員も、多分に大陸に感化された人生観、世界観を持って生きていた。いや、現代に生きる日本人として、よくある常識を拡張して、解釈して生きていた。そして日本でできる事は何か考えた。欲しいのは、金と女と権力だ。これこそ男の道と考えた。
権力は無理だ。社会構造が異なる。ではお金はどうか。ある程度は行けるが、これも日本の社会構造の問題がある。では女はどうか?これは行ける。幾らでも自然発生している。
大陸流の考え方によれば、人間は自然発生したものだから、作物のように刈り取って構わない。なくなったら、また作ればいいし、いくらでも湧いてくる。多過ぎるぐらいだ。
嘘の吐き方は、大陸で学んだ。身の安全の確保の仕方も分かっている。
だがその執行役員は、自分の器量、自分の分というものをわきまえていた。ここは大陸ではない。島国だ。国土が狭いせいか、同調圧力もハンパない。狙うなら一点突破。エロだ。
当然、若い女がいい。合法的、安全に確保できて、維持費が食費程度である事が望ましい。パパ活女子大生なんてとんでもない。お金がかかってしょうがないし、つけあがらせるだけだ。
大陸の女たちは逆襲してくるので、注意が必要だが、この島国の女たちなら大丈夫だろう。せいぜい牛丼か、ケ〇タッキーの鶏肉くらいしか食べない。間違っても人肉など食べない。
日本で女を怒らせると、祟りを起こすとよく言われるが、それは平安時代の話だ。現代の話じゃない。霊とか、呪いとか、陰陽師とか、原始人の発想だろう。科学的じゃない。現代文明はそういう非理性的なものを排除して、全ての対象を理性の光で照らす。啓蒙だ。
そうだ。俺は啓蒙している。理性的ではない女たちを管理しないといけない。性的に。
世間では、DX化した女の怨霊が暴れる映画(注30)が話題を呼んだが、あれはエンタメだ。そんな事が起きる訳がない。世界は理性で出来ている。理性で量れないものは存在しない。故に怨霊なるものは存在しない。神も存在しない。仏も存在しない。あの世もない。
宇宙人は、もしかしたら、存在するかもしれないが、自分と関係がない。考えなくてよい。
執行役員は、静かに深く事を進めていた。
その執行役員は、所属する商社では、閑職かつ高給だった。役員会等、会議はあるが、それは大した事ではない。業務は全部部下に丸投げできるので、起きた問題は後任まで溜め込む。
安全かつ、合法的に、食費程度で、若い女を調達する事を日々考えていた。
離婚する事は決めている。だがタイミングが重要だ。世間体もあるので、再婚しなければならないだろう。面倒臭いが、このルールは利用できると考えていた。
連れ子だ。これを狙わない手はない。希望する条件を全て満たす可能性がある。
そうと決まれば、選定を始めなければならない。
母親が協力的でなければならないという条件が追加されるが、それは障害ではない。我が子を売る母は世間にごまんといるのだ。世界は、世界名作劇場ではない。
執行役員は、一日のかなり長い時間をネットで過ごしていた。特殊なブラウザを使って、インターネットを見ている。アンダーグラウンドなサイトをかなり知っており、会員制のサイトにも入り、ディープネットの世界にも入り込んでいた。違法取引の世界だ。
そこでは闇の婚活が繰り広げられていた。
連れ子を売る女たちの市場だ。かなり詳細な情報が画像・動画付きで上げられている。執行役員は舌なめずりした。毎日チェックして、獲物が上がって来るのを待った。元々、大陸で「龍」の名の付く組織が始めた市場だが、日本でも広がっている。いた。格好の獲物だ。
とある女子高生の詳細な情報が上げられていた。母親から再婚に関する高額な条件が提示されている。だがそれは、後からどうとでもなる。今こそ大陸で学んだ商法を生かすべき時だ。嘘はいい。原価はただで、メンテナンスすれば、長持ちする。あらゆる商売のネタだ。
執行役員は、何度もその女子高生の顔を確認した。画像、動画、果ては3D化して、その顔を見た。気に入った。女は顔だ。身体じゃない。身体に関しては、平均的だった。普通と言ってもいい。まだ成長途中だ。だがこの娘を選ぶ事にした。母親と交渉を始める。
すると、どういう訳か、妻から離婚の話が来た。しかも勝手に向こうが不倫しているようだ。被害者の立場だ。願ってもない。執行役員は、この離婚協議を有利に進める事ができた。
息子の扱いだけ厄介だったが、高校入学と同時に、妻同様家から出て行ってもらう事にした。だが息子の親権は確保する。この息子は将来、別の女を連れて来るだろう。それが楽しみだ。
新しい妻と連れ子の女子高生が来た。これは合法だ。問題はこの後だ。
法律は絶対だ。守らないといけない。だが抜け道は幾らでもある。社会の潤滑油だ。ここは大陸ではないし、この狭い島国では、なぜか社会の潤滑油を理解しない輩もいる。そういう奴らを避けて、話が分かる奴らと付き合わないといけない。ポン友だ。
警察でポン友を作った。彼らの好きそうなものを押さえて、回す。それだけだ。何かあった時、身を守るための投資だ。必要な投資を怠るから人は破滅する。法律さえ引っ掛からなければ、基本、何をやってもいい。違法ではないという一言で済む。最高だ。正義など存在しない。
あとはバレないようにやればいい。家の中で何をやろうと、バレなければいい。新しい妻は協力的だ。連れ子の若い娘をたっぷり楽しめる。どう追い詰めて、どう狩ろうか?楽しみだ。
妄想が膨らむ。楽しい。これほど楽しい事はない。執行役員の愉悦だ。
心の中で何を思うと、それは人の自由だ。心の中で思う事まで刑法に問われない。それは実行ではないし、まだ現実世界の出来事ではない。心の中までは見えないし、人が何を思っているのかなんて、バレる訳がない。そう肝心なのは、バレない事だ。この原則は嘘と同一だ。
嘘即心。見えないものなど存在しないのと一緒だ。それは心だ。嘘は見えない。存在しない。
ある夜、とうとう執行役員は、女子高生を楽しんだ。だが学校には通わせ続ける。これも調教の一環だ。完全に女子高生をテイムして飼い慣らす。日常と非日常を交互に渡らす事が、洗脳の秘訣だ。大陸の収容所を見て学んだ事だ。執行役員の家は女子高生の監獄と化した。
ごく簡単な事だが、部屋で裸にしたり、服を着せて外に出すだけで、人は支配できる。自分で服を着る分には何も問題ないが、人から命じられて、服を着たり、脱いだりするだけで、人は変わる。支配されるのだ。これも大陸の収容所を見て、気が付いた事だ。
執行役員は、女子高生の管理を楽しんだ。警察に行って、訴えたようだが、証拠がない。母親から取り寄せた診断書もある。この女子高生は、見えないものが見えるという病気に罹っていた。幻視だ。在り得ないものが見えるという主張だ。これも嘘だろう。心だ。存在しない。
だが女子高生は、この家に来てから、よく人の顔が見えるとも言っていた。誰だ?自分か?
女子高生の管理は順調に進んでいた。自分から動画さえ撮るようになった。
ある夜、ネットで動画を見た。執行役員が飼っている女子高生の動画だ。これは何だ?
「全ての男たちに苦しみを!全ての女たちに悲しみを!リセット・ザ・ワールド!」
その美しい娘は、自殺して怨霊と化していた。物凄い形相でこちらを睨んでいる。地獄の底から恨んでいた。男の肉は喰わないかもしれない。だが男の魂は喰われるかもしれない。
ああ、死んだか。勿体ない。だが動画が沢山あるし、十分楽しめた。ま、いっか。
その執行役員は、まだグランド・サタンではなかったかも知れない。だがその思考する方向性の果てには、確実にグランド・サタンがいた。大魔王だ。だが愉悦の夜は不意に終わる。
その夜、書斎に2メートルを超える黒マントの大男がいた。怪人だ。
「……お前は何者だ?どうしてここにいる?」
執行役員は叫んだ。
「何者?どうしてここに?――それはお前が俺に似ているからだ」
2メートルを超える黒マントの大男が、さも可笑しそうに嗤った。
「お前はナプキンで神に隠れて淫らな食事をしている。グルメだ。波長同通だ」
「グルメ?波長同通?」
執行役員は混乱していた。とにかくこの男は何者だ。人か?
「お前、中々快楽を味わっているな。ちょっとその魂、味見させろ」
大口が開いて、執行役員は舌に巻かれた。クルクル回って、服や眼鏡が飛んだ。そしてそのままパクッと喰われた。全身をグネグネ動かす。ペッと梅干のタネでも飛ばすように真っ白なドクロが飛んだ。コツコツ、骨々と転がって、ボンと青い火を噴いて、手品のように消えた。
「……いまいちだったな。期待した程ではない」
2メートルを超える黒マントの大男の尻からぶりっと、何かが排泄された。どろどろだ。
青白くて、眼鏡のようなものを掛けている。形が不定形で崩れている。元執行役員だ。
肉体はもうない。心だけだ。すなわち嘘だけだ。元執行役員は存在自体、嘘になった。
注29 ラテン語 clarus et distinctusは哲学者René Descartes(1596~1650年)の言葉。
注30 映画『貞子DX』2022年 監督 木村ひさし KADOKAWA 日本
『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード58
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