見出し画像

パパ活女子大生、孫悟空になる

 猿渡空(さわたりそら)は、21歳の女子大生だ。
 さいたま新都心から、表参道の大学に通っている。
 パパ活女子大生で、2年目で、年収1,000万を超えた。
 だが現在は路線を変えて、童貞1,000人斬りを目指している。
 「……君は才能がある。お坊さんの天敵だ」
 目の前に、悪魔営業と呼ばれる男が座っていた。
 ガラステーブルを挟んで、豪華な白ソファーがある。
 パパ活コンサル、六本木の魔王だ。裏社会と繋がりがある。
 ここはDear Barbizon 西麻布ビルだ。六本木の外れにある。
 パパ活ビルと呼ばれ、各階にバーやラウンジ、個室カラオケがある。
 このビルは、上級国民だけが利用するソドムとゴモラの館だった。
 「……楊貴妃に興味ないか?マリリン・モンローは?」
 猿渡空は首を横に振った。一体何の話をしている?
 「……いや、すまない。久しぶりの逸材に興奮した」
 悪魔営業は、隣に座る黒ギャルから、グラスを貰った。
 「早く本題に入ってよ」
 「……分かった。君の願いを叶えよう」
 悪魔営業はいきなりそう言った。隣で黒ギャルが微笑んでいる。
 「うん?まだ何も話していないよ?」
 猿渡空は警戒した。肌がピリピリする。うぶ毛が逆立つ。
 「……君はサキュバスになれる。だから声をかけた」
 小首を傾げた。サキュバス?プ〇キュアならなりたいが。
 「これって面接だよね?」
 「……いや、もう始まっている」
 一瞬、頭がクラッと来た。いや、これは催眠だ。ブロックする。
 「……素晴らしい!すでに能力が発現している」
 「ふざけているなら、帰るよ」
 猿渡空は席を立った。この男は怪しい。話に乗るべきじゃない。
 「……まぁ待て。悪い話じゃない」
 家に帰って、アニメを見よう。大人プリ〇ュアだ。黄色推しだ。
 だが次の瞬間、ぐらぐらと建物が揺れた。地震だ。大きい。
 「……こっちだ!避難する」
 悪魔営業は、黒ギャルと猿渡空を、非常口に誘導した。
 ビルの外に出ると、沢山の人たちが、駐車場に集まっていた。
 311の時の都内と状況が似ていた。都内最後の日の始まりだ。
 「……あの総理の言っていた事は本当だったな。全てご破算だ」
 悪魔営業は独りでブツブツ言いながら、黒ギャルと共に姿を消した。

 それからが大変だった。津波警報があった。前例がない規模だ。
 童貞狩り、パパ活どころじゃなくなった。大学も沈んだ。
 南関東、首都圏全域が水没してしまったため、都民は疎開した。
 品川なんて海の底である。Tokyo Water Worldだ。お魚が泳いでいる。
 猿渡空は、さいたま新都心に住んでいたが、津波は埼玉まで押し寄せた。
 今は実家がある北関東の宇都宮まで避難している。疎開都市だ。
 北米西海岸で大陸陥没があり、その津波が日本にまで押し寄せたらしい。
 政府から事前誘導があったため、殆どの人が助かっている。
 だが世界は一変した。我が魂に洪水が押し寄せてだ。
 
 「う~ん。どうしよう?」
 猿渡空は、宇都宮駅前で餃子を食べながら、悩んでいた。
 こんな処にいても冴えない。田舎だ。女を磨けない。
 だが疎開した人たちが集まり、一時的だが、活況を呈していた。
 臨時政府は新潟にあるらしいが、宇都宮も重要視されている。
 東京沈没、Water Worldは、日本を決定的に変えた。
 だが依然として、世界には男と女がいる。変わらない。
 そこに猿渡空の活躍の余地が、残されていた。
 だが経済も変わり、お金持ちが意味を為さなくなってきた。
 物持ち、土地持ち、人脈持ち、知恵者が重宝される。
 時代はサバイバルだった。美と快楽の時代は遠ざかった。
 六本木、西麻布でパパ活していたのが、幻のようだ。全て海の底だ。
 「う~ん。どうしよう?」
 猿渡空はビールを呑んだ。近頃、バカ高い。ゼロが二つ多い。
 「とりあえず、初志は貫徹しておこっか」
 999人斬った。あと1人で1,000人だ。どこかに童貞はいないか?
 宇都宮で男を誘惑して堕とす。その日はホテルで一夜を越えた。
 
 明け方、猿渡空は夢を見た。クラウドだ。少し黄色い。
 1,000人の若者が倒れていた。皆、大切な精を漏らしている。
 何だこれ?と思って、雲海を歩いていると、どこからか声がした。
 「……この世界から出られれば、女王に任命しよう」
 ラッキー!女王になれれば、我が世の春だ。間違いない。
 「でもこの世界から出られなければ?」
 猿渡空が尋ねると、謎のヴォイスは言った。
 「……試練を与える。反省苦行だ」
 「何言っているの?そんなの簡単だよ!」
 これは夢だ。瞬間移動、一っ飛びだ。キ〇トーン?
 雲の切れ間に五本の柱があった。よし、ここが世界の果てだ。
 筆ペンを手に持つと、さらさらと文字を書いた。
 ――夜露死苦、摩武駄致、仏恥義理、愛羅武勇。
 万葉仮名ではない。ヤンキー漢字だ。猿渡空は元の場所に帰った。
 「この世界の果てまで行ってきたよ」
 そう報告すると、謎のヴォイスは答えた。
 「……この世界から一歩も出ていない」
 ゴゴゴと吹き出しが出て、クラウドの切れ間から五本の指が出現した。
 なんと、途轍もなく巨大な大仏の手の平だった!宇宙が見える。
 お釈迦様VSパパ活女子大生だ。いや、今は元女子大生かもしれないが。
 「え!何それ!どういう事?」
 「……全ては我が手のうちにある。判決の時だ」
 「ちょっと待ってよ!こんなの在り得ない!」
 猿渡空は抗議した。だが釈迦大如来は言った。
 「……家庭の破壊者よ。お前が壊した家族の嘆きが聞こえぬか?」
 猿渡空は沈黙した。確かに不倫で、離婚や訴訟が起きている。
 「……それから、男たちから精を抜いてはならぬ」
 「え?何で?」
 「……法力がなくなる」
 次の瞬間、上からドロドロした液体をドバーッとかけられた。
 あ、精液だ!とすぐに分かったが、埋め尽くされて動けない。
 「……500年、1,000年、いや、1,400年そこにいなさい」
 「え?ちょっと待って!」
 猿渡空は叫んだ。流石にそれは嫌だ。だが視界が暗転する。

 どれくらいそこにいたのか、分からなくなっていた。
 500年、1,000年、いや、1,400年?時間の感覚が失われた。
 夢なのに覚めない。硬化ベークライトのように固まっていた。
 「……もし、そこの人?」
 女の子の声がした。猿渡空は喜んだ。
 「誰?誰でもいいから助けて!ここから連れ出して!」
 「……お釈迦様と交渉しました。条件があります」
 「何でもいいから。早く言って!」
 「……唐僧と共に天竺を目指して、反省修行の旅に出ますか?」
 「行く行く!」
 即答だった。猿渡空に迷いはない。女の子は頷いていた。
 「……では霊装を与えます。今日からあなたは斉天大聖孫悟空です」
 猿渡空は解放された。パパ活女子大生、孫悟空になるだ。
 「何これ?魔法少女的な奴?プリキュ〇?」
 猿渡空は左右の腕を見て、自分の姿を確認した。おサルさんだ。
 「……斉天大聖孫悟空です」
 「斉天大聖?性天大精の間違いじゃない?」
 その女の子は呆れていた。だが猿渡空は言った。
 「私、童貞1,000人斬ったから、英雄だよね?」
 最早、女の子は何も言わなかった。猿渡空は続けた。
 「サーヴァントとして、カリスに召喚される?異世界転生?」 
 如意棒をバトンのように回した。猿渡空は新体操の心得がある。
 「モンキーパンチ!」
 あ、それだと、ルパンか。猿渡空は、てへぺろした。
 「モンキーマジック!」
 如意棒から衝撃波が飛んだ。だが女の子は手招きしていた。
 「急いでこちらに来て下さい!早く!」
 そこには扉があった。時代の扉だ。何処でもドアとも言う。
 トンネルを潜るとそこは荒野だった。猿渡空は孫悟空として現界した。
 「問おう。そなたが私のマスターか!」
 629年、玉門関を超えた玄奘は最初の神仙と出会う。当然ビックリした。
 
            『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺037

『ブタの💖様、猪八戒になる』 玄奘の旅 3/20話 以下リンク

『玄奘、西天取経の旅に出る』 玄奘の旅 1/20話 以下リンク


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?