その女子高生は自殺して、ネットを駆け巡る怨霊としてDX化した
その女子高生は、頭に白い鉢巻のようなものを巻いていた。
だがよく見ると、それは白い蛇だった。こちらに鎌首を上げて「シャー!」と威嚇さえしている。本人及び、周りの人にも見えない。白い蛇の霊体だ。ギリギリと頭を締め上げる。
女子高生は、心療内科で処方された頭痛薬を飲んでいるが、効果がある訳がない。
原因は、女子高生の心だ。白い蛇を呼び寄せる呪いを生んでいる。嫉妬だ。
片親である事に対する歪みが、周囲の人たちに対する羨望を呼び起こしている。止まらない。
その女子高生の呪いが爆発するのは、もう時間の問題となっていた。頭痛がする。頭が痛い。締め付けられるようだ。なぜ自分だけこんな目に遭う?意味が分からない。世界よ。止まれ!
朝、その女子高生は、通院している心療内科が処方したいつもの薬を飲んだ。
水が入ったコップをテーブルに置くと、薄暗いキッチンを見渡した。
まだ誰も起きて来ない。時刻は午前4時42分を指していた。
時空が歪んで見える。誰かの顔のようなものが見えて、消えた。近頃よく見える。
また心療内科に行かないといけないのか。鬱になる。この体質は何なのか?嫌になる。
最近、母が再婚した。だがその女子高生は、新しい父親を一目見て、嫌になった。母の神経も分からなかったが、何だか自分目当てで、この男が母と結婚したような気がした。自分が知らないところで、自分が取引の材料にされた可能性がある。そんな気さえした。嫌悪感が走る。
結論から言えば、それは当たっていた。出来の悪いAVみたいな設定だった。
新しい家は大きく、前の奥さんが残した配慮のようなものが行き届いていた。自分の母も家事はやるだろうが、これほどではない。新しい父親は大企業に勤めていた。執行役員らしい。お金はある。今回、母がこの男を選んだ理由だ。だがどうも嫌悪感がする。止まない。
同年代の男の子が家にいた。皆からケンちゃんと言われていた。好青年だ。
だが高校入学と同時に、家を出て行ってしまった。新しい父親の息子だが、学校近くのマンションに引っ越した。自分たちがこの家に入るタイミングで、抜けて行ったので、ちょっと謎だった。こちらに気を使った可能性があるが、それだけではなかったかもしれない。
家を出る時、その血の繋がらない兄弟は女子高生に言った。
「……気を付けて」
何に対して、気を付けるのかは言わなかった。
女子高生は自分と同学年のこの男の子が家にいてくれたら、どんなに良かった事かと思った。
だが何か考えがあって、家を出て行った。お金は父親から出ている。どうも今回の結婚に合わせて、二人の間で、何か話し合いがあったようだ。どうやら父親から提案したっぽい。
女子高生は不安だった。嫌な予感しかしない。だが逃げられない。新しい父親の眼が怖く、母は全くこちら側に立つ気配はなかった。これは密室だ。絶対犯罪が起きる。
また誰かの顔のようなものが見えて、消えた。時空が歪む。これは誰かの呪いか。
土日もなるべく学校に行き、長い時間、部活の練習に打ち込んだ。吹奏楽だ。中学の時から続けていたが、母の再婚に合わせて引っ越したので、友達はいない。人間関係も全て作り直しだった。学校生活も決して楽ではなかった。とにかく味方がいない。孤立無援だった。
塾に寄り、夜遅くに家に帰ると、前の奥さんがレイアウトした玄関が出迎えた。
前の奥さんが、いなくなった理由が気になっていた。不倫して離婚したと聞いている。それは表の話だ。裏で何があったのか分からない。いなくなる前に、ケンちゃんに訊いておけば良かったと思った。だが連絡先まで聞いていない。母なら知っているか?会いたい。
女子高生には影があった。明るい子ではない。母が父と離婚してからそうなった。父について行くべきだったのではないかと今でも思う。子供の親権は母親に行くと教えられた。だがこの家に来て分かった事だが、ケンちゃんはあの男と一緒に暮らしていた。
お互いついて行く方を間違えていた。だがそれは結論から見た話である。今の世界情勢、経済情勢から言って、二人の生残性は、今の道の方が高いという現実的な見方もあった。
女子高生は不安だった。どうしても自分が、あの父親に襲われる未来しか予感できない。
陽が落ちると、誰かの顔が絶えず見えて消える。あれは一体誰だ?
午前4時42分、戦慄の夜が訪れた。
セ〇クスするなら、愛がある方がいい。
それは全ての女たちの願いだ。
だがいつも踏み躙られる。突然に。
抵抗した。だがそれは虚しい抵抗だった。
なぜ神様は、こういう時に、女に力を授けてくれないのか?理不尽だ。
力いっぱい叫んだところで、声が届かなければ意味がない。
母に訴えた。だが母は取り合わなかった。
信じられなかった。自分の子を売る母親がいるのか?
現実にはいる。ごまんと。実は世界中にそんな悲しい母親は沢山いる。女は弱い。
女子高生は数日後、警察に行った。だがここでも母親に妨害された。いつの間にか作成されていた心療内科の診断書が提出されていた。曰く、幻視あり。非論理的、非科学的言動あり。
婦警さんだけが話を聞いてくれた。だが母親の話もあり、警察としてすぐに動けない案件となった。それでも婦警さんは、次はすぐに来るようにと言った。証拠を取ると囁いた。
ここに運命の別れ道があった。救いの道が開かれていた。だが女子高生は行かなかった。
それからも戦慄の夜は繰り返された。男性というものは、誠に恐ろしい。
一体何なのだ?なぜ自分は犯される?意味が分からない。
女子高生の心に、憎しみと恐怖が蓄積する。
負のオーラを放ち、その視線から、赤くて暗い光が射し始める。
その女子高生は低能力者だった。自覚はない。受信専門でパッシブだったからだ。
時代が時代なら、神社で巫女になるか、寺で比丘尼になるか、修道院に入って、シスターにでもなるべき人だった。だが現実はそうではない。不味い事が起きていた。
そして以前から、悪いものに取り憑かれていた。頭を締め付ける。蛇神だ。蛇系の悪霊だが、これも元々人間かもしれない。もしよく喋るなら、それは動物霊ではない。人間霊だ。
午前4時42分、暗闇の中、また大きな顔が見えた。醜い男の顔だ。
ああ、こいつだったのか。そういう事か。やっと分かった。
お前も大きな力にねじ伏せられて、その身体を喰われてしまえばいい。
そうすれば、私の気持ちも分かるだろう。
その顔は口を開けて、舌を動かしていた。
全身を舐め回す舌の感触が蘇り、女子高生は血の気を下げる。
だが女子高生は微笑んでいた。夜、独りでスマホを操作する。超高速だ。
とあるアンダーグラウンドなサイトを訪れ、アカウントを開いた。
驚いた事に、母が再婚した男性との行為を撮影した動画を上げていた。
あの男から撮らされていたのだが、その女子高生は自ら上げていた。
紹介文も忘れない。そこには刺激的な文字が踊り、人々の目を惹いた。
たちまち再生数が跳ね上がり、コメ欄から地獄が溢れた。
女子高生は、こうなった事情を書き、これからの予定も書いた。
何月何日に飛び降ります。ライブ配信です。見て下さい。拡散希望。
人々はコメ欄で議論した。通報しました。フェイク・ニュース。
一言だけ、気になる文言が書かれていた。リセット・ザ・ワールドだ。
何の事か分からない。だが不吉な文脈で使われている事は確かだった。
死神美少女が、それに気が付いた時には、もう止められない処まで来ていた。
これは極めて不味い。恐らくこの呪いは拡散して、世界を破壊する。
もう戦争とか、疫病とか、天災とか、不況で、呪いが一杯になった世界だが、これ以上呪いを増やしてもいい事はない。これくらいは何とか止めないといけない。だが止まるか?
「……姉さん、この案件は手を引いた方がいいですぜ」
「お黙りサンソン」
その処刑人は、黒い三角頭巾を被り、目の部分だけ穴が開いていた。
フランス革命の時、拾った。ブルボン王朝に代々仕えていたパリの死刑執行人だ。名をサンソンと言う。故在って、死神美少女と出会い、以来行動を共にしている。
サンソンは、死神の助手という位置付けだった。
「最近、姉さんはおかしいですぜ。ちょっと罪人に肩入れし過ぎている」
死神美少女は沈黙した。エンマ様から怒られた。許可なく秘儀を使ったからだ。
だが間違った事をしたと思っていない。エンマ様は嘆息していた。
とりあえず、ヨーロッパからサンソンを呼んで、また組む事になった。
死神美少女は、女子高生が自殺予告した日時と場所を正確に特定すると、現場に急行した。
「あなたの気持ちは痛いほど分かる」
死神美少女は必死になって言っていた。いつになく切迫していた。
「……誰?」
午後4時42分、ビルの屋上の冷たい風に吹かれて、その長い髪の女は振り返った。
「私の真名はἈνάγκη(アナンケー)。復讐の女神。神域が滅びて、今は堕ちた女神として、死神をやっている。だけど全ての不義に鉄鎚を喰らわす役割だけは変わっていない」
だがもうその女子高生は、呪いの塊になっていた。見返す瞳に赤い狂気を宿す。
「……復讐の女神?全ての不義に鉄鎚を喰らわす?」
「そう。思い留まって、私に任せて。必ず不義を正してみせるから」
長い髪の女は嗤った。狂女の如くだ。眼が赤い。
「じゃあ、あの男を殺して」
できない相談だ。あくまでも不義を正す事しかできない。罪は本人の良心が裁く。それは光の言葉によって、自分の罪を気付かせ、反省を促す事だ。悪行は善行によってしか覆せない。
「……ほら、あなたもできないじゃない。何が復讐の女神よ」
女子高生はスマホをかかげた。動画撮影とネットのライブ配信を開始する。
「我が名を以って命じる。全ての男たちに苦しみを!全ての女たちに悲しみを!リセット・ザ・ワールド!」
「待って!自分に呪いをかけちゃダメ!」
午後4時44分、ビルの屋上から、スマホを持ったまま飛び降りた。タマゴの殻が割れるように、女子高生の肉体は地上に激突して砕けた。スマホも割れていた。だが地上に激突する瞬間までライブ配信していた。その女子高生は自殺して、ネットを駆け巡る怨霊としてDX化した。
死神美少女は、何も言えず、ただそれを見る事しかできなかった。
『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード54