とある量産型サキュバスの死
スマホを起動させると、あたしは量産型サキュバス四号機の姿に変身した。
「……ねぇ、あたしを抱いて。君のエナジーであたしをチャージして欲しいの」
夜、あたしはアニメ声で、幼馴染君に甘く囁いた。その目は虚ろだ。
もう幼馴染君には、女の子に対する夢も希望もない。燃え上がる欲望だけだ。残りカスみたいなエナジーしか絞り取れないが、それでもないよりはマシだ。いざという時に備えて、戦えるようにしておかないといけない。変身して戦うと、エナジーが減る。だからそのためのセ〇クスだ。セ〇クスして戦う女の子なんて、出来の悪いエ〇ゲみたいな設定だ。笑える。
だが今のあたしはまさにそれだった。もうどうしていいのか分からないが、組織から抜けようと思っていた。あれから、連絡は一切取っていない。根本的な疑問が生じた。あたしは何かに利用されているかもしれない。呼び出しは受けている。だが応答はしない。
幼馴染君は果てた。だがまだ求めて来る。いや、これ以上は身体に障る。
「……疲れたでしょう。お休み」
あたしはラ〇ホーを唱えて、幼馴染君を眠らせた。電池が切れた人形のように眠る。
幼馴染君は完全にあたしに依存している。中毒状態だ。夢魔に魅入られた男はこうなる。
今は成り行き上、仕方ないが、これ以上、幼馴染君を巻き込む訳には行かない。
どこかで別れて、安全を確保しなければならない。恐らく敵は来る。
あたしはスマホで長文を読んでいた。確かに母親の言う通りだったかも知れない。だがもう遅い。あたしは行き着く処まで、行き着いてしまった。運命の扉は閉ざされている。組織は許さないだろう。抜けるとなれば、恐らく追手が掛かる。例の弐号機の可能性が高い。
それから、正義の魔法少女の話があった。伝説の聖女と師弟を組み、あたしたちサキュバスを退治して回っているらしい。つまり、今のあたしは、両方から攻撃される可能性がある。
まるで、抜け忍となったくノ一みたいだった。戦国時代に実際にいたかも知れない。くノ一とは女という漢字を分解して作る。まんまだ。今のあたしもただの女だ。低出力だが、多少の超能力が使える。催眠術だ。まさに忍術で、くノ一みたいではないか。笑える。
どこに逃げるか?お金はある。なるべく戦わず、逃げるのがいい。サキュバスに変身すると恐らく足が付くし、エナジーをチャージしても、男から足が付く。できれば、普通の女に戻って、身を隠すのがいいだろう。普通の女。笑える。クイーン・ビーも落ちぶれたものだ。
あたしは幼馴染君を見た。眠っている。あどけない。
量産型サキュバス四号機の姿を解くと、幼馴染君の頬に触れた。
……ごめんね。あたしのせいで。こんなにボロボロになって。もうお金取ったり、エナジー取ったりしないよ。もうおしまいにするよ。でももうちょっとだけ一緒にいてね。
あたしはただの女に戻ると、最期の夜を幼馴染君と共にした。
翌朝、旅館を出た処で、あたしは魔法少女マドカと聖女マグダラのマリアに遭遇した。
「……あなた、淫魔サキュバスね。もう童貞君は刈らせないよ!」
その魔法少女は宣言した。ほんの少しだが違和感があった。何だ?この女は?
あたしはスマホを真横にかかげて、無言で淫魔サキュバスに変身すると、幼馴染君を連れて、逃げた。戦闘は極力回避する。エナジーの消耗は避ける。ビルの谷間を走る。多少のエナジーを使って、跳躍した。大ジャンプだ。ビルを飛び越える。大きく二人を引き離す。
よく知らないが、宇宙からの技術提供で、こんな事ができる。だがこの時、あたしはミスを犯していた。変身して力を使えば、組織に気が付かれる。弐号機に感知されていた。
「……待ちなさい!シュート!」
魔法少女がもう追い付いて来た。ファンシーステッキから光弾を放って来た。
あたしは手でそれを弾くと、再び背を向けて、駆け出した。しつこい。こちらは戦う気はないのに、なぜ追い掛けて来る?淫魔サキュバスだからか?一瞬、変身を解くべきか迷った。
「今よ!スプレッド・シュート!」
光弾が目の前で放射状に広がって、拡散した。再収束する。小さな弾が沢山飛んで来る。
あたしは両腕を広げて、幼馴染君をガードした。レジストする。被弾した。でもやらせない!
「……待って、マドカ!この人は戦う気がない」
伝説の聖女が止めに入った。だけどあたしは油断なく下がる。こいつらは敵だ。
次の瞬間、魔法少女と伝説の聖女が範囲攻撃を受けた。電撃だ。だが遮断している。
「流石、三大聖女の一角。完璧な不意打ちだと思ったのに……」
見ると、深紅の淫魔サキュバスが宙に浮いていた。箒のようなものに腰かけているが、流石に宙に浮いているのは驚いた。これが淫魔サキュバス弐号機か。ドイツから来日した金髪碧眼の少女だ。流暢な日本語を話す。だがヤバい感じがする。他のサキュバスとは違う。危険だ。
「ああ、初号機の出来損ないもいるのね。全部纏めて相手にしてあげる」
右手を頭上に掲げると、激しい閃光とスパークをまき散らして、光弾を作り上げた。
一体、どうやったら、あんな出力の光弾が作れるのか分からない。幾ら童貞君からエナジーを集めても、あんな出力は出ない。何か全く別の原理が働いているみたいだった。
あたし、魔法少女、伝説の聖女が全体攻撃を受けた。マグダラのマリアは、難なく凌いだが、魔法少女とあたしは倒れた。無理だ。防ぎ切れない。ちょっとしたレジストしかできないあたしには、こんな攻撃は荷が重すぎる。幼馴染君、大丈夫?
「私は最新のオリジナルシリーズなのよ。量産型なんか比じゃない!」
弐号機は特殊装備「ちくわ」に換装していた。
さっきまで女の子の姿をしていたのに、今は男の姿をしている。青年だ。淫魔サキュバス弐号機はLGBTQ仕様だった。どんな相手にも対応できる。ピーキーだ。疑似的で、偽者だが、その人の並行世界の恋人さえ読み取って、変身までできる。ドッペルゲンガーだ。
弐号機は、宇宙のあらゆる悪徳を結集して造られた究極の淫魔だ。もはや男でも女でもない。謎の存在だった。Qだ。これは人間なのか?いや、人間の成れの果てと言うべきか。
「……あなた、ゲルマンの昏くて深き森で誕生した黒魔術ね」
マグダラのマリアが言った。深く嘆息している。ちょっと怖かった。本気を出そうとしている?だが急にしぼんだ風船のように緊張が弛緩した。弐号機は大剣を構えた青年の姿をしていた。もしかしたら、アレはサーガか何かに登場する伝説の英雄の姿かも知れない。
弐号機は剣を振るって、襲い掛かったが、伝説の聖女は全て躱していた。いや、外れていた。何かおかしい。これは躱しているのとは違う。弐号機が全部、外している。外していた。
あたしはチャンスだと思ったので、幼馴染君を起こして、二人で逃げた。
「そこ!動かない!」
小さな槍が無数に生成されて、足元に並んで突き刺さった。
魔法少女が立ち上がって、ファンシーステッキを構えた。
伝説の聖女を援護するつもりのようだ。深呼吸して、光をチャージしている。
星の光が収束して杖先に集まる。一発逆転の大砲を撃つつもりだ。
中々凄い。正義の魔法少女に、こんな力があったなんて知らなかった。
これならサキュバスは倒せる。だが弐号機は特別仕様だ。通じるか?
「ミラクルシュート!」
プリズムの光が七色に回転しながら、弐号機に命中した。
戦いに集中していたため躱せない。見事直撃した。
「Scheisse!」(クソッ!)
だが弐号機は被弾して後退しながらも、反撃の一撃を放っていた。
光の槍が迫る。あたしは咄嗟に魔法少女を突き飛ばした。
攻撃は外れた。二人揃って、地面に転がった。
「……なんで?」
「敵の敵は味方よ!そんな事も分からないの!」
あたしは叫んでいた。ヤケクソだ。もうこうなったらやるしかない。
これじゃあ、正義の味方と共闘して、悪の大幹部を倒す女幹部だ。日曜朝だ。
だが今はこれしかない。伝説の聖女を援護して、弐号機を撃退しないといけない。
あたしは催眠術を使って、弐号機を何とか眠らせようとした。
無論、レジストされるが、それでも、一瞬寝落ちしたような状態にはなる。
隙が生じて、魔法少女の光弾が当たる。ダメージだ。躱せない。
完全に三対一となった。流石に弐号機も不利になった。
だが弐号機は、冷静に戦局を見て、どこを狙えば、効果的に切り崩せるか考えていた。
「マドカ!一緒に行くよ!タイミング合わせて!」
「この子、ちょっとだけ改心しようとしている……?」
マグダラのマリアが、あたしを見てそう言った。
「邪魔!」
弐号機は光の槍を生成すると、幼馴染君に向かって投げた。
「やらせない!」
あたしは両腕を広げて、幼馴染君の前に立った。
光の槍があたしを貫く。鮮血が飛び、血飛沫が舞う。倒れた。
幼馴染君が駆け寄って来る。あたしは言った。
「……大丈夫?怪我はない?」
ほら、また眼鏡がずり落ちているよ。直して。直して。
「ビー!ビー!」
良かった。元気そうで。
でもあたしはダメ。ちょっと致命傷。もう無理。
向こうで、弐号機と伝説の聖女がまだ戦っていた。
「……あたしはいいから、幼馴染君は早く逃げて」
幼馴染君は慟哭している。あたしにしがみついている。ああ、血が付くよ。
あたしは魔法少女を見た。傷付いているが、動けない訳ではない。
「……お願い。この人を連れて行って」
あたしは彼女の眼を見て言った。魔法少女は逡巡していた。
「マドカ!その人を連れて離れて!」
マグダラのマリアも叫んだ。弐号機はしつこい。
魔法少女は幼馴染君を助け起こすと、あたしから引き離す。
「ビー!ビー!」
騒いでいる。あたしは最後のエナジーでラ〇ホーを唱えた。
お休み。幼馴染君。またね。
魔法少女が幼馴染君を担いで、その場を離れた。背中が遠ざかる。
ごめんね。お金取ったりして。折角働いていたのにね。
君の夢と希望を吸って、バカみたいな事に使ってゴメンね。
最期に、あたしの吐息を君にあげる。幸せの風が吹きますように。
ビーは死んだ。男を騙し、男を貪り、男をもて遊んだ女は死んだ。
自業自得だ。彼女の魂が那辺に漂うのか、知らない。とある量産型サキュバスの死だ。
だがビーは、最期は自己犠牲に生きていた。人の真価は死ぬまで分からない。
『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード63