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クリスマス中止のお知らせ

 そのサンタクロースは、事務所の複合機が吐き出したファックスを、眺めていた。
 ――クリスマス中止のお知らせ――
 そう書かれている。主文に目を走らせた。
 サンタクロース各位におかれましては、師走に向けた例年の準備でお忙しい事と存じますが、以下の理由のため、本部から別命があるまで待機となりました、ご了承下さい、と続いている。
 「何じゃこりゃ?」
 サンタクロースは、何度もファックスを眺めた。
 理由としては、北の果てにある冬の宝物庫が閉ざされたから、とも書かれている。
 子供達にプレゼントを配る時、その源泉となるサプライ・センターだ。
 そう言えば、東洋で桃源郷が閉ざされたとか、騒ぎになっていた。
 仙人や花咲爺が、人員整理されたと、緊急同報で見た。
 まさかサンタクロースもそうなのか。これはそれと連動した動きなのか?
 本部で何が起きているのか。上層部で何かあったのか。
 椅子に身を預けると、サンタクロースは長考に入った。
 そのサンタクロースは、西アフリカを担当している。
 フランス語圏23カ国、約1億4千万人がその対象だ。そのうち子供は約7千万人いる。ヨーロッパのフランコフォンは約9千万なので、今では生まれた国より話者が多い。フランス語の言語的重心は、数的には、西アフリカにあると言っても過言ではない。いっその事、フランス語などと言うのは止めて、西アフリカ語でもよくないか。西アフリカの乾いた動物の骨のような、パキパキしたフランス語も悪くない。
 イスラム教にやや押されているが、キリスト教圏でもある。
 だが近年は、教圏外でも、クリスマスの風習だけ広まっているので、仕事は絶えなかった。だが突然、オランダの本部から、クリスマス中止のお知らせが届いた。解せない。一体、何が起きている。クリスマス事業部は解散なのか?それともクリスマスそのものが中止なのか?もしクリスマスそのものが、中止であるならば、キリスト教的に極めて重大な意味を持つ。
 本部に問い合わせる前に、サンタクロースは北米のNORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)にいる同僚に、秘匿回線を開いた。
 「Hi! Jeff, Are you well? What's going on with our operation?」
 「Nope! it's awful. Christmas operation is cancelled!」
 やっぱり向こうでもそうなのか。計画がキャンセルされている。
 北米のNORADは、毎年全サンタクロースの航空管制など、後方支援全般を担当している。
 「Why? Do you know anything?」
 「I don't know. It's all over! Oh, what a hell! Ballistic missiles are flying! It's nuclear weapon!」
 どうやら現地は、ハリウッド映画並みに混乱しているようだった。
 これ以上、情報は取れないと判断して、サンタクロースは回線を切った。
どうしたものか。突然、別命あるまで待機と言われても正直困る。
 今はコートジボワールのアビジャン上空にいるが、事務所にいても何もできない。
 ふと声を掛けようと思って、英語圏担当の同僚の姿を求めたが、デスクは空だった。すでにどこかに行ってしまったようだ。バカンスか。逃亡か。
 こうなったら、偉い人に話を聞いてみるしかあるまい。
 サンタクロースは決意すると、マリア様に祈った。マグダラじゃない。聖母様の方だ。
 「……どうしました?」
 聖母マリアはすぐに現れた。
 「クリスマス中止のお知らせが届きました。本当の理由を教えて下さい」
 「……主の御心は深く、広いのです。私達には測れません」
 天なる父とか、そんな偉い方まで確認を求めていないが、誰にも分からないようだった。
 「ではあのお方は?天なる父の御子はどうされています?」
 「……会議中です」
 どうやら忙しくて、それどころではないらしい。ミサイルも飛んでいるのだ。
 「コートジボワールの子供達には何と説明しましょう」
 サンタクロースがそう言うと、マリア様もそれには心を痛めている様子を見せた。
 「私からも子供達には言っておきます。今はそれよりも祈るべき時です」
 話し合いはそれで終わった。
 サンタクロースは、一人になるとまた長考に入った。
 とにかく、クリスマスどころではないという事は、分かってきた。
 年末に向けて、忙しかったので、目の前の業務を片付ける事に、注力し過ぎたかもしれない。英語圏を担当する同僚から、今年は無理じゃないか、という話は聞いていた。
 子供達のプレゼントを、宝物庫に発注するのに忙しく、世間の事など気にしていなかった。だが近年、疫病が猖獗(しょうけつ)を極め、セカンド・パンデミックも起きている。
 現在の欧州大戦は、予断を許さない情勢だし、世界全体の物流も止まりつつある。食料危機も深刻化し、特にアフリカ諸国は、来年もたないとも言われている。このまま行くと、北半球の西洋文明が終わる、という予感があった。確かにクリスマスどころではない。中止せざるを得ないのか。
 「……困っているみたいだね」
 ふと気が付くと、マグダラのマリアがいた。
 隣の椅子に座って、手で髪を梳いている。ツヤツヤだ。
 「これはこれは……」
 サンタクロースは、椅子から立ち上がると、お茶を用意した。
 「1914年の時は、世界大戦でも、クリスマスは楽しみにしていたのにね」
 マリアは、お皿に焼菓子のマドレーヌを並べると、セイロンティーを口に運んだ。
 「あれから百年以上経ち、情勢は大きく変わったという事じゃな……」
 サンタクロースは呟いた。戦場のメリークリスマスなんて言葉もあった。
 クリスマスまでにこの戦争は終わるとか何とか。今となっては、古き良き時代か。
 「……どうするの?」
 サンタクロースは考え込んでしまった。
 「先に配っちゃえば?」
 マリアは悪戯っぽく言った。
 「別に腐るものでもないけれど、余らせるのも勿体ないじゃない?」
 マリアは、事務所の片隅に積み上げられたプレゼントの山を見ていた。
 あれは先行して発注し、先に届いた分だ。勝手に配る訳にはいかない。
 「このまま置いておいても意味がないじゃない。配っちゃいなさいよ」
 マリアはせっついた。
 「しかし……」
 サンタクロースは考えた。
 確かに、このままここにいても何もできない。
 だが本部からの指示は、別命あるまで待機だ。いつまで待機なのか分からないが……。
 ふと窓の外を見ると、トナカイたちが真っ赤なお鼻を窓に付けていた。
 相棒たちも「行け、Go! Allez! Allez!(行け、行け)」と、考えているようだった。
 「……分かった。配ろう。世界が終わる前に」
 サンタクロースは決断した。季節外れだが、止むを得まい。
 「そうこなくっちゃ!」
 マリアも立ち上がると、その場でくるりと回って、ミニスカサンタに変身した。
 「あたしも手伝うよ。罪深い女だからね~。懺悔懺悔♪」
 サンタクロースは、そりにプレゼントの山を積んだ。NORADにコールサインを送る。タックネームは、レッドノーズ・ワンだ。スタンバイOK。だが隣席にマリアが座り、綱を取った。
 「ハイヨ~!シルバー!」
 トナカイたちは、馬じゃない、いや、シルバーじゃない、と騒ぎながら発進した。
 そのままアビジャン郊外に降りると、最初の一軒目に舞い降りた。
 「Bonsoir!」
 マリアが声を掛け、サンタクロースが扉を叩いた。すぐに家の人が出て来た。
 「Joyeux Noël!ちょっと早いけど、子供達にプレゼントを届けに来たよ!」
 マリアがそう言って、赤いリボンの包装箱をどっさり渡すと、家の人はびっくりした。
 だが後から子供たちが駆けつけて、目を輝かせた。
 「C'est bientôt Noël ?(もうすぐクリスマス?)」
 「Oui!C'est Noël maintenant!(うん!今クリスマス!)」
 マリアが微笑むと、クリスマスツリーがドーンと着弾して、てっぺんのお星様が輝いた。
 「お?クリスマスか?いいねぇ。でもいくら何でも早過ぎないか?」
そこに、もの好きのおっさんが通り掛かった。
 「今夜はパーティか?チキンは?焼き鳥は?手羽先は?」
 若い野次馬も、喜びの叫びを上げながら、飛び入り参加した。
 「クリスマスならシャンパンが必要じゃろ」
 最後に、年寄りの冷やかしが通り掛かった。
 マリアが、子供たちに焼菓子のマドレーヌを配ると、近所の夫人も集まって、ありあわせを持ち寄った。たちまちクリスマス・パーティが始まった。
 シャンパンが、ポンポン景気のよい音を上げると、誰かがドラムを持ち出して、サバンナのリズムで叩き始めた。サンタクロースは、あまりの展開の早さに目を回していた。
 その時、ほっぺに謎ペイントしたマリアがやって来て、耳元で囁いた。
 「ね?配ってよかったでしょう?」
 「……全部、ワシの持ち出しじゃがな」
 サンタクロースは苦笑したが、子供たちが駆け寄ってきた。
 「サンタさん、サンタさん、今夜の夢は何?」
 サンタクロースは人差し指を立てて微笑むと、音楽の指揮者のように、タクトを振った。
 「Sainte Flore, Sainte Flore, viens ici et raconte-nous tes rêves. C'est de l'eau, c'est du vin, c'est la mer, Ils deviennent réalités.」
 シャンパンの泡から、シャボン玉が生まれて、ふわふわと宙を舞い、その一つ一つに、世界中の笑顔が映っていた。そしてこちらの笑顔も、鏡のよう に映されて、向こう側の世界にも転送される。笑顔が反射して、反射して、無限連鎖する。世界中に笑顔が広がって行く。
 「クリスマス続行のお知らせよ!みんな受け取って!」
 ミニスカサンタのマリアが、花のように、投げキッスを右に左に振り撒いていた。
 するとクリスマス・カードがたくさん、空から降って来た。
 ――Avec un coeur sacré du Père Noël et Marie Madeleine pour la paix――
 その絵葉書には、そうサインしてあった。
 
          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード3

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