運命の扉
夜、夢を見た。枕元に自殺した女子高生が立ち、救いを求める。そんな夢だ。
ケンちゃんが手を伸ばすと、肉体から魂が遊離した。自殺した女子高生と手を繋ぐ。
「……お願いケンちゃん。私を助けて」
それは呪いの女だったかも知れない。だがその声は確実に、ケンちゃんに届いた。
救う事ができなかった。後悔が残る。本当に、何とかならなかったのか?
彼女は、再婚した父親の家に来た連れ子だった。ケンちゃんと血が繋がっていない。高校入学と同時にケンちゃんが家を出たので、短期間しか顔を合わせていない。だが気になっていた。そしてある時、父親に犯されて、彼女は自殺した。怨霊となって暴れた。呪いの女だ。
父は謎の失踪を遂げた。衣服と眼鏡だけ書斎で発見された。完全に行方不明だ。今は自殺した女子高生の母親だけ、実家に残っている。誰が犯人か未だ分かっていない。
「皆の運命を修復したいの。お願い手伝って」
ケンちゃんは頷いた。自殺した女子高生は赤い目をしていた。影も濃い。呪いの女だ。
螺旋階段がある。古い塔だ。下から上を目指して登って行く。踊り場に扉があった。二人は意を決すると、一つ目の扉を開いた。光が溢れる。
そこは、自殺した女子高生のお葬式だった。ケンちゃんがお棺にすがって慟哭している。近くに両手で顔を隠して震えている女子高生の姿も見えた。これは過去シーンだ。だが女子高生の姿までは見えなかった。ああ、あの時、こんな事が起きていたのか。
「……ありがとう。ケンちゃん。あなたの涙が私を変えた」
ケンちゃんは頷いた。自殺した女子高生は黒い目をしていた。影も黒い。
運命の扉を閉ざした。二人は踊り場に戻り、再び螺旋階段を登る。また踊り場に扉が見えた。二人は意を決すると、二つ目の扉を開く。赤黒い呪いの奔流が溢れる。
そこには、ビルから投身自殺した女子高生の動画を見て、鉄道で後追い自殺した二人の女子中学生がいた。ずっと公園で同じ会話を繰り返している。この後、決まって電車に飛び込む。そういう無限ループ状態に入っていた。呪われているので、抜け出す事ができない。
「二人ともごめんなさい。あなたたちまで呪ってしまった。許して」
自殺した女子高生は頭を下げた。だが二人の女子中学生は虚ろだった。
「……どうしてこんな事に?なんで私たち死んじゃったの?」
女子中学生は言った。友達も頷いている。彼女たちも呪いの女になっていた。
「私も自殺して、無限ループ状態に入ったの。だけどケンちゃんが泣いてくれた」
二人の女子中学生は、こちらを見た。ケンちゃんは頷いた。
「二人とも、ここを出よう。ついてきて。決して後ろを振り返ってはならないよ」
なぜそう言ったのか、ケンちゃんも分からない。だがそう言っていた。皆で扉を閉める。
皆で手を繋いで、螺旋階段を登った。踊り場に出た。三つ目の扉を開く。光が溢れる。
そこには自殺した女子高生の父親がいた。最初の父親だ。幼い頃、母と離婚した。
ボロアパートで独り暮ししている。壁にヘルメットと作業着が引っ掛けてあり、ちゃぶ台に残り汁が底に溜まったカップ麺が置いてあった。割り箸が床に散らばっている。
その男は、小さい頃の女子高生の写真を持っていた。幼い女の子の写真だ。笑顔が眩しい。
今は離婚して、会う事ができない。慰謝料送金の日々だ。だが毎日、その写真を見ていた。
その男の周囲に、吹き出しのポップアップのように、思い出がふわふわと雲のように沢山浮かんでいた。男は涙していた。願っていた。会いたい。娘と会いたい。会って話したい。
自殺した女子高生も涙していた。お父さん。ごめんね。一緒にいられなくて。
男の背中に、自殺した女子高生の霊が寄り添った。光が溢れる。
今、運命に軌道修正が掛かった。遠い時間の先、遠い運命の先で帰結する。善行だ。
自殺した女子高生は涙を拭くと、皆に向かって頷き、扉を閉ざした。
皆で螺旋階段を登った。踊り場に出た。四つ目の扉を開く。呪いが溢れる。
そこには、鉄道自殺した二人の女子中学生の肉片動画を配信してしまった女子大生がいた。
動画はもう消えていたが、お肉が食べられなくなっていた。お肉を見ると決まって嘔吐した。
「ごめんなさい。あなたも呪ってしまった。許して」
自殺した女子高生がそう言うと、自殺した二人の女子中学生も近づいて言った。
「……もう、私たちの事で苦しまないで。お姉さんはまだ生きているから」
その女子大生は、何かを感じたのか、部屋の中で振り返って、キョロキョロしていた。
ケンちゃんはその様子を見ると、扉を閉ざした。再び皆で螺旋階段を登る。また踊り場に出た。意を決すると、五つ目の扉を開いた。光が溢れる。
そこには、ケンちゃんのお母さんがいた。ボロアパートで独り暮ししている。床に就いて、死に掛けていた。だが周囲には、思い出の結界が張られていて、美しい絵画のように、ケンちゃんとお母さんのイメージが沢山クルクル回っていた。中学入学、中学卒業、高校入学などだ。
全て美しく、キラキラ輝いている。宝石のようだ。これは思い出の写真だ。現実じゃない。
ケンちゃんが姿を現すと、ケンちゃんのお母さんは、手を伸ばした。
「……ケン」
二人は抱き合った。その様子を他の三人は見ていた。なぜ人は愛する人と別れるのか?
ケンちゃんのお母さんは、ケンちゃんの腕の中で息絶えた。母だ。最期は幸せだった。
四人はケンちゃんのお母さんを看取ると、扉を閉めた。死神美少女と視線を交錯する。
皆で螺旋階段を登った。踊り場に出る。五つ目の扉を開いた。赤黒い呪いの奔流が溢れる。
そこには、自殺した女子高生の母親がいた。ケンちゃんの実家にいる。
その母親は最終的な勝利者となっていた。再婚した夫が死んだからだ。計画通りだ。邪魔な娘ももういない。残されたお金は全て自分のものだ。ああ、可笑しい。ざまぁみろ。
その母親は嫉妬の塊だった。傍らには、なぜか則天武后の本が置いてあった。参考文献か。
「……お母さん」
自殺した女子高生が近付くと、驚いた事にこちらが見えるのか、応戦してきた。
「喰らえ!」
女子高生の頭に、蛇が巻き付いていた。頭痛に襲われて、自殺した女子高生が崩れた。ケンちゃんは手掴みで、白い蛇を剥がすと、床に捨てた。蛇霊だ。それが大きくなった。白い蛇神がのたうつ。女子高生から離れて、女子高生の母親の傍らに並んだ。四人は身構えた。
「「……お前が憎い。ちょっと顔がいいからって、調子に乗りやがって!」」
女子高生の母親は醜く顔を歪めた。ちょっと在り得ない歪み方だ。蛇神とユニゾンしている。
どうやら、もう一つの黒幕の登場のようだった。こんなところにも、運命を呪う者たちが隠れていた。ちょっと気が付いていなかった。だが正体を見たからには、もう解決したも同じだ。
悪事は露見すると、消えて行く。嘘がバレると、もう通じなくなるのと同じ原理だ。
「「お前などあの醜いドロドロ眼鏡と一緒に地獄へ堕ちろ!」」
白い蛇が段々、人の形に近づいて来た。着物を着た女の姿に見える。母と似ている。
「お母さん、ゴメンね。あんまりいい子じゃなくて」
突然、自殺した女子高生が謝罪した。完全に不意を突かれた。
「もし良かったら、お父さんとの事、考え直して欲しいの。お願い」
深く頭を下げていた。皆、沈黙した。自殺した女子高生の母親は言った。
「今更、何を言っている?アレは役に立たないから捨てただけ」
「……そんな事言わないで。お父さん可哀想。多分、このままだと早く死んじゃう」
「早く死ねば。ああ、でもそれだと、送金が止まるか」
自殺した女子高生の母親は可笑しそうに、そう言っていた。
「そのお金は娘さんの養育費だろう。その娘さんが死んだのに取り続ける気か?」
ケンちゃんが割って入った。これは明らかに不義だ。横から憤ってもよい。
「言わなければ分からないわよ。会う事はできないから」
実は市役所に行けば、そんな事もなかったが、自治体も教えてくれる訳でもない。
「……この人はダメだ。救えない。言葉が届かないくらい心が固まっている。有だ」
ケンちゃんは言った。自殺した女子高生は逡巡していた。
「ゴメンね。お母さん、また来るね」
自殺した女子高生はそう言って、扉を閉ざした。
四人はちょっと暗くなっていた。だがまだ螺旋階段はある。登らないといけない。
「さぁ、行こう。まだ扉はある」
ケンちゃんがそう言うと、自殺した女子高生と二人の女子中学生も頷いた。
踊り場に六つ目の扉があった。順番から行くと光の扉の筈だが、すでにそうでない雰囲気が漂っていた。扉の隙間から地獄の瘴気が漏れていたからだ。熱くて、臭い。悪臭だ。
「開けよう。前に進まないといけない」
ケンちゃんが扉を開けると、そこには元執行役員がいた。ケンちゃんの父親にして、自殺した女子高生を犯していた男だ。諸悪の根源と言える。ここは地獄か。黒天と炎が見える。
「やぁ、ケン、よく来たな」
その眼鏡を掛けたドロドロは、樽の中に静かに浸かっていた。
赤唐辛子と岩塩とビネガーで漬けられている。マ〇ルヘニー社製のペッパーソースだ。
時折、赤鬼たちが、戯れに短剣を樽に投げている。短剣が見事ドロドロに命中すると、眼鏡を掛けたドロドロは、ポーンと樽から飛び出して、宙を舞う。ジャック・ザ・ポッドだ。
「……何をやっているんだ?父さん」
「見て分からんか?地獄の責め苦だ。父さんは今呻吟している。反省中だ」
確かに唸っていた。自殺した女子高生が近づいて、樽を覗き込んだ。眼が合う。
「……今はまだちょっと許せないけど、そのうち許す」
「ああ、そうか。でもちょっとそこをどいてくれないかね。陽の光が当たらない」
ごく僅かだが、天から一筋の光が射していた。樽を温めている。皆はパタンと扉を閉ざした。
螺旋階段の終わりが見えた。頂上に運命の扉がある。皆で開けた。
「あ、お疲れ様でした。皆さん。どうぞこちらへ」
そこにはワインのグラスを持つ死神美少女がいた。処刑人のサンソンも乾杯している。
見るとそこは幼稚園のようだった。聖母マリア幼稚園の庭で、パーティーを開いている。隣の老人ホーム「桃園会」と合同のクリスマス?パーティーだった。
「あ、来た!来た!ケンちゃん!」
ミニスカサンタコスを着たマグダラのマリアが手を振っていた。隣で頭に花が咲いた女が、バッカスとお酒を飲んで、花鳥風月を披露している。天花娘娘だ。仙人と花咲爺とサンタクロースもいる。ギャル軍団ともの好き、野次馬、冷やかしのトリオもいた。
アマビエちゃんを抱いたサングラスのシスターが近づいて来た。元デリヘル嬢の黒水さんだ。
「……へヴンズ・ドアーへようこそ。歓迎するぜ」
ケンちゃんは、マルイ製のエアコッキンググロック17L(3310円)を突き付けられた。
「ああ、ここはゴールなんだね」
自殺した女子高生は輝き始めていた。女子中学生もだ。マグダラのマリアが近づいて言った。
「……いや、スタート地点だよ。もう一度、運命を回してみよう。反省点はある筈」
呪いの女は、光の女になっていた。お迎えの人が来る。だが一度、エンマ様の処に行かないといけない。悪行は悪行だ。裁きを受けないといけない。それでも天から光が射し始めていた。
『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード60