黄色い椅子に座り、黄色い茶器で、お茶を飲む男
その男は、黄色い椅子に座り、黄色い茶器で、お茶を飲んでいた。長テーブルだ。
なぜか彼は、熊の〇ーさんに似ていると言われていた。そう言えば、プ〇さんも黄色い。
だがこの男は権力者だったので、そんなネット検索は、全部409にした。そんな下らない事より、人民に崇拝されて、黄色い椅子に座り、黄色い茶器で、お茶を飲む男でありたかった。部屋には、人类〇运共〇体の額縁が掛かっている。煙草の「中南海」が置いてあった。
彼は早く、〇类〇帝を名乗りたかった。台湾を征服すれば、人〇皇〇の資格はあると考えていた。共産党という枠組みさえ超えて、人民解放軍はそのまま禁軍となる。かつて大陸に存在したどの王朝よりも大きくて、偉大だ。地球全土の制覇を目指す。人〇命运〇同体だ。
だが日米両軍が邪魔し、台湾の併合を妨げている。とんでもない事だった。あってはならない事だ。無論、日米の妨害は事前にシミュレーションしていた。それでも勝てると踏んだから、決行したのに、この体たらくは何だ。ただの消耗戦に移行している。
「アメリカ第五艦隊は、まだ立ち去らないのかね?」
党中央は周囲の者に尋ねた。ヤンキー共は台湾近海を駐車場にして、たむろしている。
「……は、思いの外、粘り強い連中でして」
アメリカ第七艦隊は葬ったのに、アメリカ第五艦隊は粘っている。ずっと台湾に張り付いて防衛している。抜けたアメリカ第七艦隊の穴は日本が埋めた。欧州からも連合国と共和国が、それぞれ空母を送って来た。彼らにとって、一隻しかない虎の子なのによくやる。
だが全体としては、形勢は不利で、制空権でやや有利なぐらいだ。制海権が取れない。だから台湾を大きく包囲して、補給路や通商路を断つ作戦に出たが、今のところ、あまり上手く行っていない。四ヶ国で抜け道を作って、台湾を支援している。あとは潜水艦戦だ。
「我が潜水艦艦隊はどうなっている?」
党中央は周囲に尋ねた。すると彼らは、報告し辛そうにしていた。
「どうした?潜水艦はどうなった?」
「……は、誠に申し訳ございません。連絡が付かなくなりました」
党中央は細い目を瞬いた。連絡が付かない?それはどういう事だ?
「一隻も連絡が付かないのか?」
報告者は項垂れた。周囲の者も誰も答えない。様子がおかしい。
「造反か?」
「……いえ、それは分かりません。今、別の潜水艦を現地に向かわせているところです」
「まさか日米の潜水艦に撃沈されたのか?一隻残らず?」
党中央は驚いた。気配も気取られないでやられたのか?そんなに性能差があるとは思えない。
「……戦闘記録は確認できておりません」
しかし状況的にやられたと見ているようだ。二隻ずつ分散させたのに、全部やられたのか?
「宇宙同志!」
党中央が叫ぶと、いつの間にか、黒衣に覆われた小柄な人物が二人いた。
「……海の中に何かいるかもしれません。我々の知らない何かが」
人工的な音声がした。もしかしたらアバターかもしれない。
「確認を頼む。もし宇宙からの勢力だった場合、宇宙同志が頼みだ」
「……心得た」
黒衣に覆われた小柄な人物たちは立ち去った。周囲の者たちは顔を見合わせる。
党中央は不安になった。このまま行くと、台湾が取れない。現時点でも彼の権力基盤にはひびが入っていた。大陸の五大戦区でも、造反の動きがある。人事で平和裏に当該人物を交代させられればいいが、抵抗が予想される場合、飛行機事故等で当該人物を消すしかない。
だが戦区の司令官たちも、身の危険を察知して抵抗するため、しばしば各戦区で銃撃戦等、戦闘が発生している。党中央は段々、綱渡りを強いられるようになっていた。
「そう言えば、半島のロケットマンはどうしている?」
党中央は尋ねた。南の首都を制圧し、勝利宣言を出してから、行方が知れない。音信不通だ。
「……半島の人民大将軍は、影武者が多くて、どれが本物の黒電話だか、よく分かりません」
「今どこにいるか分からないか?」
「……恐らく白頭山の地下にでも籠っているかと思われますが」
「アレはまだ使える。困っているなら、助けてやれ。こっちに呼んでもいい」
党中央は指示を出した。半島の戦争は敗けるだろう。ここでも米軍の活躍が目立つ。南の軍隊は大した事はなかったが、米軍が適切に支援して、弾道ミサイル発射を全部阻止した。しかし平時から、アレだけ派手にぶっ放していれば、米軍に隠し場所もばれる事だろう。
「欧州大戦は動いていないな?」
「……大きな動きはありません」
党中央は、ふと国連安全保障理事会の乱闘騒ぎを思い出した。何か面白い事が起きている。
「あの日本の国連大使が、偵察総局から報告があった例の男だな?」
「……は、要注意人物かと。科学万能の今の世の中で、平然と怪力乱心を使います」
党中央は微笑んだ。こういう人物を待っていた。敵が弱くては、面白くない。
「……この者は共産主義、唯物論、無神論、進化論を否定し、社会のDX化に反対し、LGBTQに嫌悪感を示し、地球温暖化など全くしていない。それはグローバリストたちの陰謀に過ぎないと主張する言語道断の男です。今の現代社会で、絶対に存在を許してはいけない男です」
「気骨のある男じゃないか。ぜひ配下に加えたい。因みに減税論者か?」
「……減税論者です。小さな政府が、国家や社会を救うと言っています」
「ああ、やっぱり。時々、そういう奴が現れるんだよな。全部反対する奴。一種の狂人だな」
党中央は、分かる、分かる、よく分かる、という様子で話していた。ちょっと不思議だった。
「とりあえず、金か女を送れ。それで転ぶならよし。転ばないならいつもの手だ」
周囲の者たちはヒソヒソ相談していた。偵察総局、悪魔営業、東京都知事など聞こえる。
「浸透作戦はどうなっている?」
「……与党議員の90%は押さえたかと。圧倒的に大陸派です」
「やはり金と女だな。日本知事会はどうなっている」
「……彼らはグローバリストが多く、中々浸透しません。世界政府系に靡いています」
党中央はふんと鼻を鳴らした。グローバリストなど、西洋文明もろとも葬ってやる。
「猿兵計画はどうなっている?」
周囲の者たちに尋ねると、彼らは沈黙した。そして黙って書類を提出する。
「順調のようだな」
党中央は書類をテーブルに置いた。それは嘆願書だった。計画の中止を求めている。
「西側のドローン兵器群に対する、我々のクローン兵器群こそ、最重要課題だ」
党中央は、合衆国の映画『星界大戦』が大好きで、特にクローン大戦を好んで見ていた。クローン兵士たちが、ドローン兵器群を蹴散らし、破壊するシーンを何度も見ている。
「……現段階で、人民解放軍の兵士を猿兵に置き換えるのは流石に如何かと」
「まずはテストだ」
党中央は言った。猿兵とは、人間とチンパンジーのハイブリッドだ。チンパンジーの肉体に、人間の脳を組み込んでいる。当然、兵士の戦闘能力は飛躍的に上がる。だがこのキメラが、霊的にどうなっているのか、よく分からない。だが党は唯物論で無神論なので、気にしない。
長年、臓器移植で培った人体実験の結果、辿り着いた結論だ。宇宙同志の技術提供もあり、技術的困難もブレイクスルーした。プロトタイプは完成している。猿兵のクローンが、禁軍の主力を担う予定だ。それまでは余剰技術で、完成した臓器移植で資金を稼ぐのだ。
「そう言えば、我が人民はどうしている?」
「……感染症に苦しんでいます」
「手を緩めてやれ。可哀想だ」
党中央は言った。〇类〇帝は慈悲深いのだ。人口はコントロールしないといけない。
「……新しい風邪の素もできておりますが?」
「お薬はちゃんと用意したか?とりあえず、どこか別の国に蒔け」
そろそろ生物戦争は、最終段階に入る。次は熱核戦争だ。
その時、何か急報でも入ったのか、部屋が俄かに騒がしくなった。
「……東部戦区から報告です」
党中央は、お茶を飲みながら、鷹揚に構えた。
「……福州を中心に、沿岸部一帯に、巡航ミサイルの着弾を確認。被害は甚大な模様」
米軍か?艦艇からトマホークでも発射したのか?数はどれくらいだ?
「詳細な報告を上げよ」
党中央は念のため、そう命じた。配下の者たちは、慌ただしく、東部戦区としきりに連絡を取っている。それにしても、黄色い服を着て、紫禁城に入る日はいつ来るのか。
果たして台湾を落とせるのか?
考えてみると、米軍もお節介な連中だ。なぜ命を懸けて、台湾を守る。彼らが全力で台湾を守って一体何になる?そんなに自由、民主、信仰という価値が大切か。理解できない。確かに自分も、合衆国にいた事もあるが、最終的に、大陸と考え方が相容れないと思う。
ただ自分は、合衆国に生まれたとしても、権力を志向しただろう。民主党に入って、合衆国大統領のポストを狙う。全てはそれからだ。そういう意味では、どこに生まれても、自分は変わらないと思う。自分には凄い力が備わっている。人を支配すべく生まれついたのだ。
「……暫定ですが、報告します」
配下の者は、東部戦区からの詳報を伝達した。
巡航ミサイル推定15,000発。東部戦区沿岸地帯は壊滅。あらゆる軍事作戦は実施不可能。
「馬鹿な」
党中央は思わず、黄色い椅子から立ち上がった。15,000発?一体どこから飛んで来た?
「……輸送機から飛んで来ました」
彼らは知らなかったが、これは米空軍の新戦術、ラピッド・ドラゴンだった。
輸送機のカーゴに、専用のケージを入れて、巡航ミサイルを運搬。そして任意のポイントで、専用のケージごと、巡航ミサイルを纏めて投下。空中でケージが分解して、巡航ミサイルが各自飛行して目標を目指す。因みにケージ1個に、6発の巡航ミサイルが入っている。
ポイントは、輸送機も巡航ミサイルも改造なしで、そのまま専用のケージで何段も大量輸送できる事だった。輸送機C-5ギャラクシー、C-17グローブマスターIII、C-130ハーキュリーズ、爆撃機B-52ストラトフォートレスなどに大量搭載できる。
米軍は、台湾防衛で消耗戦に引き込まれる事を嫌っていた。いい加減、アメリカ第五艦隊も帰して、休めないといけない。無論、アメリカ第七艦隊の仇も取る。だから大輸送機部隊で、巡航ミサイルを運んで、新戦術ラピッド・ドラゴンで大陸沿岸部を叩いた。
「……一部は艦艇からも飛来したようですが、多くは輸送機からです」
党中央は黄色い椅子に腰を落とした。これでは継戦は不可能だ。短期決戦で台湾を落とせない場合に備えて、大量の物資と装備を、福州中心に積み上げていた。全て仇になったが。
「合衆国に連絡だ。幕引きだ」
党中央は、この撤退戦を必ず戦い抜くと決意した。まだ敗けない。負けた訳ではないのだ。
『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード89