[TV評]メシア
'Messiah' Season 1 (Netflix, 2020)
Created by Michael Petroni
Starring:
Mehdi Dehbi as Al-Masih
Sayyid El Alami as Jibril Medina
Michelle Monaghan as CIA Case Officer Eva Geller
Tomer Sisley as Aviram Dahan
前置き
2020年1月1日に公開されたTVシリーズ「メシア」'Messiah' (Netflix) を観た。シーズン1の全10話。1話あたり40-60分で、平均して50分と仮定すると10話で500分、つまり8時間を超える。映画だと4本分くらい。シーズン2の予定については1月29日時点でまだ発表されていない[この文は発表され次第、改訂の予定]。
結論からいうと、それだけの時間をかけて観る価値はある。どのような宗教の人であろうと、いろいろと考えさせる点を含む。映像は美しい。
音楽もすばらしい。ときに流れる曲、たとえば Crosby, Stills, Nash and Young の 'Carry On' (4話の末尾) などにははっとさせられる。また、8話の23分くらいで米国大統領が自分の足元に水が満ちてくるのを夢で見る場面があるが、あれを観ると、ボブ・ディランの 'The Times They Are-A Changin' の1連の歌詞が現実味をもって迫ってくる。ディランがこのTVスリラーを観たかどうか分らないが、彼ならきっと気に入るだろうという気がする。
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現代において「再臨」が起きたときに、世界の人びとはどう反応するか。それがこのTVシリーズの主題。作られたのが米国だとしても、世界中の人びとの視聴に耐えるようなつくりになっている。使われる言語は主として英語・アラビア語・ヘブライ語だ。わたしは1話のみ日本語字幕で観たが、2話以降は英語字幕で観た。英語字幕だとよく知られたヘブライ語はそのまま表示されるときもある。
宗教の立場は中立に見える。米国製作だから、米国のキリスト教徒やユダヤ教徒が理解できるようには作られているが、「再臨」を語る時にはキリスト教・ユダヤ教・イスラム教の3つの立場が考慮されている。実際にドラマに出てくる登場人物たちは、さまざまの信仰 (または無信仰) をもち、それぞれの立場から「再臨」を見る。
本作の一つの特徴は、「再臨」に関心をもつ者として設定されているのが、一般大衆だけでなく、情報機関であることだ。イスラエルの Shin Bet および米国の CIA が、「再臨」に伴う現象を綿密に分析・調査・追跡する。前者を代表するのが Tomer Sisley 演じる Aviram Dahan で、後者が Michelle Monaghan 演じる Eva Geller だ。もちろん、それだけでなく、「再臨」に最大の関心をはらっているのは宗教者たちだ。が、その面はシーズン1ではまだあまり出てこない。ただし、イスラームの過激派からの物騒な反応は描かれる。
Dermot Mulroney 演じる米国の大統領 John Young は Latter-day Saint の教徒として描かれる。史実としては末日聖徒の教徒は歴代大統領にいない。2012年の大統領選で候補者になった Mitt Romney は末日聖徒だった。
本論
以上が前置きで、いよいよ本論に入る。ここからは「再臨」と見られる現象の中心人物、Mehdi Dehbi 演じる Al-Masih のことについて。
「再臨」the Second Coming [Second Advent] :
(最後の審判の日の) キリストの再臨 (ランダムハウス英和大辞典)
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本論の中身に入る前に、ひとつお断り。
ここまでは客観的なデータを中心に書いたが、ここからは、おそらく1年後に公開されるであろうシーズン2にそなえての備忘録の色彩が強まる。つまり、ほぼ自分のための覚書のようなものだ。
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本シリーズの主人公は Al-Masih と呼ばれる。アラビア語で「メシア」の意だ。
イスラームにおいては、この名はイエス・キリストに対して用いられるという。さらに、イスラーム神学でいう偽預言者 Dajjal が自らを名乗る時の名でもあるという。Dajjal はキリスト教でいう反キリスト (Antichrist) に相当する。
Dajjal はイスラーム神学では、片目が盲目であるとされるという。
Dajjal はアラビア語では「詐欺師」を意味するが、まさに Al-Masih を何らかの意図をもって動く詐欺師とみなして調査するのが CIA 情報将校の Eva Geller だ。Geller はその仮説を裏づけるような証拠や材料集めに奔走する。Geller にとっては、Al-Masih の行動は手品師のそれであり、言葉は詐欺師のそれである。その確信のもとにエスピオナージを展開する。
イスラームの終末論では Al-Masih Al-Dajjal は悪の偽預言者で、地上にやってきて人々を Shaytan (悪魔、悪霊) の信奉者へとつり込もうとするという。
その後で、この偽預言者はキリスト (Imam Mahdi) に滅ぼされると信じられている。
まさに、キリスト教でいう Antichrist に相当する。Antichrist は、キリストの再臨の前に出現してこの世に悪を満たすであろうと、初期キリスト教徒が予測したキリストの敵である (1 John 2.18, 22)。
Hadith (Muhammad とその教友の言行録) では、Dajjal は縮れ毛で、片目で、'kafir'「不信仰者」の語が額に刻まれていると書かれているという。
多くのムスリムやアラビア語話者は本シリーズの Al-Masih を Dajjal と受取っているらしい (BBC の記事による)。
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ムスリムの視聴者が Al-Masih を Dajjal とみなすだけでなく、ドラマの中でも Geller をはじめ、多くの者がそうみなす。
しかし、本当に反キリストなのであろうか。本当に詐欺師なのであろうか。
原点に還って考えてみる。
新約聖書で反キリストが出てくるのは次の箇所である。
子どもたちよ、今は終わりの時です。反キリストが来ると、あなたがたがかねて聞いていたとおり、今や多くの反キリストが現れています。このことから、今が終わりの時であることが分かります。
偽り者とは、イエスがキリストであることを否定する者でなくて、誰のことでしょうか。御父と御子を否定する者、これこそ反キリストです。
(ヨハネの手紙一 2章18節、22節 [聖書協会共同訳])
結論からいえば、シーズン1を観たかぎりでは、この反キリストの定義に Al-Masih が当てはまるとは言えない。しかし、当てはまらないとも言えない。分らない。
ひとつだけ言えるのは、Al-Masih は自分のことを〈父から遣わされた者〉と語ることである。
-----【この先 ネタバレ 注意】-----
さらに、米国大統領とのふたりだけの会話で、事実上、いま話しているのは神であることを宣言している。
10話で、墜落した飛行機の残骸から立上がった Al-Masih は、死んだ3人の同乗者を蘇らせている。
しかし、Jibril Medina もまた、自分を殺そうとしたかつての友を蘇らせている。
この Jibril のほうが真のメシアではないかとする説もあるが、物語の中では Jibril は Al-Masih の弟子である。
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どれほどのしるしを見せられても、信じない者は信じない。信じる者はしるしがなくても信じる。これはいつの世も変わらない。
ひとは自分の見たいものを見るだけという言い方もある。しかし、目に見えぬものを見ることができるなら、理屈は不要である。
Al-Masih を捕え、監視する側の人間で、彼の真の姿を見た者たちは、みな彼を信じた。その真の姿が見られる者は幸いである。目が曇っている者、自らの偏見や先入主に囚われている者には、それが見えない。見れども見えず、である。
Al-Masih の真の姿は、奇蹟よりもむしろ、理屈では測れぬ、目先の利や理からは見えない、説明のつかない言行にある。強いて言えば、より大いなるものにつき動かされているとでも言うしかないような何か。
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現代の世界に、もしもキリストが再臨したとしたら人々はどう受止めるか。それをかぎりなくリアルに思考実験してみせたのが本シリーズである。
エスピオナージの網の目がはりめぐらされ、宗教や宗派の対立が暴力や戦争に発展し、政治的思惑が巨大な力と謀略を駆使する世の中で、本当に人びとはメシアを受入れることができるのか。真のメシアが現れたとしても。
個人史を超えた次元に、メシアの歴史的時間への闖入があったら、いったい人びとはどう考えるのだろう。いつも目覚めていなさい。その時はいつ来るか分らないからと、古から言われてきたことが、目の前で起こったとしたら。
['Messiah' Season 1 Official Trailer]
関連記事
- Razan Mneimneh, 'Is Netflix's Messiah problematic for Muslims? Here's what we know' (StepFeed, 13 January 2020)
イスラーム圏で本作を配信しないよう Netflix に求める動き(ヨルダン) や、ボイコットを求めるネット上の 請願 などについてふれている (請願には5千人以上が賛同している)。
イスラームにおける偽メシアについて、次のように述べている。
Most commonly known as al-Masih al-Dajjal in the Arab world and in prophetic narrations, scholars have concluded the reason behind his name (Masih) is because he will be blind in one eye or have a deformed eye. His other name, al-Dajjal, which translates into "the great deceiver" in Arabic, is given because he will deceive, lie, and claim he is the real Christ, misleading humanity into thinking this is the second coming. Only real believers will be able to read the letters KFR in Arabic on his forehead, meaning infidel; a sign from God to expose his falsehood.
文中のリンクはさらに詳しい説明や議論につながっている。
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- 'Who is Al-Masih ad-Dajjal in Islamic eschatology?' (Got Questions)
イスラームの終末論での Al-Masih ad-Dajjal を解説している。
= Alejandra Salazar, 'What Is The Meaning Of Al-Masih & Why Is Netflix’s Messiah Using The Controversial Term?' (Refinery29, 1 January 2020)
本作の主人公の名前のフルネームが Al-Masih ad-Dajjal ではないと Netflix は反論している。
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