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[書評] 狂狗集

管 啓次郎『狂狗集 Mad Dog Riprap』(左右社、2019)

管 啓次郎『狂狗集 Mad Dog Riprap』(2019)

読むと元気が出る一行詩

当代随一の現代詩人による一行詩を264篇あつめた詩集。

あいうえお順に並べられている。歴史的仮名遣い。一見すると、警句集みたいに見えるかもしれないが、現代詩の一行詩として見ると、長さは関係ない。長詩であっても、エネルギーの充填された一行があれば、それだけで一行詩とも看做せることがあるが、それに似る。

独断的に、読むと元気が出る一行詩を抜きだす。元気が出るとは、このアポカリプスを乗りこえられそうな元気をくれる詩という意味だ。犬の夢的なものも含める。

尾がしめす導き無くして救ひに至る (5頁)

雷鳴に目覚めし間際の紅楼夢 (16頁)

流転せよ苔むす石ころ夜明けは近い (17頁)

椅子から転げて子犬がそのまま眠つてる (19頁)

変形文法で視界の歪みを矯正する (28頁)

焼け野原世界の終末跳び越えろ (30頁)

騾馬の反逆帝国解体奴隷の怒 (31頁)

異郷なりレモングラスで蚊を避けよ (33頁)

再起せよ世界はきみを待つてゐるかも (36頁)

地球といふが見たことがあるのか球なのか (38頁)

茄子色に夕なづむ世に犬一匹 (40頁)

移行措置星から星への渡り鳥 (48頁)

沖合に不思議な少女が立つてゐる (49頁)

上の少女の詩は、ボブ・ディランのアポカリプティクな一行詩集とも言える歌 'A Hard Rain's A-Gonna Fall' の最終連 'I'll stand on the ocean until I start sinkin' ' を思わせる。

『狂狗集』からの引用を続ける。

世界霊を呼び出すのに正解なんてないさ (52頁)

伝へてよ瞬時の思念の通過光 (53頁)

奈落に落ちてむしろ楽しくなりました (54頁)

ほんたうの歌は心にしかありません (57頁)

「未開」といふが開けていいことあつたか (58頁)

妄想の彼方にひろがる非在郷 (59頁)

上の非在郷の詩は、まるで上橋菜穂子の『香君』についてのものかと思わせる。引用を続ける。

乱世にかものはしのみ卵胎生 (60頁)

リッケンバッカー鳴らしてビートを刻んでよ (61頁)

犬と走らういつもの街路のパルクール (63頁)

観測せよ青空にひそむ青い霊 (64頁)

去りがたし地球されど金星(ウエヌス)に磁力あり (66頁)

体幹を鍛へよ自転速度についていけ (67頁)

崩壊間近な国家もう家の役目を果たさない (72頁)

「未生」と書いて生の神秘にふるへます (73頁)

無芸大食牧羊犬にも出番あり (73頁)

夕焼けの朱(あけ)で虹を大蛇を飼ひならす (74頁)

傾向として系譜にひれふす庶民性 (80頁)

再会を約す地上の祝祭日 (80頁)

橋が落ちた神のフィルムを巻き戻せ (85頁)

不況より軍需産業の隆盛を選ぶのか (86頁)

まひまひずへ下りて若水がぶ飲みす (87頁)

見過ごしてゐた日常性のマラビーリャ(maravilla) (87頁)

むかうみずなきみの人生マラビーダ(mala vida) (88頁)

和解せよ心はいづれ大同小異 (91頁)

それぞれの一行詩が、上に挙げたディランの歌のように、一行で背後に長く深い詩を宿していることを感じさせる。

本詩集を編むにあたって何を考えたかが「あとがき」に記されており、詩作の秘密の一端が窺われる。

あ、い、う、え、お。五十音表の呪縛は言語のすみずみまでゆきわたっているみたいだ。ああ、といえば感慨、あい、といえば感情、あう、といえば悲鳴、あえ、といえば命令、あお、といえば色彩。安定した単純な音節が、世界図絵を描いてゆく。赤、秋、悪、明け、吾子。存在も現象も音に乗って、自動的に湧き出してくる。無言からやってくるのだが、かたちが見えるときにはすでに音をともなっているのが、かれらの性質だ。そして少しでも油断すれば、律動はみずからを整え、5、7、5の線路に帰ってしまう。お行儀のいい言語の羊たち。 (92頁)

管 啓次郎『狂狗集 Mad Dog Riprap』(2019)

評者はこの詩集をリルケ詩集の隣に置いた。

#書評 #詩集 #一行詩 #管啓次郎 #現代詩  


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