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[書評]目で見るユダヤ人のモビリティの歴史
Martin Gilbert, ed., 'The Illustrated Atlas of Jewish Civilization' (Macmillan, 1990)
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ユダヤ人は「啓典の民」(People of the Book)と言われるが、本書を読むと、加えて〈移動の民〉でないかと思われてくる。
紀元70年以降のユダヤ人の移動の歴史が目で見てわかるように、地図を主体にして図解した本だ。便利な本だが、現在は入手困難なため、本書の基になった本('Jewish History Atlas')の改訂版のほうが入手しやすいだろう。
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本の表紙には副題として〈4000年のユダヤ史〉とあり、読者はいわゆる〈旧約聖書〉の歴史の部分も図解が多いだろうと予測するが、本書の実際の構成を見ると、その部分は40頁ほどで、全体の5分の1弱だ。残りは紀元70年の第二神殿(エルサレム神殿)破壊以降のユダヤ人の歴史に関る。その紀元70年以降の部分は、例えばヨーロッパのどの地域からユダヤ人が何年に追放されたかということが地図上にプロットされており、この2000年間のユダヤ人の移動の概要がわかるようになっている。
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このような構成になっている理由の一端は、編者の伝記をみるとわかる。
彼の4人の祖父母はすべてロシアの Pale (of Settlement) 地域(1835-1917の期間におけるロシアのユダヤ人強制集住地域[今日のポーランドとリトアニア])生まれである。だから、彼がユダヤ人追放の歴史に関心をいだくのはある意味で当然といえる。いわば本書はディアスポラ歴史地図だ。
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編者ギルバートは Sir の尊称を有する英国の歴史家で、この分野の権威とみなされていたが、本書には、こんなこと書いても大丈夫なのかと思われる記述もあり、興味深い。
2つほど例を挙げると、ひとつは、旧約聖書の出エジプト記に描かれた、モーセに率いられたイスラエル人のエジプト出国の出来事に関して、エジプト側の記録がこれまでに見つかっていないと指摘していることだ。唯一の例外はテーベの碑文で、そこには、聖書の記述とは逆に、エジプト人がユダヤ人に荒野で勝利を収めたとされる文章が書いてある。それはメルネプタハ王(在位は紀元前1224-1214)が勝利を誇るといわれる次の文だ(英訳者は不明)。
Israel lies desolate; its seed is no more . . .
All the lands in their entirety are at peace,
Everyone who was a nomad has been curbed by King Merneptah.
率直に言って、これがエジプト軍の勝利への言及かどうかは分らない。歴史によくあることだが、実際は負けたのに勝ったと報告したのかもしれないと、編者も指摘している。
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もうひとつは、イスラエルの失われた十部族の地図だ。紀元前740-700のアッシリア捕囚を期に行方知れずになった十部族(ルベン族、シメオン族、ダン族、ナフタリ族、ガド族、アシェル族、イッサカル族、ゼブルン族、マナセ族、エフライム族)が世界のどこに離散したかについての〈神話〉を地図上にプロットしてある。
離散先には二種類あり、自ら十部族の子孫と信じている民族と、他者が十部族の子孫と書いている民族とある。日本の場合は後者になる。
日本についてその説があることは知られているが、このような〈歴史地図〉にまでそれが出てくることには驚く。
十部族離散を描く世界地図の日本のところには、次のように書いてある。
THE SHINDAI TRIBE
N. McLeod 1879
これが正確に何を指すのかは分らないが、おそらく、スコットランド出身の Nicholas McLeod (Norman McLeod, fl. 1868-1889) の1878年の著書 'Epitome of the Ancient History of Japan' のことを言っているのではないか。同書には 'THE SHINDAI TRIBE' の言葉は見当たらないようだが、「神代」を〈しんだい〉と読んでローマ字化したのかもしれない。