[書評] 異端は南仏の専売特許でない
Kathleen McGowan, 𝑇ℎ𝑒 𝐵𝑜𝑜𝑘 𝑜𝑓 𝐿𝑜𝑣𝑒 (2009)
McGowan 氏の三部作(The Magdalene Line)の第二書[最新刊を入れると四部作になる]。
南仏のキリスト教異端史の側面を扱ったのが前著とすれば、伊のそれを扱うのが本書となる。多くのひとには意外だろうと、著者は述べる。
広義の〈純粋なキリスト教〉、すなわち一般に〈異端〉と称される カタリ派の伝統が、南フランスのラングドクのみでなく、イタリア中部のウンブリアとトスカーナにもあったとは、確かに驚きだ。
その観点からキリスト教史を見直してみたいひとには本書は、前著と共にお勧めである。
小説の形式をとってはいるが、中身は、前著と同じく、著者の長年の研究成果をフィクションの形で出版したものである。純粋に小説として読んでも、べらぼうにおもしろい。
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本書は、著者が一貫して追い求める主題、すなわちイエスに最も近い人びとの復権のテーマに沿う。前著でマグダラのマリアを扱ったが、本書では、その流れを汲むトスカーナのマティルダを扱う。
ただし、マティルダをめぐる中世の権謀術数は非常に複雑で錯綜しており、ほんらいなら本書をはるかに超える分量の原稿だったのを、やむをえずばさっと切ったと後書きにある。
マティルダと共に浮かび上がるのが、本書の表題にある 'The Book of Love' だ。これはイエス自身が書いた書とされる。前著が扱ったマグダラのマリアの書 'Arques Gospel' と同様、文献上はまったく知られていない著作である。
これらの書は、口伝の中でも、秘中の秘とでも言うべきもので、口承伝統でしかその存在が伝わっていない。したがって、文献で実証することはほぼ不可能で、従来の学問体系では言わば範疇外になるだろう。
そこで、アイルランド系である著者が採った研究方法は、アイルランド研究では一般的な folklorist (民俗学者) のそれである。地元の口承伝承者や語り部などから地道に話を聞き、旧跡を訪ね歩く方法である。例えばアイルランドの詩歌の歴史を知る人は、この方法しか、分野によってはないことをよく弁えている。
とは言っても、本書の内容が、将来、文献で証明される可能性はなくはない。ヴァティカンが秘蔵する文献類を公開した場合だ。これがいつ起きるかは見通せないし、現状でその兆しがあるわけでもない。
著者によれば、伝承者たちは巧みな形で、それを保存し、誰の目にも見える形で現代に伝えている。それはフランスにあるシャルトル大聖堂である。
その聖堂の建築そのものが、'The Book of Love' を表すとのことだが、あまりに膨大な細部にわたるので、著者も探求半ばであると記す。第一歩は、ふだんは信徒席により覆われている床の迷路をいつでも見られるようにすることであるという。本書のカバー絵はその迷路を表す。
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ともあれ、マティルダについて、カトリク側で公式に知られていることだけでも少し紹介しておこう。ウィキペディアで調べたい人は、〈マティルデ・ディ・カノッサ〉の項を参照されたい。
この記述で注目されるのは、マティルデの出生地をルッカとしていることである。これは本書の立場と同じである。
サン・ピエトロ大聖堂のマティルダの墓はベルニーニが作った。同聖堂には有名なミケランジェロのピエタがあるが、興味深いことが本書には書いてある。ミケランジェロは自分はマティルダの子孫だと公言しているのだ。もちろん、ふつうの歴史書にはそんなことは書いていない。この〈真相〉に関心ある人はぜひ本書を読まれたい。
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本書は、イエスの本当の教えを伝える 'The Book of Love' の内容と、その教えを命がけで守り続けた人びとの群像が豊かに描かれる。類書がないので評価がむずかしいかもしれないが、著者の一連の作を追いかける人にとっては、またとない書である。
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