食べたいものは食べたい時食べよう
本当に現実味のない非日常のような悲しい出来事にあった時、人は割と精神を保てるものなんだとわかった
どちらかといえば ショックというのは後々に心を体を痛めつけるものだ
先生からの説明を受けた後、当直のナースさんがご家族は他にいますか?と聞くので
兄がいますと答えたら
お兄さんは来なくて良いのですか?と聞かれた
ああ、やっぱりそういう事なの?
私の頭の中はどこか冷静に判断していて
どこかおかしく、感覚が遠くなっているような
そんな感覚のまま
手術を終えた母と対面できることになった
ICUで家族2人ずつ全員15分ずつ。
私はすぐに父と母のもとに行った
母は太いチューブや細いチューブたくさんの機械につながれていた
少しの傷も大騒ぎする母は顔にも色々な傷やあざがあり点滴は腕ではなく首からされていた
もちろん眠っていて
その眠っている母のおでこを撫でた
ママ ごめんね ママ
それしか言えなかった
数時間前まで一緒にいてお喋りをして
笑ってご飯を食べていた母がなぜこんな姿になって
私のことを見てもくれないのか
なぜ?なぜ?
病院からは目が覚めたら連絡を入れますと言われ
ひとまず車に戻るしかなかったけど
その最中私は確か泣き狂って転び
まだ3月の夜中の冷たいアスファルトに座り込んで動けなかったのを覚えている
ママが最後に食べたものはなんだっけ
お弁当だ コンビニが好きじゃない母と一緒にお腹すいたからいいよねと海苔弁を買って食べた
検査パスしたから焼肉食べに行こうか?
と嬉しそうに母は言ったけどとりあえず今日は家に帰ろうとお弁当を買って食べたんだ
うまくもなくまずくもなく ただ普通な昼食
そして母は 疲れたでしょう?少し休んで、と言って自分もいつも通りお昼寝を始めた
当たり前の日常
いつも賑やかでうるさい母のいる当たり前の日常が消えた日
その日から私は今もずっと母が食べたいと言ったものは必ず食べさせるようになった
夜中にバナナジュースが飲みたいと呟かれれば
作って飲ませるし
母は太ってはいけないのに 母の大好きなお煎餅を買ってしまう
減塩のものを探したりしながら。
だって
最後に何を食べたんだっけ?それがリアルな置いていかれるものの気持ちだったから
母が食べたいものは食べさせてあげたい
大病して生還した母はたくさん美味しいものを食べるべきだと思っている
ちなみにあの日食べられなかった焼肉は
母が退院して2日後に食べさせた
そう。生還するのには意識が戻ってからが壮絶すぎる母の闘いがあったのだ