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『絶望名人カフカの人生論』ノート

カフカ
頭木弘樹編・訳
新潮文庫

 2021年10月20日に、『絶望名言』という本をこのnoteで取り上げた。「絶望したらカフカを読もう」や、「明けない夜もある」などの言葉に魅入られた。
この本を読んでわかったが、NHK「ラジオ深夜便」のディレクターが、この『絶望名人カフカの人生論』をたまたま書店で見つけたことがラジオ番組制作のきっかけになり、その番組でのやり取りが『絶望名言』という一冊の本にまとめられた。『絶望名人カフカの人生論』が『絶望名言』刊行につながったのだ。
 
 名言集というのは幾種類もの本が世に出ている。筆者もこのnoteで取り上げたことがあるが、そのほとんどが、落ち込んでしまったり失敗した時にそこから立ち上がり、前向きに生きるため、成功に導くための言葉である。それゆえ功成り名を遂げた人たちのポジティブな言葉に溢れている。

 たとえば、この本の〈はじめに〉にこういう言葉がある。
「追い求め続ける勇気があれば、すべての夢はかなう」(ウォルト・ディズニー)。
素晴らしい言葉だと思う。これを読んで「前向きに頑張ろう!」と思う人もいるだろう。大抵の人は励まされるのだろう。
 しかし、本当に辛いときにこのような言葉に励まされ、立ち直れるものだろうか。筆者は天邪鬼なのかもしれないが、「あー、あなたはそうなのですね。よかったですね」としかいいようがない。

 落ち込んだ時に聴く音楽のことも、この〈まえがき〉に書かれている。
 ギリシャの哲学者で数学者のピュタゴラスは、悲しく心がつらいときには。「悲しみを打ち消すような明るい曲を聴くほうがいい」と言ったという。これは〈ピュタゴラスの逆療法〉といい、現代の音楽療法でも「異質への転導」と名付けられているそうだ。

 それと反対に、同じくギリシャの哲学者アリストテレスは、「そのときの気分と同じ音楽を聴くことが心を癒やす」とまったく逆のことを言っている。悲しい時は悲しい音楽を、ということだ。これは「アリストテレスの同質効果」という。おなじく音楽療法では「同質の原理」という。

 そしてこの真っ向から対立する正反対の意見は、心理学的に実は両方とも正しいことが分かったというのである。
 すなわち、最初は、「悲しい音楽にひたる=アリストテレスの同質の原理」、そして次に「楽しい音楽を聴く=ピュタゴラスの異質への転導」というのがベストで、スムーズに立ち直ることができるという。なんとなくだが、わかる気がする。
 
 本題に入る。
 最初に少し触れたが、いわゆる〝名言〟を残しているのは、概して成功者であり偉人であろう。その人たちの残したいわゆる名言というのは、ほぼすべて前向きの励ましで、積極的に取り組めばなんとかなる、必ずうまくいくというような言葉であろう。

 しかし、おそらく唯一の例外がフランツ・カフカである。

 全くの余談だが、kafukaとキーボードを叩くと〝過負荷〟という言葉が最初に出てきた。筆者の言葉遊びの類いだが、カフカは人生の過負荷に耐えきれなかったゆえ〝絶望的〟な名言を残したのではないかと思ってしまった……。

 著者は、カフカのことをあまりにも例外的で、偉人たちの中で完全に浮いている人だという。
 彼は何事にも成功せず、失敗から何も学ばず、ずっと失敗し続けるし、生きている間に作家として認められず、今でいうサラリーマンで、勤務時間も短い仕事であったが、カフカにとっては「パンのための職業」(カフカの言い方)であった。しかし意外なことに、仕事にはきちんと取り組み、昇進も果たしている。

 カフカは生涯独身で、もともと胃弱で虚弱体質、そのうえ不眠症。家族、特に父親との折り合いが悪く、自分がゆがんでしまったのは父親のせいだといい、文学を目指したが、最後まで満足できる作品を書くことができなかったので、日記や手紙も含め全て焼却するようにとの遺言を残した。

 それが何故いまに作品として残り、「現代の、数少ない、作家の一人」(サルトル)などの高い評価をうけるまでになったのか。そこにはカフカが遺言を託した親友で作家のブロートの判断があったといわれている。本人が焼却したがっていたという但し書き付きで彼の作品を残すことが一番いいとブロートは判断したのだ。
 遺言の中身を知っていたのはブロートだけだったので、黙って出版することもできたのだが、あえてそうしたのは、それがブロートのカフカに対する一番の誠実な行為と考えたのだ。
 ブロートはこの出版によって、裏切り者と非難されたこともあるというが、彼はこの出版で何ら利益は得ていない。印税は全て、カフカの病気治療のために多額の借金を背負ったカフカの両親と、最期を看取った恋人に分けて渡したそうだ。

 目次を見ると、第十五章からなり、カフカの言葉が86並んであるが、どれを見ても、前向きな内容は一つもない。見事なまでネガティブ方向に針が振り切っている。

 例えば、カフカが結婚を申し込んでいたフェリーツェへのラブレターの一節――「将来にむかって歩くことは、ぼくにできません。将来にむかってつまづくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。」――この徹底したネガティブな姿勢に昏さよりも、突き抜けたユーモアを感じるのは筆者だけだろうか。カフカには申し訳ないが、笑ってしまった。
 この手紙を読んで、フェリーツェはカフカと婚約をする。その後の二人のことはこの稿では触れない。

「バルザックの散歩用ステッキの握りには、『私はあらゆる困難を打ち砕く』と刻まれていたという。 ぼくの杖には、『あらゆる困難がぼくを打ち砕く』とある。共通しているのは『あらゆる』というところだけだ。」(「断片」より)

 カフカの言葉は実にネガティブで、自己否定に満ち満ちているが、その奥底に真実があるのが怖い。それはカフカがそこまで意識して書きつけたものなのであろうか。

 もう一つだけ紹介する。
「幸福になるための、完璧な方法がひとつだけある。それは、自己のなかにある確固たるものを信じ、しかもそれを磨くための努力をしないことである。」(「罪、苦悩、希望、真実の道についての考察」)
 この言葉の意味するところは、心理学でいう〝セルフ・ハンディキャッピング〟だ。自分にハンデを与えることで、失敗したときに自尊心が傷つかないようにする、という心理だ。

 含蓄のあるカフカの言葉を紹介し始めるとキリがないので、このくらいにとどめるが、カフカの言葉を訳し、この本を編んだ頭木弘樹のネガティブの心理学講義ともいうべき解説が的確で、カフカへの共感に満ちており、カフカも報われるのではないか。

『絶望名人カフカの人生論』という本が出版され、版を重ねていることをみても、カフカがいかに今の時代を先取りしていたか。彼の偉大さがわかる。
 今年はカフカの没後100年――科学が発達し、人間を取り巻く社会や環境がどう変わろうとも、人間の本質は変わらない。

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