等身大を越えてゆけ
好きだとか惚れたとかという感情を言語化するのは、なんて難しいんだろう。だからお気に入りや大切なものについて文章にするのはいつも怖い。これが言いたいこと全てだと思われたくない。
でも下手だろうが恥をかこうが、何度でもやってみたらいいよ、と生き様で教えてくれた人たちがいた。その言葉を糧に今これを書いている。
出会いの夜
撮り溜めた日常を繰り返し再生するような日々だった。社会人になってすぐに意気揚々と働ける人のほうが少ないだろうとは思う。残念ながら私も大多数側の人間だった。自分なりに頑張ってみても手応えなど得られず、叱られてばかりいる。休日は何もやる気が起きなかった。生産性のカケラもない。
このままでいいのかな。
だからって、じゃーどうしたらいいのかも見当つかない。いつもの日常を終えて帰路につく。食事をとりながらケーブルの音楽チャンネルをザッピングする。適当に流し見るつもりだったのに、ふと現れた黒い洋服の兄ちゃんたちに釘付けになってしまった。
ELLEGARDEN(エルレガーデン 通称:エルレ)との出会い。
見るからにやんちゃそうな男の人が、流暢な英語で歌っていた。そのギャップにがっちり心臓を掴まれた。MVの中では、いい大人がピザ食べて放り投げたりジュースぶちまけたりラブドールに抱きついたりやりたい放題だ。
これまでも英語詞を歌うミュージシャンはいた。けれどボーカルが歌うそれは他の誰よりも自然に聴こえた。「この人自身の言葉だ」そんな気がした。慌ててバンド名と曲名をメモして、後日CDショップに出かけた。
「RIOT ON THE GRILL」
エルレの4枚目のアルバム。ファーストコンタクト。彼らの音楽や存在は夢を諦めたくない人に必要なメッセージがたくさん詰まっている。と本気で思う。個人的な話はすっ飛ばしてもいいから、この先どうか歌詞だけでも拾って読んでほしい。
ダメな自分も受け入れること
ボーカルの名は細美武士という。英語と日本語を駆使し、エルレの楽曲ほとんどを作詞作曲しているフロントマンだ。MVで衝撃を受けた「Red Hot」はアルバムのリード曲という立ち位置だった。どんなことが歌われているのだろうとワクワクしながら歌詞カードをめくった。
………え?お金貸して???
歌の中に広がっていた光景が「うだつが上がらない男のありふれた日常」なのに驚いた。音楽が描く世界って、もっと崇高かつ複雑な精神性に基づくものだと思っていたからだ。
サビでは「But」を二回連発している。「でも、でも」と言い訳がましい。もしここに描かれているのが「デキた男」だったら、多分こんなに惹かれなかった。既視感があった。だって私も言い訳ばかりしていた人生だったから。
細美さんが綴る言葉には、描く世界には、嘘がない。そう思えるのは、積み重ねてきた楽曲やMCやインタビューで見せる人柄に一貫性があるから。頑固で、繊細で、熱くて、優しい。ダメな自分を偽ろうとしない。
細美さん自身、学生時代はうまく周囲と馴染めず孤立した存在だったらしい。音楽が救ってくれた人生だったと。メッセージに一貫性があると、彼らを、彼らの音楽をとても信用できる。聴くたびに自分を重ねて救われて、静かに心を奮い立たせた。
己の衝動に逆らわないこと
これまでに様々なミュージシャンのライブに参戦したことがあったけれど、エルレのライブは空気が違っていた。熱気、喧騒、発狂。終わるといつも体にアザができていた。熱量がものすごい。
そんな中で、エルレは自分たちが一番ライブを楽しんでいたように思う。細美さんはずっとニコニコしていた。歌とギター、バンドメンバー、そして目の前にいる人たち。これさえあれば他には何もいらないと言い切る様が眩しかった。
私はエルレのライブを観ていると、なんだか焦燥感を覚えるようになった。
あんなふうに好きなことに熱中してみたい。
羨ましかった。昔から何をやっても続かなかった。幼い頃から習っていたエレクトーンや水泳は8年で辞めた。中学、高校と部活には入ったけど、3年続けたら自分の力量に嫌気がさして未練すら残らなかった。なんとなく地元の大学を受けて、拾ってもらえるところに就職した。
あんなふうに何かに人生を賭けてみたい。
くすぶっていた昔の夢を思い出す。言葉に関わる仕事がしたかった。20歳の頃に編集者という職業を知り、ずっと憧れていた。就職活動で全滅して以来すっかり諦めていたけれど。
まだ間に合うかもしれない。転職活動を始めた。地元の小さな制作会社に編集職で拾ってもらえることになった。社会人3年目の再スタートだった。
葛藤や孤独と向き合うこと
人気絶頂期にある2008年、エルレガーデンは活動休止を宣言した。多くを語らない文脈から読み取れるのは、あまりにもストイックすぎる細美さんの音楽作りに対する姿勢にメンバーの誰かがしんどさを感じるようになった、というものだった。
これ以前、ライブで会うエルレは相変わらず楽しそうだったけれど、歌詞やインタビューの言葉尻から索漠とした雰囲気を感じるようになっていたのも事実だ。
まるでノイズから耳を塞ぐように、音量を上げろと叫んでいた。聞きたくなかったのは周囲の騒めきだろうか。己が発する警報だろうか。
仮にも編集者という物作りの端っこに身を置いていた私は、少しだけ彼らの葛藤が理解できる気がした。周囲とたくさんぶつかった経験があった。「同じ熱量を持てたらいいのに」と何度思ったことだろう。私が高いときもあれば低いときもあったし、高ければいいってものでもなかった。
友情や恋愛だって同じだ。熱量に差があると、歪みや隙間が生まれやすい。本も、音楽も、人間関係も、誰かと一緒に築き上げるものは全てそうかもしれない。思いが強ければ強いほど、孤独は深まる。
自分にとっては戦う武器だと思っていたものが大切な人にとっては重い荷物でしかないと気付いたとき、それを捨てる勇気が持てるだろうか。
歩みを止めず変化し続けること
活動休止の期間は決めないとした上で、メンバーたちはそれぞれ別々の道を歩き始めた。新しいバンドを始めたり、サポートメンバーをやったり。これまでとは違う仲間と違う音を奏でていく。
バンドを失っても前向きに音楽をやろうとする姿は、とても健気に思えた。今日もギターを練習してから寝ます。細美さんはブログでよくそう語った。
ちょうどこの頃、私の職場では不穏な噂が流れ始めていた。入社して4〜5年ほど経っただろうか。「どうやらこのチームは解散するらしい」。体制変更のため我々はみんな散り散りになるのだと耳にした。
「だったら新しい道を自分で探してみようかな」
転職か。留学か。言葉に関わる仕事はとても楽しかった。これを続けたいと考えたとき、いくつかの地図が目の前にあった。
「別会社の同じ職種でスキルアップする道」
「日本語だけじゃない言葉を手に入れる道」
結局、後者を選んだ。本場で英語を学ぼう。道のりは険しそうだし、頂上も見えないけれど。先がわからなすぎてワクワクした。
いろいろ候補先で迷った結果、アメリカへ渡って企業インターンシップへ参加することにした。奇しくも勤務先はかつて細美さんが暮らしたことがあるサンフランシスコ。もし立ち行かなくなったとしても、またゼロから始めればいい。この精神もエルレが与えてくれたものだった。
自分との約束を守ること
「ただいま」
細美さんのブログにそうアップされたのは活動休止から10年後のこと。エルレは本当に戻ってきた。あのときの約束を守ったのだ。諦めに似た心持ちでいたファンも多かっただろう。幾千の日夜を乗り越えて見事復活した彼らをカッコいいと思った。やっぱりエルレは嘘をつかない。
ただいまという言葉を使えるのは、迎えてくれる相手がいると信じているからこそだと思う。振り返ればあっという間だけれど、10年という時間はとてつもなく長い。
私は20代から30代になった。
地元から海外へ住処を移した。
結婚した。子どもが生まれた。
こんなにたくさんのことが変わった中で、今でも細々と編集者をやっている。たくさん立ち止まったし、相変わらずパッとしない。何の実績も残していない、有名にもお金持ちにも全然なれない。それでも。好きなことを続けてきた、その事実が私に誇りを与えてくれる。
10年の時が流れても、なおメッセージに一貫性が持てるバンドはそうそういない。彼らの歌は、活動休止を経て、年齢を重ねて、説得力も純度も一層高まった。約束を果たせた今、これからは誰のためでもなく自分たちがELLEGARDENをやりたいかどうかを大切にしたい、と復活のインタビューで細美さんは語っていた。
ライブでは終盤に必ずこの楽曲が歌われる。願いごと。簡単なやつ。小さいものでいい。大それたものじゃなくて。エルレは「夢が叶う」とは歌わない。そんな到達地点から物を言わない。勝者の目線は持ち合わせていない。いつでも始まりの場所にいる。だからこそ、彼らの音楽をそばに置きたくなるのだと思う。
願いごとの先に
やんちゃな兄ちゃんたちが楽しそうに音楽を奏でる。不器用な男の生き様を声高に叫ぶ。その傍らには大切な人の笑顔がある。
あのころ憧れた生き方に、私は近づけているだろうか。身の程を知ってありのままで生きていくのも大切なことだ。でも少しだけ背伸びした夢を描きながら生きていくのも悪くない。下手だろうが恥をかこうが「やる」人生のほうが、きっと楽しいから。
この記事が受賞したコンテスト
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