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はじめましての街に降り立った

フライト中は、絶好の読書タイム。なんて、優雅な時間は遥か昔のこと。今の私にとって機内は戦場と化した。

どれだけ騒ぎ立てようが泣き喚こうが、絶対に降りられない機体のおそろしさたるや。エネルギー有り余る二人の男子をどのように収めればいいのだろう。そして、触るな、走るな、立つな、騒ぐな〜!!!をどうやってしおらしく言えばいいのだろう。公衆の面前。

迷子になったとき存在が知られやすいように、パッと見てチーム家族だと認識してもらうために、男子におそろいの洋服を着せておく。迷彩のズボンに恐竜柄のパーカー。「珍獣」の皮肉を込めている(込めてない)。

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フライトは4時間半。二人を連れて日本へ帰った経験はある。10時間。今回は半分だから楽勝?そんなことはない。マラソンで言えば、長距離を走る人だからと言って楽に中距離を走れるわけではない。たぶん。月齢が微妙に変わるだけで、手がかかるポイントも違う。

勝つためなら手段は問わない。機内の雰囲気に飽きたら潔くタブレットにお世話になる。リュックには菓子パンやおやつがたっぷり。ここは教育の治外法権。だって空の中だから。どうか、シートベルトサインが点いた途端「トイレいきたい」とか言い出しませんように。

動きの鈍いタブレットにイライラする長男をなだめたり、昼寝タイミングを逃して機嫌がよろしくない次男をあやしたり。

3席と3席の2列だったので、次男と私と長男が並び、夫は通路を挟んで座った。映画『ゴジラvsコング』を観たらしい。シュン・オグリが出ていたそうだ。なんか不平等。

そんなこんなで、ようやくサンフランシスコからシカゴに着いた。満身創痍。もっと切ない気分に浸る予定だったのになぁ。センチメンタルをぶち壊す元気な二人。かわいいから許す。

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ターミナルの外に出る。時刻は夜の7時30分。日没が近い。熱風がからだを丸ごと包んだ。

あ、知ってる、と思った。この空気。どこだっけ。南九州?東南アジア?熱と湿気が混ざった匂い。記憶より身体が先に反応すると、いつも泣きそうになる。

どうやら雨上がりらしい。じっとりまとわりつくような暑さが、快晴率が高くドライな気候のカリフォルニアとはずいぶん違う。とうとう来たんだ。旅行じゃないんだ。もう、戻らないんだ。

レンタカーの受付場所まではバスで向かった。車が足りないらしく、子どもたちを制しながら30分ほど待った。疲れをまたひとつ背負う。

ようやく有り付いて、走り出した車はすぐにハイウェイへ合流。

すると間もなく、フロントガラスの向こうに大きくて真っ赤な夕陽が現れた。まるで、このまま進んだらたどり着いてしまうかも、と思えるぐらい目の前にある。写真ではわからないのが悔しい。

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「え?え?大きくない?すごくない??」と困惑する私に、夫が「シカゴ郊外は、平地ばかりで山がないからね」と教えてくれた。そういえば、シリコンバレーは山々に囲まれていたから。山の向こうでもなく、海の水平線でもなく、街や道路に溶けながら沈む太陽というのは、こんなに大きく見えるものなのか。

単純な私は、こんな夕陽をときどき眺められるだけでも、ここに来れてよかったなぁと思った。

「ママ、シカゴきたのにイングリッシュだよ?」

長男が不思議そうに言う。どうやら違う国に行くのだと思っていたらしい。そうだよね。わかる。

カーラジオから流れるニュースの中に、「シカゴ」という単語が混ざっている。

10年前にインターンシップの面接を受けたとき、2社から快いお返事をいただいた。一つがサンフランシスコ、もう一つがシカゴだった。希望していた職種と近いから前者に決めたのだけど、こうして再びつながると、なんだか前からシナリオが決まっていたみたいだ。

湿度の高い蒸した空気、ハイウェイに沈む夕陽、カーラジオの地域ニュース。新しい章のピースを一つずつ集めていく。はじめまして、シカゴ。これからよろしくね。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。これからも仲良くしてもらえると嬉しいです。