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勇敢なファミリーの空模様

丁寧な暮らしをする人に憧れている。

部屋の彩りに季節の花を添えるとか、プラム酒を仕込んでいるとか、家族のためにおやつを手作りするとか。いいなぁすごいなぁと心から思う。自分には素質がないので、なおさら。

リビングに絵を飾りたい。でも、どういう絵を選べばいいのか分からなくて、夫に自分が好きな絵でいいんだよと言われても分からなくて、いつまで経っても買えずにいる。だからだろうか、代わりと呼ぶのはおかしいけれど、大きな窓に惹かれるのは。

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郊外の中心地より少し離れたエリアに決めた新居。リビングに大きな窓があるところが気に入った。タウンハウスと呼ばれる集合住宅で、いちばん角っこを借りられたのはラッキー。窓の向こう側にある景色を独り占めできる。

シカゴ郊外のお天気はどうやら変わりやすいらしい。明け方の空は平塗りの薄水色だったのに、昼には密度が高い綿あめみたいな雲が現れ、夕暮れには突然に雨が落っこちてくる。晴れ、曇り、夕立。私の窓は、絵画の額縁のように瞬間を切り取る。

わかりやすく疲れているとき、ぼうっと外を眺めてしまう。2週間弱のホテル暮らしからようやく新居へ入り、段ボールに囲まれる生活。家具をどう配置しようか、何を買い足そうか、わくわくしていたのも束の間、翌日からすぐに夫が仕事へ戻ってしまった。

在宅勤務の父親と夏休み中の子どもは、どうにも相性がよくない。「会議中だから静かにして」と言われ、息子たちに申し伝えてはみるが、5歳&3歳コンビにはもちろん難しい。「はーい」と一瞬だけ大人しくなった後、すぐにまた騒ぎ出す。再び夫に「静かにして」と強めに言われる。板挟みつらい。

夫が子どもたちに直接キツく言うシーンも増えた。自分が叱るのもいやだけど、叱っているのを見るのもまたいやなものだ。このタイミングで長男の「なんで?」ブームも始まった。次男も真似したがりダブルで質問攻めにあう。なんで?

一向に減らない段ボールの山、息子たちからの絶え間ないコール、繰り返される食事づくり、幼稚園の問い合わせと手続き。家にいても外にいても大変。あれ、なんか辛い。私のタスク、多くない?疲れたなぁ、と心が自覚した途端、無性に泣けてきてしまった。

ご飯を作らないといけない。パスタの湯気を見つめていると、別の熱いものが涙袋に集まってくる。嘘でしょ、なにめそめそしてんの、これぐらいのことで。

引っ越し後せめて2〜3日は、仕事を先送りできないのだろうか。こんな状況なのだから、子どもが騒ぐのは諦めてくれないだろうか。夫にそう伝えたら絶対に言い合いになるから、ぐっと飲み込んだ。何度も。

ちゃんと分かっている。彼は責任のある立場で、アメリカ国内だけでなく、海外ともやり取りしていて、時差上いつも働いているような感じだ。ホテル暮らしのビハインドもあり、某ウイルスの影響だって次々と降りかかる。ストレス過多の毎日。

一番なんでも言えるはずの人になんにも言えないとき、孤独は募る。でも、別にこんなことは初めてじゃない。

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そんな生活が数日続いたある日、次男だけを連れて外に出た。目的はプリスクール見学。子どもたちが楽しく幼稚園に通えることは、身寄りのいない家族に大きな安心をもたらしてくれる。学校選びは大切な任務。

受付で予約した名前を告げると、スクールディレクター(施設長みたいな立場)の女性が出てきた。次男はおっとり物怖じしない、天真爛漫な性格だけれど、さすがにはじめましての施設には緊張するのか、私の太ももに手を回してぴったり頭をくっつけている。

園内を一通り案内してもらう。次男にもしょっちゅう声をかけてくれるのが嬉しい。すべて見終えた後、入園したら担任になる先生がカリキュラムや心がけなど話してくれた。

ふくよかで快活な印象の女性。ヤンチャする男の子をビシッといなす姿が頼もしい。私は、油断するとすぐに聞こえなくなる英語に必死で耳を傾けた。

終盤に少し雑談をする。この近くに住んでいるの?という質問から、最近よく話す内容をいつものように伝えた。カリフォルニアから移動してきたこと、ここに知り合いがほとんどいないこと、息子にとって幼稚園は大きな存在であること。

すると先生は、私の肩にポンと手をのせ、強くて優しい眼差しで「You guys are so brave!」と言った。

「……ブレイブ?」

想定外の言葉に、思わず単語だけ取り出して聞き返した。braveは勇敢を意味する。

「そうでしょう?カリフォルニアから知らない土地に来て、家族だけで新しい生活を始めるあなたたちは、ブレイブだわ!」

先生は、息子に視線を向けながら続けた。

「大丈夫。この子があなたに良い人間関係を連れてきてくれる。ここにはたくさんの生徒がいて、その親御さんがいるしね。友達にもすぐなれるわ」

やばい、泣きそう。頭を撫でられた子どものように、心がしゅるしゅると緩む。心細さや不安を誰かに分かってもらえるというのは、なんと心強いのだろう。こんな先生と一緒に過ごせるプリスクール生活、いいな。

胸のつまりをおさえながら、ありがとう、これからよろしくお願いします。と言って、さよならをした。

帰り道の車中で先生の言葉を反芻した。そうだ、みんなブレイブなのだ。不安定な状況の中で時差仕事をする夫も、叱られる回数が増えたにも関わらず元気に過ごす子どもたちも、両者に揉まれながら生活を整えようとする私も、みんな。

細々と進める段ボール開封の儀。リビングに置かれた箱から、一つの絵を取り出した。ずっと飾りたいと思って用意していたもの。長男がまだ3歳の頃、初めて描いてくれた家族の絵。右から夫、私、長男、次男。虹みたいな色使いが好き。

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本人もほんのり覚えているみたいで、絵をまじまじと見ながら言う。

「ねぇママ、これはミステイクだよ。だってアームがないもん」

「これがいいんだよ」

ええー?と納得がいかない顔をしている。本当にこれがいいんだよ、キミはもうちゃんと腕を描けるから。この絵をリビングの見えるところに飾ろう。大きな窓とのコンビは最強だ。丁寧な暮らしはできないかもしれないけれど、楽しい暮らしを心がけてみる。晴れの日もあれば雨の日もあるから、なるべく、ぐらいでいい。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。これからも仲良くしてもらえると嬉しいです。