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ブレンド型学習⑥遠隔授業
はじめに
私が遠隔授業に興味を持ったのは、2013年頃です。
当時の私は、滋賀県の湖西地域にある県立高校に勤務していました。恐らく滋賀県で1番琵琶湖がきれいで、電車は1時間に1本あるかないかの地域。学校の生徒も地元の子ばかりという、地域の学校でした。
ある日のこと。
職員室で生物の先生から、動物園の飼育員さんに話を聞く授業をするので、良かったら見に来て~と言われました。
何気なしに話を聞いていたのですが、「スカイプでライブ中継する」という方法を聞いてびっくり仰天。結局、自分も授業があったので見に行けなかったのですが、後で録画を見させていただき、こんなことができるんだと衝撃を受けたのを覚えています。
同時に、「これなら、海外の学校と繋いで、リアルに英語を使う状況を作れるんじゃないか」とも思い始めました。
地域性が持つ課題(立地と予算)
当時、高等学校の英語科では、「コミュニケーション能力を育てる」という言葉がよく使われていました。英語の授業も、コミュニケーション重視。
でも、目の前の生徒たちは「別に英語話して何になる」「将来外国とか行かない」。
この点、正直あまり反論ができませんでした。
地域の学校の子達で、英語学習に対する意欲が高くない子たちの多くは、卒業後もこの地域で就職します。特に将来英語を使う必要もありませんし、高校の時でも、授業以外で英語を使う機会はほぼゼロでした。
これは、異動後の学校でもそうでしたし、地方の学校で勤務しておられる先生は、1度は同じようなことを思われた経験があるんじゃないかと思います。
また、立地に絡んだお金の問題もありました。
海外だけじゃなく、どこに行くにも交通費がかかり、誰かを呼ぶにも交通費がかかります。
授業で誰かを呼ぼうにも、謝礼や交通費をどの予算から出すのかがいつも問題になりました。仮に費用を捻出できたとしても、電車がほぼない場所なので、移動にものすごい時間がかかります。
「遠隔」という技術は、そんな課題の多くを解決してくれる手段でした。
その後、海外の学校と遠隔授業を行っていくのですが、その話は今回は割愛します。(海外の学校との授業については、こちらをどうぞ)
今は、地元滋賀県の県立高校ではなく、大阪にある大学併設の初中高一貫校に勤務しています。
立地には比較的恵まれていますが、感じたのは、以前と似たような課題。全員ではありませんが、ほとんどの生徒が初等部または中等部からの内部進学で、外に触れる機会がすごく少ないです。
更には新型コロナのこともあり、なかなか外に連れ出したり、来てもらったりすることが難しい。これはきっと、どこの学校でも同じだと思います。
そこで、遠隔の出番です。
遠隔授業のデザイン
目的と目標
そんな遠隔授業ですが、「なぜ遠隔で繋ぐのか」「繋いで何をするのか」という目的・目標を明確にしなければ、意味はありません。
私の教育理念で、目の前の子どもたちには、授業で学んだことを、普段の生き方・考え方や、日常生活につなげてほしいと思っています。
そのために、学校のための勉強や、教科書の枠で完結するんじゃなくて、そこを起点にしてはみ出していってほしい。
今回は、栃木県那須塩原市にある、株式会社パン・アキモトの社会貢献プロジェクト「救缶鳥プロジェクト」と、社長の秋元義彦氏についての単元だったので、単元の最後に、「秋元さんと対話してみよう」という遠隔授業を設定しました。
ここに至るまでに、教科書の英文を読んで、このプロジェクトが生まれた背景や、プロジェクトに秋元氏が寄せておられる思いを読み取ります。
遠隔授業に至るまで
今回は内容に重きを置いていることもあり、CLIL(内容言語統合学習)の形をとり、遠隔授業までの背景知識として教科書を読むことにしました。
通常、英語でも日本語でも、何かを学ぶときには、背景知識がある方が理解は進みます。授業の前に資料を配ったりするのも、この流れです。今回は、これを逆転させた形です。
CLILとは
教科科目やテーマの内容(content)の学習と外国語(language)の学習を組み合わせた学習(指導)の総称で、日本では、「クリル」あるいは「内容言語統合型学習」として呼ばれ定着しつつあります。
主に英語を通して、何かのテーマや教科科目(数学(算数)、理科、社会、音楽、体育、家庭など)を学ぶ学習形態をCLILと呼ぶ傾向があります。
単元は4つのパートに分かれているので、大体2パートにつき約4時間。
最初の1時間で2パートの単語インプットを集中的に行い、セマンティックマッピング(コンセプトマップ、図解)で内容理解。
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(写真は授業時のもの)
内容理解の後は、アウトライン作成からリテリング活動に入ります。
CLILには、思考(Cognition)・内容(Contents)・コミュニケーション(Communication)・文化(Community/Culture)の4つのCが枠組みとしてあります。
今回の単元だと、こんな感じでしょうか。
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うまく活用するのが、CLILの考え方(笹島、2011)
(4つのCや、CLILの10大原理については、https://www.britishcouncil.jp/sites/default/files/eng-clil-overall-presentation-01-jp.pdf を参照)
ここまでは、内容理解と、英語の技能を伸ばす活動です。ここから、枠の外にはみ出していきます。
遠隔授業の展開
さて、今回は講演者1名:生徒147名の形です。Zoomで接続します。
1対1の対話はほとんどできません。
ここで参考になるのが、ブレンド型学習における「探究共同体」の考え方です。
1番大切な「社会的側面(Social Presence)」、つまり、この授業に出席している生徒のみんなが、参加している実感を持つこと、これをいかに持たせるかが課題でした。
そのためには、「わからない」状況を作り出さないこと。
つまり、「あ、これあの話だ!」とつなげられるような事前インプットと、双方向のコミュニケーションの時間(質問タイム)を設けることにしました。
教科書を背景知識に
実際に遠隔授業をするのは期末試験後。
試験を終え、終業式までは、遠隔授業までの事前学習です。(1時間程度)
事前学習の内容は、
① 教科書の内容を復習して問いづくり活動(QFT)
② 講演に関わるリサーチ
がメインです。
試験後なので、内容をあまり覚えていない生徒もチラホラいます(悲しいかな・・・)
ですが、今回はゴールを試験の先に置いているので、①で自然に英文を読み返すんですよね。英語を読むことが目的ではなく、ここではあくまで、英語は情報収集のための手段です。
問いづくりについては、こちら。
②は、秋元氏との事前打ち合わせをする中で、私が「これは事前に知っておいて方がいいな」と思った言葉をピックアップし、生徒にリサーチさせておきます。
例えば、私は打ち合わせの中で、このプロジェクトにはAという組織と、Bという企業が関わっていることを知りました。そこで、事前学習でもこの2つについてリサーチをさせました。
すると、たくさんの生徒の口から「B社って、パルプとか紙を扱っている会社なのに、どう関係があるの?」という疑問が出ていました。
そんな疑問をひっさげての、締めの遠隔授業です。
「深い学び」とは
当日の様子は、こちら。
何も知らない状態で話をきくのと、少しでも内容を知っている状態で話を聞くのでは、関わり方が変わります。
高校生の英語の教科書の焦点は、英語力を育成することにあって、内容はどうしても表面的です。でもだからこそ、これを入り口にすることができます。
当日いただいた講演は、子どもたちが教科書を読んで考えていたことを更に深める内容となりました。
教科書で学んだのは、災害時備蓄用の非常食としての缶詰パンと、世界の飢餓地域に送っている缶詰パンのことです。飢餓(starving)という言葉から、貧しい地域や干ばつが多いアフリカ諸国をイメージしがちでした。
しかし実際、最近ではロシアのウクライナ侵攻に伴い、隣国ポーランドに拠点を作ってウクライナに食糧支援をしているお話を聞いて、「飢餓(starving)」には様々な要因が絡んでいる事を認知すると同時に、教科書で学んだことが、昨今のニュースの話と繋がっていきました。
また、教科書で読んだ飢餓地域に缶詰のパンを送る話だけだと、単なるいい話で終わってしまいます。しかし、今回の講演で、アフリカに送る時に送料が相当かかってしまい、それを解決するために、アフリカ諸国とパルプの取引をしているB社の協力を得たことを聞くと、教科書では読み取りきれなかった様々な苦労を知るとともに、事前学習での謎が一気に解けました。
教科は英語でも、今回の講演は全部日本語。
ですが、このように様々な手段を通じて物事をいろんな角度から知り、インプットして、そこから自分の考えを深めていきます。
これは、「主体的で対話的で深い学び」にも通ずるんじゃないでしょうか。
今回は、対象が高校1年生だったので、最後に振り返り(日本語)で終わりましたが、高校2年生や3年生だったら、講演内容をもとにしたエッセイライティングで終えると思います。
遠隔授業の可能性
ウェブ会議システムやEメール、Teamsなどのバーチャルコラボレーションスペースの特性(affordance)の1つに、柔軟性と生産性(flexibility and productivity)があるとされています(Mitchell, 2021)。
柔軟性とは、「時間や場所にとらわれないこと」(Mitchell, 2021)。最初に述べた「立地の課題」の解決策にもなります。
また、今はZoomなどのウェブ会議ツールも(多少の制限はありますが)無料で使えます。わざわざ講師を招かなくても良いので、予算もかなり少なく済みます。
ウルグアイの「セイバルプラン」
極端な話、かつ個人的な意見ですが、これを上手く活用して、かつオンライン授業のデザインと運用も上手く進めていけば、教師不足の問題を解決する一助になるのではないかとも思っています。
実際、南米のウルグアイには「Plan Ceibal(セイバルプラン)」というイニシアチブがあります。
これは、地方の英語教師不足を解消するため、他都市にいる英語教師が地方の生徒にリモートで教えるという、国の教育プロジェクト。
このPlan Ceibal、始まったのは、なななんと2007年。
https://www.britishcouncil.uy/en/programmes/education/ceibal-en-ingles
2009年には児童への1人1台を達成したとされています。
それから12年が経ち、日本でも1人1台端末が整備され始めました。
上記のウルグアイと、日本では状況は違います。
遠隔授業が可能になるということは、もはや教室という箱の存在意義を問うことにもなると思います。
この状況で、どう教育活動を組み立てていくか。
それを考えていく姿勢が、これからの教師に求められていくと思います。
<参考文献>
笹島茂. (2011). CLIL 新しい発想の授業: 理科や歴史を外国語で教える!?. 三修社.
Mitchell, A. (2021). Collaboration technology affordances from virtual collaboration in the time of COVID-19 and post-pandemic strategies. Information Technology & People.