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エジプトでCELTAを受けてきた④
2024年8月4日から約4週間、エジプトはカイロにある語学学校International House Cairo(以下IH Cairo)でCELTAを受けてきました。
前回の記事はこちら↓
公開授業やMAの課題に追われて、すっかり前回の記事から期間が空いてしまいましたが、この期間中、CELTAで学んだ指導テクニックやフレームワークを授業でたくさん実践でき、改めて学んだことを振り返るいい機会になりました。
今回は、CELTA受講者が口をそろえて地獄というCELTAの醍醐味(?)、授業実習(Teaching Practice)についてと、地獄のTPを乗り越えて感じたことを中心にまとめてみようと思います。
授業実習(Teaching Practice)とは
CELTAのカリキュラムでは、合計6時間の授業実習(Teaching Practice、以下TP)が必須になっています。
(参考:https://www.cambridgeenglish.org/images/21816-celta-syllabus.pdf)
2つのレベルを教えなければならず、私の場合は最初の2週間で初級者レベル、あとの2週間で中上級者レベルを教えました。
(1)対象生徒について
対象となる生徒はCELTAを受ける場所によって様々ですが、IH Cairoの場合は開講している無料英語クラスに学びに来ている人たちで、年齢は17才くらいの高校生レベルを中心に、20代から30代まで様々でした。アラビア語話者で、英語を外国語として学んでいる人たちです。エジプト人だけではなく、難民として隣国のスーダンから来た人たちもたくさんいました。
個人的には、これが日本でも非英語圏でもない場所でCELTAを受ける長所だと思います。英語ネイティブでもアラビア語ネイティブでもない自分には、負荷が大きく、かなりチャレンジングな環境でした。
なので、勇気こそいりましたが、この負荷をプラスに捉えてエジプトに乗り込んだことは、結果的には大正解だったと思います。特にCELTAが重要視する「学習者中心」の視点では、同じ外国語学習者の身になって考えることができたと思います。
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文章が右揃えなのは、アラビア語の書式が右→左のため。
(2)言語分析シートと指導案作成
CELTAのTPが地獄と言われるのは、授業実習に加え、この言語分析シート(Language Analysis、略称LA)と指導案(Lesson Plan、略称LP)の作成が大きな理由と言われています。実際キツイです。笑
CELTAの指導案の特徴は、Input Sessionで学んだフレームワークや理論を使えているかと、インタラクションタイプを含めているか、でしょうか。あとは綿密に作らないと、指導教官から容赦なくやり直し命令が下ります。泣
言語分析シートは、その名の通り、自分が教える単元にある言語材料の分析です。
語彙指導の時:扱う語彙の意味、品詞、発音、スペリング
文法指導の時:対象となる文法事項が使われる場面、外観(form)、
意味&どうやって意味を伝えるか、発音の仕方
意味を教えるったって、語彙にせよ文法にせよ、日本語使えませんからね。英語初級レベルの子達に対しては、どないして意味伝えんねん、と・・・。その方法をInput Sessionなんかで学ぶわけです。
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指導案は割とさーーーっと書けたんですが、言語分析シートには毎回苦しみました。そして、この2つをTPまで(厳密には前日の夜に)に提出しないといけないんですよね・・・。
18時にセミナーが終わって、滞在先に戻って(徒歩10分)、夕飯食べて、そこから4〜5時間・・・朝型人間にはキツかった・・・。おかげでTPは毎回寝不足でした。
形式は異なりますが、東進ハイスクール・東進衛星予備校英語科講師 武藤先生のサイトで、指導案(LP)と言語分析シート(LA)の例が見られます。
上記に加え、指導案・言語分析シートともに"anticipated problems"という「学習者がつまづきそうなポイント」の記述が求められます。
これはCELTAのライティング課題の1つ、学習者分析(Focus on Learner、略称FOL)の項目で扱ったので、結構やりやすかったですし、興味深い項目でした。自分でわからない場合は、一緒に受講していたエジプト人やシリア人はじめ、アラビア語話者の人たちに教えてもらえましたしね。
課題の時に紹介されて参考にしたのが、こちらの本。
それぞれの言語の特徴と、その言語の話者が英語学習で抱えがちな課題について紹介されています。
例えばアラビア語話者の場合、英語4技能の中では圧倒的にライティングができないそうです。
これは、アラビア文字と英語が全く異なる文字形態であることに加えて、右から左に各アラビア語と、左から右に書く英語のシステムの違いが原因だったりします。(実際、pとq、bとdなんかが覚えにくかったりするそうです)
(3)うまくいったTP、大失敗したTP
CELTAでは、12人の受講者が6人ずつの2グループに分かれて、1日に3人ずつTPをします。
最初の方は、指導教官からTeaching Pointとして授業の進行に関するガイドラインが送られてきます。「このフレームワークを使って」「ここでdemoやって」って感じです。
基本的にはその通りに進めて、Input Sessionでの内容を生かしていたら大丈夫ですが、ある回からはTeaching Pointがなくなります。どのフレームワークで、どういう風に進めるか、1から全部自分で考えないといけません。
私は計8回のTPのうち、自分的にうまくいった・達成感を感じられたのは3回、大失敗したと思ったのは1回です。
うまくいったTPを振り返ったとき、共通点としてあげられるのは
・説明を省いた、または説明が短かった
・デモンストレーションが上手くいった
・事前準備がしっかりできていた
・前の回の反省を生かせた
逆に失敗したTPは
・事前に不安なところを指導教官に相談できていなかった
・反省が生かせなかった
・学習者分析が甘かった
でしょうか。
幸い(?)大失敗したのは2回目のTPだったので、この時の反省は後のTPにかなり生かせましたが・・・。
余談ですが、TPが始まった初期の頃のこと。
前回の記事で、「話を聞かない」「指示を読まない」文化性がTPに響いたと書いたんですが、要はTeaching Pointを全く読まず、指示された単元を、完全に自分のスタイルでやる受講者が続出したんですね。指導教官も、TP中に何度も"Stop it!"と叫んでいました。
TPの後には、必ずフィードバックセッションがあります。
そこで指導教官から、「教師が話す時間が長すぎる。そもそも説明はするなってTeaching Pointに書いておいたでしょ」と注意があったんですが、アラブ圏の受講者メンバー達はすぐには引き下がりません。
「それは自分のキャラなんだ、仕方ないじゃないか」という受講者側と、指導教官とで言い合いになり、最終的には指導教官から「話す時間の長さは調整できる、それはキャラじゃない。そもそも指示も読まないで、あなたは自分のキャラを認めてもらうためにCELTAを受けにきたの?ケンブリッジはキャラの査定はしないけど」という強烈な一言が入りました・・・。
Teaching Pointちゃんと読んどいて良かった、、、と思った瞬間でした。それをみていた他のメンバーも「ちゃんと読んどこ・・・」となっていました。
TP中やTP後、泣き出してしまうメンバーもいました。
というのも、TP中に指導案にないようなことをすると、指導教官が介入してきたからです。他のCELTAはどうかわかりませんが、 IH Cairoの場合はどちらの指導教官も容赦なくTPを中断してきました。
逆に、介入も中断もないけど、準備不足からかTP中に文法の説明が途中で止まり、どうにもこうにもいかなくなってしまい、仕方なく指導教官がその場だけ交代する場面もありました。
幸い、私は1度も介入も中断もされませんでしたが、怖くてTP中はいつもビクビクしていました。帰国後の初授業で、教室後方にいるはずのない指導教官の幻が見えたくらいです。笑
TPを終えて
(1)「当たり前」を問い直す
私は今年で教壇に立って16年目、そろそろ教え方も凝り固まってきた頃です。
これくらいになると、研究授業をしても、ダメなところを指摘されることが少ないんですよね。でも、それは「ダメなところがない」わけではなく、多分、日本の文化的に「経験者にダメなところを指摘しづらい空気がある」だけ。
今回、実際にCELTAでTPを8回やって、指導教官からフィードバックセッションでガンガンダメ出しをされ、「自分が今まで当たり前に思っていたこと」が、実は良くなかったんだと気付かされる場面がたくさんありました。
その一つが、生徒が言った答えを繰り返すこと。
生徒が教室で話す声って小さいから、もう一度教員が大きな声で繰り返して、教室全体に届かせる。教師になりたての頃に先輩から教えてもらい、今では当たり前にやっていたんですが、CELTAのルーブリックの中では「してはいけないこと」に分類されます。
CELTAでは、一貫して「教師が話す時間(Teacher Talking Time、略してTTT)を減らせ」と言われます。TTT = unnecessary talkです。生徒が言ったことの繰り返しも、この「TTT」に分類されていました。
受講メンバー全員がこれをTPで指摘され、そして全員が納得しませんでしたが、フィードバックを反映しないと、合格はもらえません。
それで実際にやってみると、この些細なこと1つで、授業の進行がめちゃくちゃスムーズになったんですね。合わせて、教師と生徒のやりとりが対話に近い形になったんです。
癖づいていたので、かなり意識的にする必要がありましたが、これにはびっくりしました。実際、繰り返しが1番少なかったTPは、私の中の「うまくいったTP」の1つにもなりました。
(2)Pedagogy first.
少しばかりICT関連のお話を。
エジプトのICTインフラは、決して良くありません。Wifiも比較的不安定でしたし、プロジェクターが壊れた時もありました。
でもだからこそ、指導力の研鑽に力を注げました。
きっかけの1つが、先に述べた「大失敗したTP」です。
インフォメーション・ギャップの活動があったんですが、英語初級レベルの子達が相手だったので、実際のハンドアウトを見せないとわからないだろうと思い、ハンドアウトを全部スライドに入れて説明したんですね。
その時点で、インフォメーション・ギャップの活動は成り立たなくなってしまいました。良かれと思って準備したスライドが、全て裏目に出てしまったんです。
結果として、生徒に活動の意図も中身も伝わらず、英語初級レベルの子達相手に、私が何度も英語で説明をするという状況に陥ってしまいました。(TTT爆上がり)
フィードバックセッションで指導教官に指摘されてスライドの件に気づいたんですが、指摘してもらえたからこそわかったものの、実は同様のことを今までもしていたんじゃないかと。
要は、生徒のためと思ってやっていたICT活用が、実は全然生徒のためになっていなかった、そんなことが今までなかったとは、とても言い切れないなと。
pedagogyが必ず土台にあって、それを増幅させるのがtechnologyです。
IH Cairoのプロジェクターが壊れて、次の日に直らないかも・・・となった時は、いかにTTTを増やさず、いかにハンドアウトだけで進めるか、相当考えました。
そして、これが本来あるべき授業準備のあり方じゃないかとも思いました。
(3)教材研究と、振り返りの重要性
CELTAが日本の授業で生かせるかについては、詳しくは次の記事で書こうと思います。
CELTA後に明確に自分の中で変わったことを述べると、「教材研究の内容」と「授業後の振り返り」です。
教材研究は、完全に言語分析の影響です。あんなに苦しんだのに。笑
例えば文法指導。
以前は、意味と形と使い方を一方的にぶわーーーっと私が喋って、その次に演習に入るのがお決まりでした。
でも、CELTAでMPF(Meaning:意味、Pronunciation:発音、Form:形)をやってからは、つまづきそうな発音のポイント、勘違いしそうな意味なども事前に予測するようになり、どのフレームワークをどうアレンジすれば1番生徒たちに合うかを考えるようになりました。
授業後の振り返りもCELTA受講中に習慣づけていたことですが、そういえば初任の頃は毎授業後にやっていたなーと。
良かったこと、ダメだったことを書きだして、なぜダメだったかと、どうしたらいいかを書き出す。書いて可視化しないと、忘れてしまうんですよね。
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この振り返りがとても生きたので、初心(初任の頃の気持ち)にかえって、帰国後も、授業の度に振り返りを続けています。
さて、CELTA振り返りも大詰め。次回で最後となりました。
最後は、実際に帰国して教壇に立って感じた「CELTAは日本の英語教育で生かせるか」について書いてみようと思います。