天才石井裕×成田悠輔 何度見ても理解が追いつかないコンピューターサイエンスの未来と挑戦。
この記事では、以下の動画内容についてまとめています。
前半
後半
【前半】
MITメディアラボ石井教授が語る「コンピューターの新しい形」
コンピューターの未来を探求する研究者として知られるMIT(マサチューセッツ工科大学)の石井教授は、従来の学問領域にとらわれない独自のアプローチで注目を集めています。
アート、デザイン、フィロソフィー、そしてHCI(ヒューマン・コンピューター・インタラクション)という複数の分野を横断する研究スタイルは、既存の学問体系では捉えきれない新しい可能性を切り開いています。
石井教授が追求するのは、人々の想像力を刺激し、新しいコミュニケーションの形を生み出すことです。その代表的な例が「I/O Brush」です。このデバイスは、ルネサンス時代のアーティストたちが自分で顔料を作っていた営みを現代に再解釈した革新的なツールです。
装置の先端にカメラとLEDライトを搭載し、現実世界の色や動きをデジタルインクとして取り込むことができます。例えば、庭に咲いた花や家庭菜園で育てたトマトの色を取り込み、それを用いて絵を描くことができます。
重要なのは、単なるデジタル技術の応用ではなく、色を集める過程自体が世界との新しい関わり方を生み出すという点です。使用者は特殊なメガネを通して世界を見ることで、あらゆるものをインクの源泉として認識するようになります。
従来のアカデミアでは、この研究に対して「ユーザーテストのデータは?」「統計的有意性は?」といった質問が投げかけられがちです。しかし、この作品に対するユーザーからの最初の反応は「どこで買えますか?」「子供にプレゼントしたい」というものでした。
この反応は、技術が人々の心を掴み、新しい可能性を感じさせることの重要性を示しています。学術論文の数やインパクトファクター(学術論文の影響力)を求めるのではなく、人々の想像力を刺激し、新しい表現方法を提供することこそが、石井教授の目指す研究の本質なのです。
1994年、アトランタでの会議でMITからヘッドハントされた際、石井教授は「今までやったこと一切続けるな、全く新しいことをやれ」というアドバイスを受けました。これは研究者としては最悪のアドバイスかもしれませんが、石井教授はこれを受け入れ、常に新しい挑戦を続けています。
石井教授の研究は、コンピューターを単なる計算機やデータ処理装置としてではなく、人々の創造性を解放し、新しいコミュニケーションの可能性を開く媒体として捉え直すものです。その視点は、現代のデジタル技術の在り方に大きな示唆を与えています。
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30年前に生まれた「クリアボード」が示す未来のコミュニケーション
1990年代初頭、NTTの研究員だった石井教授は、人々のコミュニケーションの在り方を根本的に変える「クリアボード」を開発しました。
クリアボードは、建築家が使用するドラフティングテーブルからインスピレーションを得た、透明なディスプレイシステムです。このシステムの革新的な点は、離れた場所にいる2人が、まるで同じ場所にいるかのように、お互いの表情を見ながら共同作業ができることでした。
システムの核となる技術は、シンプルながら画期的なものでした。透明なアクリル板を通して相手の姿を映し、ビデオカメラで撮影した映像を反転させることで、自然な視線のやり取りを可能にしました。
特に注目すべきは、「アイコンタクト」の実現です。通常のビデオ会議システムでは、相手の目を見ながら会話することは難しいですが、クリアボードはこの課題を見事に解決しています。
さらに、このシステムはコンピューターと連携することで、デジタル文書の共有や、リアルタイムでの共同編集も可能にしました。まるで現代のiPadのような機能を、30年も前に実現していたのです。
クリアボードの画期的な点は、単にテクノロジーの革新だけではありません。人々が自然に対話し、協力し合える環境を作り出すという、人間中心の設計思想にありました。
現在主流となっているビデオ会議システムは、クリアボードが示した未来の一部を実現していますが、まだ完全とは言えません。画面を通じた対話には、依然として物理的な距離感や違和感が存在します。
しかし、クリアボードの特許期間が終了したことで、誰もがこの技術を活用できるようになりました。これは、より自然なリモートコミュニケーションの実現に向けた、新たな可能性を開くものと言えます。
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物理と仮想を融合する「ラディカルアトムズ」の可能性
石井教授が2008年から取り組んでいる「ラディカルアトムズ」は、物理世界と仮想世界の境界を取り払う革新的なビジョンです。
このプロジェクトの核となるのは、物質そのものをプログラミング可能にするという発想です。従来のデジタル技術では、画面上のピクセルを自由に操作することはできても、現実の物体の形状や性質を動的に変化させることはできませんでした。
ラディカルアトムズでは、物質を原子レベルでコントロールすることで、コンピューターのように自由自在に形を変えられる新しいマテリアルの創造を目指しています。
その代表的な成果が「inFORM」というシステムです。1,000本のピンを精密に制御することで、3次元の形状をダイナミックに表現することができます。これにより、離れた場所にいる人の動きを物理的な形として再現したり、デジタルデータを立体的に可視化したりすることが可能になりました。
さらに興味深いのは「ZeroN」という実験です。これは重力から解放された物体を空中に浮遊させ、自由に操作できるシステムです。球体を空中に配置すると、その場所に留まり続け、人間やコンピューターの指示に従って動きます。
この技術により、例えば天体の動きをリアルに再現したり、建築モデルを空中に浮かべて検討したりすることができます。重力という物理法則すら超越する可能性を示唆しているのです。
また「PerfectRed」という特殊な粘土のプロトタイプも開発されています。これは一見普通の粘土に見えますが、手で形を整えると完璧な幾何学形状に変化し、その形状を記憶することができます。
このようなラディカルアトムズの研究は、人間と物質の関係性を根本から変える可能性を秘めています。例えば、遠く離れた場所にいる人の動きや温もりを触覚として感じることができたり、過去の記憶を物理的な形として再現できたりする可能性があります。
ラディカルアトムズは、そうした技術の可能性を最大限に引き出し、人間の創造性と表現力を解放する新しい手段となることが期待されています。
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テレプレゼンスがもたらす新しい人間関係とは
テレプレゼンスとは、遠隔地のメンバーとその場で対面しているかのような臨場感を味わえる技術です。単なるビデオ会議とは異なり、高解像度の映像と音声を活用して、より現実的な存在感を生み出すことを目指しています。この技術の進化は、人々のコミュニケーションと関係性に革新的な可能性をもたらします。
人間関係における距離感は、物理的な距離だけでなく、心理的・感情的な距離も含む複雑なものです。また、文化的背景によっても快適と感じる対人距離は大きく異なります。例えば、国際的なパーティーの場面では、異なる文化圏の人々が無意識のうちに快適な距離を探して動き続けている様子が観察されます。
コミュニケーションにおける真の課題とは、この多層的な距離感をどのように表現し、調整するかにあります。物理空間では、2点間の距離は一定ですが、心理的な距離は双方で異なる可能性があります。
テレプレゼンス技術は、この「適度な距離感」を維持するための新しいツールとなる可能性を秘めています。例えば、相手の存在感を感じながらも、個々人が心地よいと感じる心理的距離を保てる環境を作り出すことができます。
将来的には、バーチャル技術を活用することで、それぞれの文化や個人に合わせた快適な距離感を実現できる可能性があります。物理空間では実現できない、個別化された距離感の表現が可能になるかもしれません。
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【後半】
テレアブセンスとテクノロジーの倫理
テレアブセンスとは、亡くなった人や遠く離れた人との新しいコミュニケーション形態を実現する革新的な技術コンセプトです。
この技術は、物理的な距離や時間を超えて、不在の人の存在を感じられるようにすることを目指しています。例えば、ピアノを通じて過去の演奏者の存在を感じたり、故人となった演奏家と現在の演奏者がコラボレーションしたりすることが可能になります。この技術により、死別や離別による感情的な距離を埋めることが期待されます。
しかし、テレアブセンスには深刻な倫理的課題が存在します。これは、AIによる生成技術と組み合わさることで、なりすましや詐欺などの悪用が懸念されることです。既に有名人の声や映像を模倣した詐欺が発生しており、今後は家族の声を模倣した誘拐詐欺なども予想されます。
テクノロジーは常に善悪両面の可能性を持っており、優れた技術であっても、悪意を持って使用されれば大きな害となり得ます。オープンソース化が進む現代では、技術の悪用を完全に防ぐことは困難です。
このような状況下で、研究者には技術の開発だけでなく、その影響を慎重に考慮する責任があります。話題の生成AI技術についても同様で、単なる技術的な進歩だけでなく、社会的な影響も含めて検討する必要があります。
テクノロジーの進化は止められませんが、その方向性を考え、適切な制限や規制を設けることは可能です。未来に向けて、技術の発展と倫理的な考慮のバランスを取ることが、私たちの重要な課題となっています。
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グローバル競争の中での日本の立ち位置
研究資金の在り方は、研究の質と方向性に大きな影響を与えます。日本の大学では、税金や公的資金への依存度が高く、その結果として省庁の出先機関のような形になりがちです。常に官僚のご機嫌を伺わなければならない状況が生まれています。
一方、アメリカの私立大学では、インダストリーやフィランソロピー、ファウンデーションなど、多様な外部資金を獲得しています。政府からの資金も競争的な形で配分され、その競争は非常に激しいものとなっています。
しかし、資金の問題は金額だけではありません。アメリカには世界中から優秀な研究者が集まり、ハングリー精神を持って研究に取り組んでいます。対照的に、日本はほとんど研究者の流入がなく、また日本から外国への研究者の流出も少ない状況です。
グローバルな競争の中で、優秀な研究者たちはカルテック、MIT、スタンフォード、ハーバードなどの大学を選んでいます。日本の大学は、国際的な競争力の面で厳しい状況に直面しています。
研究の成功には、単なる資金だけでなく、オリジナルのアイディアとインパクトが重要です。無難に教授職を得て定年まで勤め上げるのではなく、全く新しいことに挑戦し、リスクを取る覚悟が必要です。
日本の大学が直面している課題は、単なる資金の問題ではなく、研究に対する姿勢やマインドセットの問題でもあります。グローバルな競争の中で存在感を示すためには、研究環境の整備だけでなく、研究者の意識改革も必要です。
研究者には、自分の研究の価値を様々な観点から説明する能力が求められます。ビジネスの世界の人々、人間性の観点から価値を見出す人々、芸術的なイノベーションを評価する人々など、異なる価値観を持つ人々に対して、研究の意義を伝えられなければなりません。
このような状況の中で、日本の研究機関は新たな道を模索する必要があります。単に資金を増やすだけでなく、研究者の意識改革と、グローバルな視点での研究環境の整備が求められています。
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研究者に求められる3つの力
石井裕教授は、研究者として成功するために必要な3つの重要な力について語っています。
出杭力
研究の世界では「打たれ強さ」が不可欠です。批判や否定を受けても、自分の信念を貫き通す強さが必要です。若い研究者は、自分の信念があるならば、半端な気持ちではなく徹底的に追求することが大切です。批判を恐れず、全力で自分の研究を推し進める勇気が求められます。
道程力
これは「誰も踏み入れたことのない領域を切り開く」という意味です。既存の道を歩むのではなく、自分で新しい道を作り出していく精神を表しています。研究には決まったトラックもレフェリーも存在しません。誰も経験したことのない原野を切り開き、新しい道を作り出すことが真の研究者の使命です。
造山力
これは「ないものを作り出す力」を意味します。既存の山に登るのではなく、何もないところから新しい山を作り出し、世界中の人々がその価値を認めて登りたいと思うような研究を生み出す力です。この「造山」という概念は、単なる山登りとは異なり、新しい価値を創造することを示しています。
研究の成功は、自分で認めるものではなく、世界が認めてその
インパクトを評価するはことで初めて実現します。時には、その評価を得るまでに長い時間がかかることもあります。しかし、これらの3つの力を備えることで、研究者として真に価値のある成果を生み出すことができます。
石井教授は、特に若い研究者に向けて、これらの力の重要性を説いています。既存の枠組みにとらわれず、新しい価値を創造する勇気と忍耐を持つことが、研究者として成功する鍵となるのです。
これらの力は、単なる研究スキルではなく、研究者としての心構えや精神性を表現しています。特に増山力は、研究者が目指すべき究極の姿勢を示しており、それは既存の価値観や枠組みを超えて、全く新しい領域を切り開くことを意味しています。
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石井教授が描く500年後の世界
500年後の世界について、石井教授は革新的なビジョンを描いています。その世界では、マイクロマシンと呼ばれる極小の機械が空間を自由に飛び交い、必要に応じて合体して様々な形を作り出すことができるようになっています。
この技術革新は、私たちの物理的な世界を大きく変えることになります。現在のように固定された形状のものを組み立てるのではなく、物質そのものがピクセルのように可変的になり、状況に応じて形を変化させることが可能になります。
しかし、このような世界には新たな課題も生まれます。動くものは全て潜在的な危険性を持っており、信頼性の確保が重要な課題となります。例えば、普段使用しているグラスが突然100倍に大きくなったり、飲んでいる最中に形が変化したりする可能性があれば、それは大きな脅威となります。
現在のバーチャル世界では、様々なプロトコルやルールが存在します。しかし、物理的な世界がコンピュテーショナルにダイナミックに変化する時代には、全く新しいアフォーダンス(行動の可能性)のデザインと、それを使いこなすための教育が必要となります。
情報の世界で予測不可能な事象が発生するように、物理世界でも同様の予測できない変化が起こりうる時代が来ます。特に技術がオープンソース化され、誰もがアクセス可能になることで、その使用方法や影響力をコントロールすることが難しくなります。
このような未来に向けて、私たちは技術の発展と安全性のバランスを慎重に考える必要があります。技術の進歩は止められませんが、それをどのように管理し、人々の生活に活かしていくかが重要な課題となります。
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