[カレリア民話] 青い親指の母娘(SINIPEIGALON STARINA)
青い親指の母娘
昔、夫婦がいました。彼らには娘が1人いました。妻と娘は青い親指をもっていました。妻は病気にかかり、死が近くなると夫に言いました。
―もし私が死んだ後に結婚をするのなら、いいわね、青い親指をしている人以外とは結婚してはダメよ。
妻が亡くなると、夫は青い親指をしている人を探しに出かけました。いたるところを歩き探しましたが、どこからもそんな人を見つけることができませんでした。家に戻ると、娘に言いました。
―どこからも青い親指の者を見つけることができん。こうなれば、お前が私を夫とするんだ。
娘は泣いて、言いました。
―太陽のようなシルクのドレスを持ってきてくれたならば、そうしたら(嫁に)行きます。
父はふたたび探しに出かけました。探してめぐり、ある城を探していたところ太陽のようなシルクのドレスを見つけました。家に戻ってきました。
―ほら娘よ、シルクのドレスを見つけたよ。私の妻になるんだ。
娘は泣きました。
―月の光のようなシルクのドレスを持ってきてくれたならば、そうしたら(妻に)なります。
父はふたたび探しに出かけました。探してめぐり、ある場所を探していたところ、そのようなシルクのドレスを見つけました。家に戻ると言いました。
―ほら娘よ、婚姻の準備をするんだ。
―ああ父さん、まだ行けないわ。空の星のようなシルクのドレスを私に見つけてくれない限りは。
ふたたび父は探し、ある場所で(そのようなものを)見つけました。家に帰ると、娘に言いました。
―今やお前は私のもとに嫁がねばならない、もう何も助けになるものはないさ。
娘は粉をひきに行くと、泣きながら粉をひき、粉をひきながら泣きました。そこへネズミがやって来て言いました。
―粉をひきなさい、ひきなさい、お嬢さん。父さんに嫁ぐために、自分の結婚式のために。
娘はやもめ暮らしのばあさんのところへ行くと、言いました。
―ああ何てことでしょう、父のもとに嫁がなければならないなんて。どうしたら良いか、ご存じありませんか?
やもめ暮らしのばあさんは言いました。
―知ってるよ、いくつかの火打石とブラシ、それにシルクの手ぬぐいを用意するんだ。サウナで服を脱いだら、桶にツバを吐いて、サウナ炉にツバを吐いて、それから床にもツバを吐くんだ。
家に帰ると、サウナを暖めました。サウナへ行き服を脱ぐと、桶に、サウナ炉に、床にツバを吐きました。父がドアの向こうにやって来て、大声で言いました。
―もう準備はいいかい?
娘は何も言いませんでした。(父が)ドアを開けると、服しかなく、娘は裸で逃げていました。彼は娘の後を飛ぶように追いかけました。
―この淫乱め、売春婦め、オレを捨てやがって!
父がもう追いつきそうになると、娘はブラシを投げつけました。すると、そこには通り抜けることができないほどの森が現れました。
―ああ何てことだ、斧も打ち鍬も持ってこなかった。
(父は)家へ打ち鍬を取りに行ってきました。森(の木)を切り(始め)ましたが、娘はその間に先へと走っていきました。父は森(の木々)を切りつくし、ふたたび後を追い走りました。娘がふたたび火打石を投げると、岩の山が現れました。父はふたたび打ち壊し、打ち壊しながら後を追いました。ふたたびとても近くなると、娘はシルクの手ぬぐいを投げました。彼らの間に、燃え上がる急流が現れました。父は対岸から(叫びました)。
―来なさい、二言三言話そう。もはや私はお前にもう会うことはない。ほらよ、お前の首玉に俺のイチモツを!
そうして娘の首にソレを投げつけました。
娘は先へと旅をすすめ、倒れた枯れ木のところへやって来て言いました。
―待って、これを踏み越えるから。
すると、彼女の首でソレが言いました:「待って、これを踏み越えるから」
彼女は先へと進みました。うろのある切り株のところへやって来ました。
―待ってね、この切り株に上がるから。
すると、彼女の首でソレが嘲るように言いました:「待ってね、この切り株に上がるから」
娘は切り株に上がると(うろに入り)、そこから動こうとはしませんでした。なぜって、裸のままでしたから。
その頃、皇子が猟をしていましたが、犬がうろのある切り株の上で大きな声で吠えたて始めました。皇子は家へ戻ると、父親と母親に言いました。
―うろのある木の中に何かがあるみたいで、犬がその上で吠えるんだ。
―では、なぜ吠えたのか見る必要があるな。
皇子は確かめにやって来ると、家に戻って言いました。
―うろの中に、とても美しい娘がいるんだ。陸の上にも、水の上にも、このような(美しい)者はいません。私は彼女と結婚します。
翌々日、皇子は娘を家に連れていきましたが、娘は決して話そうとはしませんでした。そうこうして3年を過ごしました。誰とも話さないので、彼女は丸太小屋を洗うように言いつけられましたが、何も話しません。濡れたカラスムギを挽くよう言いつけられましたが、やはり何も話しません。(娘は)すでに妊娠し、とても愛らしい息子がいました。息子がひざの上で切りつけられても、何も言いません。皇子は彼女を愛していましたが、何も話さないのであれば、彼女と一緒に暮らすことはできません。皇子は別の者と結婚する準備を始めました。娘は悲しくなりました。やもめ暮らしのばあさんのところへ行くと、言いました。
―聞いて下さい、親愛なるやもめのおばあさん。私がソレを取り除くには、どうしたら良いか、ご存じありませんか?
すると彼女は娘に言いました。
―家に帰ったら、子を産まない雌牛のミルクで小麦粥を作るんだ。そしてこう言うんだ:「小麦粥をお試しください」と。ソレが味見しにきたら、スプーンで上からも押しつぶすんだ。ソレは(煮られて)溶けてしまうだろうよ。
彼女は家へ帰るとミルク粥をつくり、言いました。
―塩加減を見てちょうだい。
ソレが味見にくると、彼女はスプーンで押しつぶしました。
―美味しいかしら?
もう嘲られることもありません。彼女はとてもとても嬉しくなりました。
結婚式の日がやって来て、彼女は給仕役をさせられました。モスリン製のエプロンの裾で、バターポットを運びます。新しい花嫁がテーブルの奥から言いました。
―我らが王の愚かな妻が、モスリン製のエプロンでバターポットを運んでいるわよ。
すると、元の妻は言いました。
―私は丸太小屋を洗わせられても、濡れたカラスムギを挽かされても、膝の上で息子を切りつけられても黙っていたのに、あなたは初対面のテーブルでもうおしゃべりするのね。
皇子はその声を聞くと、喜んで彼女のところへ飛んでいきました。そうして娘は(ふたたび)妻となり、以前のように、むしろより幸せに暮らし始めましたとさ。
単語
läsiytyö [動] 病気になる
jesli [接] もし~ならば(если)
äšken(äšen) [副] ただそうしたら,~しない限りは
šulkku [名] 絹, 絹の洋服
kuutamo [名] 月光
svuad'ba [名] 結婚式(свадьба)
neuvo [名] 助言
pii(kivi) [名] 火打石
tukku [名] いくつかを集めたセット
harja [名] (馬などの)動物の毛, ブラシ
jakšautuo [動] 服を脱ぐ, 裸になる
sylkie [動] ツバを吐く
kartta [名] 桶
päči [名] 暖炉, ペチカ
lämmittyä [動] 暖める
joutuo [動] ~の状況に陥る, ~する間がある, ~してしまう
virkkua [動] 発音する, 言う
alašti [副] 裸で
puata [動] 走り去る, 逃げる
huora [形] みだらな
kurva [名] ふしだらな女性を呼ぶ蔑称
tavottua [動] 捕まえる, 追いつく
lykätä [動] 投げる, 放り出す
rotie [動] 生まれる, 現れる
kilpa- [頭] 競走用の, 戦闘用の
halpa- [頭] 小さい
hakkuri [名] 包丁, 唐ぐわ(農具)
hakata [動] 木を切り倒す, 打ちつける
vuara [名] (小高い)丘
kanta [名] かかと
tulini [形] 火の, 燃えるような, 焼けつくような
matti [名] 罵りの言葉につける枕詞
kalkku [名] 男性器
hako [名] 地面に倒れている枯れ木
harpata [動] またぐ, 踏み越える, 大股で進む
onši [名] (樹木の)空洞, うろ
matitella [動] 罵言をはく, 口汚く言う
ruohtie [動] 思い切って~する
olla mečällä 猟をする
äijälti [副] とても, あまりに
ylen [副] とても
moini [形] そのような
verrata [動] 比べる, 比較する
naija [動] (男性が)結婚する, 妻をめとる
märkä [形] 濡れた, 湿った
kakra [名] カラスムギ
vaččautuo [動] 妊娠する
l'uupie [動] 愛する(любить)
kukki [名] 大切な, かけがえのない
maho [形](家畜の雌につき)子を産まない, 不妊の
linta [名] 牛乳で煮込んだ小麦(粉)のお粥
kuot'ella [動] 試す, ~してみる
maissella [動] 味見する
painaltua [動] (上から)押さえつける, 押しつぶす
lusikka [名] スプーン
svoatpa [名] 結婚式(свадьба)
prisluuka [名] 召使い, 給仕
kissei- [頭] モスリン製の, 薄い(кисея)
peretnikkä [名] エプロン, 前掛け(передник)
voipata [名] バターポット
prostoi [形] 単純な, バカな
koroli [名] 王
出典
所蔵:ロシア科学アカデミー カレリア学術研究所(KarRC RAS)
採取地:カルフマキ(メドヴェジエゴルスキー)地区
採取年:1937年
AT510B + 313 + 887
日本語出版物
・「フィンランドの昔話 民俗民芸双書60」, P.ラウスマー, 臼田甚五郎監修, 日本フィンランド文学協会訳, 1971, 岩崎美術社
└『シニペウカロ家』
つぶやき
なんてハチャメチャな話なのでしょう、この父親、大丈夫ですかね・・。そして、いくら美しいとはいえ、ソンナモノをぶら下げている娘と結婚する皇子がいますかね・・・。
前半はグリム童話の「千匹皮」やペローの「ろばの皮」と同じ話型です。逃亡の際の話型AT313は世界各地のむかし話に出てきますね。投げたものが自然の障壁となって、追跡者が乗り越えようとする間に逃げるというもの。後半のAT887は妻を試すために夫(たいてい王様)が子どもを殺し、新たな妻を娶るというもの。話型だけ見るとどこにでもありそうなお話ですが、カレリアの風習(あるいは禁忌)などの影響を受けて、かなり独特な内容にまとまっています。いや、まとまっていると言えるのか。
タイトルの ”SINIPEIGALON STARINA” は直訳すると、「青親指のお話」となります。上述の邦訳版では一族の名前にしていますね。また、"ソレ"は「脱腸」と訳されています。元になっているのはSKS(フィンランド文学協会)所蔵、1887年にヴィエナ・カレリアで採取されたお話とのこと。いつか読み比べてみたいものです。
今回もロシア語からの借用語が多い方でした。
2022/2/15 追記
邦訳版の元になったSKSのテキスト(フィンランド語)が手持ちの民話集に収録されていたので比べてみました。タイトルは "Sinipeukalo" 「青い親指」ですが、訳のとおり "Sinipeukalon rotua" 「シニペウカロ(青親指)一族」という表現が出てきます。また、母親や娘の親指が青い、という記述はありません。
”ソレ”については本カレリア語版テキストと同じ語 "kalkku" が使われていました。「脱腸」と訳したのは読者やら何やらへの配慮ですかね・・。
もう一つ、物語の語り手として有名な Marii Ivanovna Mihaeeva によるバージョンも確認してみました。タイトルは "Sinipeikaloni" 「青親指の人/青親指の民」、”ソレ”は同じ語彙 "kalkku" が使われています。
後者に添えられていた、カレリア民話の研究家 Unelma Konkka による解説が、このハチャメチャな物語を読み取るヒントをくれました。
なるほど。
そう考えると、「シニペウカロ(青親指)一族」という表現も腑に落ちますね。