[カレリア民話] 黒いカモ(MUŠTA ŠORŠA)
黒いカモ
あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。彼らには娘と息子がいました。おじいさんとおばあさんは亡くなるとき、彼らに言いました。
―子どもたちよ、わしらが死んでも善良に生きなさい。
そうして、おじいさんとおばあさんは亡くなりました。彼らは二人でともに生活しました。息子が森へ出かけると皇子が通りがかり、言いました。
―ああ、青年よ、君はなんてキレイな顔立ちなんだ!
―僕がキレイだなんて、家にいる僕の妹の方が2倍も3倍もキレイですよ。
皇子は言いました。
―どうしたらその子を僕の嫁にくれるかい?
息子は家に帰ると、言いました。
―妹よ、皇子が君を嫁にしたいと申しておいでだよ。
妹は言いました。
―皇子のところにお嫁にだなんて行かないわ、お父さんとお母さんが遺したひき臼が、ひきすぎて壊れてしまわないうちはね。
翌日、ふたたび兄は森へ出かけました。ふたたび王子が通りがかり、尋ねました。
―君の妹は、ぼくのところへ嫁に来ると承諾したかい?
兄は答えました。
―父さんと母さんが遺したひき臼が、ひきすぎて壊れてしまわないうちはお約束できません。
皇子は、嫁に来て欲しいと頼むと、挨拶とともに兄を送り帰しました。兄は家に帰ると、妹に言いました。
―皇子が君を嫁にしたいと申しておいでだよ。
妹は言いました。
―お父さんが遺したすり鉢がすりすぎて壊れてしまわないうちは、お父さんが遺した敷居がワンピースの裾ですり減らされてしまわないうちは、お嫁になんて行かないわ。
3日目に、兄は森へ行きました。またしても王子がやって来て言いました。
―君の妹は、ぼくのところへ嫁に来ると承諾したかい?
―父さんと母さんが遺したすり鉢がすりすぎて壊れてしまわないうちは、父さんが遺した敷居がワンピースの裾ですり減らされてしまわないうちは、お約束できません。
皇子は(次のように)指示しました。
―家に帰ったらひき臼、すり鉢、それに敷居をこわして、元どおりに置いておくんだ。
兄は家に帰ると、ひき臼、すり鉢、敷居をこわし、元どおりに置いておきました。妹が地下の貯蔵庫に降りて、粉をひき始めました。すると、石臼はこなごなに飛び散りました。そこを離れ、すり鉢でするために納屋へ行きました。しかし、すり鉢もこなごなになってしまいました。その場を離れ、敷居をまたぐとー敷居もバラバラになってしまいました。
兄が尋ねました。
―これで皇子のもとにお嫁に行くね?
妹は言いました。
―そうね、こうなったら(お嫁に)行かなくてはならないわね。
そうして荷物をまとめ、舟で出発しました。道のりが遠かろうと近かろうと、とにかく漕いでいきました。ある岸辺をこいでいると、魔女のシュオヤタルがやって来て言いました。
―お兄さん、舟に乗せておくれよ。
妹は言いました。
―乗せてはだめよ、兄さん、あれは魔女のシュオヤタルよ。悪は悪にしかならないし、悪は災いの種にしかならないわ。
さらに先に漕ぎ進みました。シュオヤタルがふたたび頼みました。
―お兄さん、舟に乗せておくれよ。
―乗せてはだめよ、兄さん。悪は悪にしかならないし、悪は災いの種にしかならないわ。
舟が岸辺のすぐ近くを漕いでいたので、シュオヤタルは舟に跳び乗りました。そして妹に代わって漕ぐために舟の真ん中に座ると、妹の聴覚を奪ってしまいました。
兄が妹に言いました。
―姿勢を正すんだ、妹よ、身だしなみを整えるんだ!皇帝の館が見えているよ、お城の壁が輝いているよ!
妹は言いました。
―愛する兄さん、何て言っているの?
シュオヤタルが漕ぎながら言いました。
―お前の愛する兄さんはこう言っているんだよ、自分の目をくりぬけ、腕を折れ、海に飛び込め、黒いカモに姿を変えてしまえってね!
しばらく漕ぎすすむと、兄は言いました。
―姿勢を正すんだ、妹よ、身だしなみを整えるんだ!皇帝の館が見えているよ、お城の壁が輝いているよ!
妹は言いました。
―愛する兄さん、何て言っているの?
シュオヤタルが言いました。
―お前の愛する兄さんはこう言っているんだよ、自分の目をくりぬけ、腕を折れ、海に飛びこめ、黒いカモに姿を変えてしまえってね!
妹は自分の目をくりぬき、腕を折り、ツバを吐くと海に飛びむと、黒いカモに姿を変えました。
シュオヤタルと兄は、皇帝の岸辺へ漕ぎ入れました。もちろん皇帝も、花嫁を迎えにきていました。皇子は(花嫁が)いかに美しいか自慢していたのに、連れてこられたのはそんな者だったので、恥をさらす羽目になりました。けれども彼は、花嫁を迎え容れました。兄は欺いた罰として、9頭の雄馬と一緒にして蹴り殺されるよう命じられ、連れていかれました。
夜が訪れ、人々が寝静まりました。海に取り残されていたカモが、やもめ暮らしのばあさんのところへやって来ました。カモは娘の姿に戻ると、シャツを縫いました。
妹は呼びました。
―ピル、ピル、ピルック、
私のかわいいワンちゃん!
これを皇子の枕もとに送り届けてちょうだい、
城の人たちが気づかないように、
扉を開けないように、
かんぬきの金具が音をたてないようにね!
そうしてカモは海へ戻っていきました。
朝、皇子は起きると、枕の下に手をやり、シュオヤタルに尋ねました。
―誰がこれを縫ったのだ?
シュオヤタルは答えました。
―私自身は寝ていたけれど、私の手は寝ないんだよ。
皇子は言いました。
―あの若者のしかばねを引き取ってこい、雄馬たちがもう踏み殺しているだろう。
(召使いたちは、引き取りに)行きました。兄は以前に比べて2倍もハンサムになっていました。今度はクマが食い殺すようにと、皇子は兄をクマと一緒に閉じ込めました。二日目の夜、人々が寝静まると、同じやもめ暮らしのばあさんのところへカモがやって来ました。そして、カシパイッカ ※1)を縫うと、犬を呼びました。
―ピル、ピル、ピルック、
私のかわいいワンちゃん!
これを皇子の枕もとに送り届けてちょうだい、
城の人たちが気づかないように、
扉を開けないように、
かんぬきの金具が音をたてないようにね!
犬はカシパイッカを皇子の枕もとへ運んでいきました。
朝、皇子が起き上がって枕の下に手をやると、カシパイッカが見つかりました。
ふたたび言いました。
―いったいどこから私のもとに届いたというのだ?
魔女のシュオヤタルは言いました。
―私自身は寝ていたけれど、私の手は寝ないんだよ。
皇子は言いました。
―あの若者の骨を引き取ってこい、もう肉片になってしまっているだろうがな。
しかし兄はさらに美しさを増していました。皇子はさらに言いました。
―欺いた罰として、そいつをオオカミのもとに連れていけ。オオカミが食べるだろう。
二晩もシャツやカシパイッカが枕の下から現れるなんて、何かおかしなことが起こっているようだ、と皇子は考えました。彼はやもめ暮らしのばあさんのところへ行き、尋ねました。
―シャツやカシパイッカが、いったいどこから枕もとに現れたのか、お前は知らないか?
やもめのばあさんは言いました。
―ここにお前さんの花嫁がいるよ。彼女はカモの姿で海にいるよ。彼女が縫ったんだ。もう2晩も来てるよ。お前さんもうちに来て、扉の裏に隠れているといいさ。彼女が来たら、お前さんも目にするだろうからね。それから、お前さんの妻になったのはシュオヤタルだよ。
それから皇子は、兄をオオカミのところから、シュオヤタルの知らない部屋に連れていくよう召使いに命じました。兄は連れ出されました。夜が訪れると、皇子は自分の妻へ言いました。
―寝ていなさい、私は少し町を歩いてくるよ。
皇子はやもめ暮らしのばあさんのところへ行くと、身を隠しました。人々が寝静まると、ふたたびカモがやもめのばあさんのところへやって来ました。カモがやって来ると、皇子はすぐに飛びつき花嫁をつかみました。カモはカエルに、トカゲに、(生地をこねる)めん棒にと次から次へと姿を変えました。皇子がそれらをすべて引き裂くと、最後にカモは麗しい娘に姿を変えました。
皇子は言いました。
―さあ、家に帰ろう。
しかし娘は言いました。
―行かないわ、シュオヤタルが私を食べてしまうでしょうから。
しかしそれでも、娘は皇子と一緒に行きました。皇子は彼女を、シュオヤタルが訪れたことのない部屋へ連れていきました。娘に食事と飲み物が出されました。
―サウナ小屋の敷居の下に、9サージェン ※2)の深い墓穴を掘って、グツグツと煮だったタールでいっぱいにしなさい。
召使いたちは墓穴を掘ると、玄関ポーチからサウナ小屋の敷居まで赤いラシャ布を敷き広げました。皇子の嫁であるシュオヤタルが、手を取られ導かれていきます。シュオヤタルはぺちゃくちゃとおしゃべりしながら笑い、首を振りながら言いました。
―どうだい、皇帝唯一の嫁はこうやってサウナにいざなわれるんだよ!
召使いたちはシュオヤタルをタールとともに火の中へドボンと落とし、扉をしっかりと閉めました。しかし、ある板に小さな穴があり、サウナの扉に隙間をつくってしまいました。シュオヤタルは穴から薬指を突き刺し、叫びました。
―黄泉の国のイモ虫よ、大地のウジ虫よ、永遠にさまよい飛ぶ羽虫よ、皇帝の息子を噛んでおしまい!
そこには火の燃えさしが置かれていたので、蚊は煙を恐れるようになりました。
それから皇子は本物の花嫁と結婚式をあげ、兄も近くに住むために呼ばれました。そうして彼らは暮らしています。それは長く続きましたとさ、そんなお話です。
※1)美しい伝統刺繍がほどこされた長い手ぬぐい
※2)メートル法施行前の長さの単位。両手を伸ばした際の長さ。
単語
jauhinkivi [名] ひき臼
jauhota [動] 粉をひく
kuluttua [動] 摩耗する
tervehyš [名] 挨拶, よろしく
pyytyä [動] 頼む
šurvuo [動] 砕く, 押しつぶす, すりつぶす
košto [名] サラファン, ワンピース
helma [名] 裾
pilata [動] こわす, 傷つける
ašetella [動] 設置する, 置く
tila [名] (あるべき)場所
šolahtua [動] 降りる
karšina [名] (小屋の中にある)地下, 貯蔵庫
levitä [動] 飛び散る, こぼれて広がる
saraja [名] 納屋
harpata [動] またぐ, 踏み越える
piäličči [前/後] ~を越えて
hajota [動] バラバラに崩れる
min'n'a [名] 嫁
tosi [名] 本当, 真
šuorittua [動] 着る, 着飾る/荷物をまとめる, 旅の準備をする
šoutua [動] 舟をこぐ
tuon ... tämän ... ~しようと, ~しようとも
šiemen [名] 種
pyrkie [動] 許しを請う, 要求する
lähičči [副] 近くを, 近くに
hypätä [動] 跳ぶ, ジャンプする
istuutuo [動] 座る, 座っている
keški [名] 中央, 真ん中
kuulo [名] 聴覚, 聴力
ottua pois 取り上げる, 奪い取る
kohennella [動] 直す, より良くする/着飾る, 身だしなみを整える
istuin [名] 座っていること, 座席, シート
parentua [動] より良くする
vuoate [名] 衣類, 衣服
seinä [名] 壁
kuumottua [動] 輝く
vieno [形] 優しい, 愛する
puhata [動] 壊して開ける, えぐりだす
katata [動] 壊す, 砕く, 折る
kotvani [副] しばらくの間
šylkie [動] 唾を吐く
vaštah [副] (こちらに)向かって, 出迎えて
häpie [名] 恥ずかしさ, 不名誉
kehuo [動] 褒める, 称賛する, 自慢する
uveh [名] 雄馬
šekah [副] ごちゃ混ぜて, 混ぜ込んで
hävittyä [動] せん滅する, 破壊する
suattua [動] (あるところまで)同行する, 案内する, 送る
pieluš [名] 枕, クッション
šakara [名] 蝶つがい, (かんぬきをはめる)掛け金
n'urahtua [動] きしむ, ギーギー言う, 小声で言う
jälelläh [副] 後ろへ, 逆方向へ, もとの所へ
valvuo [動] 寝ないでいる, 目を覚ましている
ruumis [名] 死体, 屍
muru [名] 欠片
ieštä [副] ~のところから
pala [名] 何かの欠片, 一部
kumma [名] 不思議なこと, 奇怪なこと
spuutiuto [動] 何かが起こる, 現れる
tuakše [後] 後ろに, 背後に
piilo [名] 隠れること, 隠れ場所
kasakka [名] 召使い
kaivua [動] 掘る
šyli [名] サージェン(両手を伸ばした際の長さ)
terva [名] 樹脂, タール
palua [動] 燃える, 燃やす
levitä [動] 敷く, 広げる
hal'l'akka [名] ラシャ
kulettua [動] 連れていく, 導く
rökötteä [動] 談笑する, おしゃべりする
heilutella [動] 揺り動かす, 振る
ainut [形] 唯一の
pučkata [動] ドボンと落とす, 放りだす
umpeh [副] 隙間なく, しっかりと, 固く
okša [名] 枝,
loukko [名] 穴
typpie [動] 隙間をふさぐ
pistyä [動] 突き刺す
reikä [名] 穴
nimetöin [形] 名無しの
nimetöin šormi 薬指
tuoni [名] 死
toukka [名] 幼虫, 毛虫
mato [名] ミミズ, ウジ虫
ikuni [形] 永遠の, 絶えない
pissältyä [動] 置く, 据える
kekäleh [名] 燃えさし(木片)
šiäkšet [名][複] 蚊
šavu [名] 煙
hiät [名][複] 結婚式
rinnalla [副] 隣り合って, 並んで, 隣に, すぐそばに
pivuš [名] 長さ
starina [名] 物語
出典
所蔵:ロシア科学アカデミー カレリア学術研究所(KarRC RAS)
採取地:カレヴァラ地区
採取年:1948年
AT403(AA 403A)
カレリア各地に広まった昔話の一つで、北部と南部とで異なるバージョンがあります。婚姻条件の道具は、父親が遺したものの他、母親が遺しためん棒、針が挙げられるバージョンも多数。皇子が助言を求めるのは、ほとんどの場合が年老いた未亡人(やもめ)です。
日本語出版物
日本語出版歴なし。
つぶやき
『黒いカモ』としてタイトルは定着していますが、カレリアの村々では飼い犬を呼ぶ際の言い回し「Piili, piili, Pilkkaseni...」が使われていたようです。Pilkkani は pilkku という語の指小形です。pilkkuは「カンマ」として日常的にもよく使われる語ですがもともとは小さな斑点を意味します。ヴィエナ・カレリア出身の方に確認したところ、今でも額に小さな点がある犬には pilkku という名前をつけているとか。日本でいう「ポチ」みたいな感じですね。
カレリア民話の中では、しばしば家の主の言葉には絶対に従わなければならない、というくだりが登場します。妹がシュオヤタルが騙し伝えた兄の言葉に素直に従ったのも同様です。
シュオヤタル Syöjätar は「喰らう女」の意味で、悪い魔女の役どころでカレリア民話に多く登場します。蛇や人間に害をなす虫を統べる者と言われていて、叙事詩『カレワラ』の中でも蛇の起源のくだりで登場します(小泉訳では単に「人食い女」と訳されています)。シュオヤタルは鉄の歯をしているとされ、ラウタハンマス Rautahammas (鉄の歯)の異名ももっています。ロシア民話に出てくるバーバ・ヤガーと似ていますね。基本的には悪役ですが、時にひょうきん者のこのばあさんを、私は決して憎めないのです。
また、やもめのおばあさんは、民話の中でよく"まじない師"、あるいは"知恵者"として登場します。女性に限りませんが、カレリアには言葉の力をもって人々の悩みを解決するこうした村の賢者が近世にものこっていました。民族叙事詩『カレワラ』の主人公ヴァイナモイネンも、言葉の力で闘う賢者ですね。
このお話はカレリア共和国では人気の民話で、子ども向けの戯曲やオペラにもなっている、私もお気に入りの一話です。
以下はフィンランドのクフモ市にあるユミンケコ文化センターが主催したイベント動画(音声のみ)。サントラ・レムシュイェヴァ(Santra Remshujeva)によるヴィエナ・カレリア方言での朗読を聞くことができます。