[カレリア民話] カモメ(KAJAI)
カモメ
老ヴァイノにはカテリーナという美しい娘がいました。彼らは9つの海と、10番目の海を半分越えたところに住んでいました。鍛冶屋のイルモイッリネンが、老ヴァイノの娘へ求婚に出かけました。しかし、敬虔なる太陽もすでにカテリーナに結婚を申し込んでおり、他の誰にも見向きもしないほど彼女を見つめていました。
2人はこんなことを言われました:敬虔なる太陽は、カテリーナただ一人だけではなく、あらゆる人々を見なければならない。そして鍛冶屋イルモイッリネンも、敬虔なる太陽のようにすべての人を等しく見るよう命じられました。その後、太陽はカテリーナを残し、すべての人々を等しく見るようになりました。
しかし鍛冶屋イルモイッリネンはカテリーナのもとから去りたくなく、結婚を申し込みに行きました。老ヴァイノは娘をやりたくありませんでしたが、確かに一人を迎えたいと思っていました。そうして老ヴァイノは鍛冶屋イルモイッリネンを自分のお腹へ迎え入れ(飲み込み)、そこで1カ月半が経ちました。
鍛冶屋は生きていて、そこで鍛冶仕事を始めました。老ヴァイノの腹が焦げはじめ、彼は鍛冶屋を吐き出しました。(老ヴァイノは)彼(鍛冶屋)に、カテリーナを嫁にやりました。結婚式が執り行われ、家へと出発しました。ところが、途中でカテリーナが逃げ出しました:鴨に姿を変え、海の上を飛びまわりました。鍛冶屋は急いで馬の背に乗ると海で鴨を追い立て、カテリーナに(再び)会いました。
さらに先に進んでいくと、ふたたびカテリーナが逃げ出しました:カモメに姿を変え、もはや彼女に会えなくなってしまいました。鍛冶屋は彼女に向かって叫びました:
―岸からまったく遠いところへ、生涯行ってしまえ、
網罠にかかったビンの上に足を休める、ただのカモメにな!
そうして鍛冶屋イルモイッリネンは家へと帰ると、金色にたなびくおさげ髪、アンナ・クラソートカをお嫁さんに迎えましたとさ。
単語
päiväine [名] 太陽
pruavednoi [形] 敬虔な, 信心深い
tože [副] ~も
kozita [動] 求婚する
aivin [副] すっかり, まったく
tahtuo [動] 欲する, 望む
ristikanzu [名]
yhtenjytys [形] 同じような, 似ている
lainota [動] 飲み込む
vačču [名] 腹
puolitostu, puolentostu [数] 1.5
sepitä [動] 鍛冶仕事をする
palua [動] 燃える, 焦げる
iäre, iäreh, iäres [副] よそへ, 去って, 離れて
oksendua [動] 吐く
svuad’bu [名] 結婚式
muuttuo [動] 帰る, 転じる, 移動する
sorzu [名] 鴨, アヒル
lendiä [動] 飛ぶ
ravei [形] 速い, 素早い
kajai [名] カモメ
enäm, enämbi [副] もっと, より, ~以上に
ilmaine [形] 無償の, 自由な
igä [名] 年, 年齢
randu [名] 岸, 岸辺
ilmaine igä 生涯
nuotta [名] 漁のための網罠
kassu [名] おさげ, 三編み
出典
K. Belova: Karelijan rahvahan suarnat, Petrozavodsk 1939
採取地:アウヌス(オロネツ)地区
採取年:1936年
AT -
『麗しのナスト(KAUNIS NASTOI)』同様、1939年に出版された本からの紹介。カレリア語文章は、現代正書法に基づいてラテン文字に置きかえて記載してくれている opastajat.net(カレリア語の先生たちのための教材サイト)より転載しています。
日本語出版物
・「かぎのない箱 -フィンランドのたのしいお話」, ボウマン/ビアンコ編, 瀬田貞二訳, 1963, 岩波書店
└『かじやセッポのよめもらい』
つぶやき
もともとは英雄叙事詩『カレワラ』にも採用されているモチーフ、「鍛冶屋イルマリネンの求婚旅行」に基づくものです。このモチーフはカレリア全土で叙事詩歌として謡い継がれてきましたが、南カレリアではおとぎ話として語られることも定着していきました。
どんな困難な課題にも応えた求婚者であろうとカテリーナは同意せず、怒った求婚者(Ilmoillinen, Ilmalini, ilmalinen)は呪文を歌い、彼女をカモメにしてしまいます。詩歌によっては「こうしてカモメが生まれた」というような一言が添えられることもあります。
現在『カレワラ』の名で知られる1849年に完成した『新カレワラ』においては、第38章「イルマリネンの2回目の求婚旅行」で採用されています。『カレワラ』ではイルマリネンの妻となったポホヨラの乙女がクッレルヴォによって殺されてしまい、イルマリネンが2回目の求婚に行くという壮大なストーリーになっていますが、もともとの求婚対象は世にも麗しいと伝え聴く娘(『カレワラ』内や北部地域ではポホヨラの乙女、南カレリアではヒーシの娘、カテリーナなど)1人だけです。
同じモチーフのより詳細なお話が「かぎのない箱 -フィンランドのたのしいお話」(1963)に収められ、日本語で紹介されています。英語から翻訳されたものですが、大本はエーロ・サルメライネン(Eero Salmelainen)による『フィンランド人の民話と説話(Suomen kansan satuja ja tarinoita)』(1852~1866)第1巻第1話に収録されたものです。
このお話では、カテリーナを失った後に寂しさをまぎらわすため銅で花嫁を鋳造するものの心が慰められることはなく、ちえの女神に諭されてカテリーナを人間に戻し共に家に帰るという幸福話になっています。
銅や銀、金で花嫁を鋳造するモチーフは、やはり『カレワラ』の第37章で歌われています。
解説はここまでにしておきましょう。
短いお話なのですぐに訳せるだろう、と高を括っていたのですが、なれないリッヴィ方言に悪戦苦闘・・・最初の段落でつまづいて、そのまま放置すること半年以上。ようやく訳し終えることができました。
着手したものの未完のお話が溜まってきているので、少しずつ再チャレンジしていきます。
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