[カレリア民話] 青いトナカイ(SINIPETRA)
青いトナカイ
昔、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんとおばあさんには、息子が1人いました。それから間もなく、彼は自分が結婚することを母と父に告げました。そうして、彼は妻をめとりました。妻と長いこと暮らし、やがて娘が産まれることになりました。彼は産婆を探しに行くよう乞われました。しかし、会う人会う人、誰も引き受けてくれません。
長い間か短い間か、どれくらい進んだでしょう、魔女のシュオヤタルがやって来て言いました。
―知ってるよ、あたしゃ知ってるよ、あんたがどこに行くのか!
彼は言いました。
―僕は自分の道を進んでいるよ。
シュオヤタルは、自分を産婆として連れていくよういいました。
―何だってかんだって、お前なんて産婆にはしないよ!
男が先へと進んでいくと、ふたたびシュオヤタルが角から飛びでて来て、言いました。
―知ってるよ、知ってるよ、あんたがどこに行くのか。あたしを産婆に連れて行きなよ!
そうして男はシュオヤタルを産婆として迎え、一緒に家に帰りました。それからシュオヤタルは産婆をつとめ、子どもを取りあげました。シュオヤタルは母親を連れだすと、トナカイに姿を変えてしまい、海に押し落としました。いっぽう自分は母親に成りかわりました。子どもは泣き出し、よその女の乳からは飲まず、どうしてもあやすことができません。
さて、羊飼いをしているやもめ暮らしのばあさんが森へと歩いていました。子どもの母親は海から上がると、羊飼いに尋ねました。
―私の子どもは泣いていませんか、私のおチビちゃんはうめき声をあげていませんか、私の夫は悲しんでいませんか?
それから彼女は、羊飼いのばあさんに言いました。
―明日、私のもとに子どもを連れてきて下さいませんか、お乳をあげたいのです。
羊飼いのばあさんは、夕方、家に帰ると(子どもの)父親に言いました。
―お子さんを明日、森へ連れていくと良い。白樺の葉がカサカサと音を立て、ヤマナラシの葉がざわめき、トナカイの群れが海でうろついているのを、子どもは見るだろうよ。
シュオヤタルは言いました。
―何だって子どもを森になんか、子どもは森じゃ落ち着かないよ!
それでも結局、子どもを渡しました。羊飼いのばあさんは昨日火を起こしていた同じ場所へ(子どもを)連れて行くと、言いました。
― ケシの花のごとく 褐色の毛をしたトナカイよ
おいでなさい 子どもを養いに
愛しきものに 乳をあたえるために
シュオヤタル(喰らう女)からは食べたりしない
ユオヤタル(酔っ払い女)からも飲んだりしない
白樺の皮で編んだ水袋から垂らしても
乳棒の先からしたたらせても
(その子は何も食べない)
彼女は、赤ちゃんの母親は海から起き上がると子どもを養い、1日中一緒に過ごしました。夕方になると、羊飼いのばあさんは子どもを連れ帰りました。シュオヤタルが尋ねました。
―どうやって子どもをあやしたんだい、どうして子どもはお腹いっぱいなんだい?
羊飼いのばあさんは答えました。
―白樺の葉がカサカサと音を立て、ヤマナラシの葉がざわめき、トナカイの群れが海をうろついているのを見て、子どもは落ち着いたんだよ。
子どもの母親はこう言っていました。
―明日も子どもを連れてきて下さいませんか、お乳をあげます。そしてもう会うことはないでしょう。私は連なる大きな山々を越えていきます。
よく朝、羊飼いのばあさんは子どもを連れて森へ出かけ、これまでと同じ火を起こした場所へ行き、ふたたび言いました。
― ケシの花のごとく 褐色の毛をしたトナカイよ
おいでなさい 子どもを養いに
愛しきものに 乳をあたえるために
シュオヤタル(喰らう女)からは食べたりしない
ユオヤタル(酔っ払い女)からも飲んだりしない
白樺の皮で編んだ水袋から垂らしても
乳棒の先からしたたらせても
(その子は何も食べない)
そうして母親が海から起き上がり、(トナカイの)毛皮を耳元から脱いだ骨身で、子どもを養い、乳を与えました。子どもは落ち着きました。母親は言いました。
―明日もう一度、子どもを連れてきて下さいませんか。もう会うことはないでしょう。私は大海原を越えていきます。
夕方、羊飼いのばあさんが子どもを家に連れ帰ると、父親が尋ねました。
―夜もぐっすり眠れるほどに、どうやって子どもをあやしているんだい?
―森で自分の母さんが乳をあたえてくれるから、落ち着くんだよ。あんたの妻の代わりにいるのはシュオヤタルだよ。
羊飼いのばあさんは(さらに)言いました。
―あたしは明日も子どもを連れていくよ、あんたも一緒に来て、隠れているんだ。
シュオヤタルは男に聞きました。
―いったいどうやって子どもを森であやしてるんだろうね?
彼は答えました。
―白樺の葉がカサカサと音を立て、ヤマナラシの葉がざわめき、トナカイの群れが海をうろついているのを見てるんだってさ。
羊飼いのばあさんは、こうも言っていました。
―明日あたしらが森へ行ったら、彼女は頭をかいて(毛皮を脱ぐだろう)、そうしたらあたしが毛皮を火の中にいれるよ。
そうして(そう成され)、母親は言いました。
―なぜ焦げたような臭いがするの?ああ、私の毛皮が燃えているわ!
羊飼いのばあさんは言いました。
―あんたの肌は燃えたりしないよ。
そして、羊飼いのばあさんは父親に言いました。
―お前さんは奥さんの背中に飛び乗るんだ、その間にあたしが毛皮を燃やすよ。
父親は(妻に)飛び乗り、言いました。
―さあ、家に帰ろう。
妻は言いました。
―シュオヤタルに食べられるために、ユオヤタルに飲み込まれるためになんて、帰らないわ。
羊飼いのばあさんは母親と子どもを自分の家に連れ帰りました。それから父親は家に帰ると、サウナを暖め、5サージェン(※)の深さの穴を掘り、(その上に)赤いラシャ布を広げ、シュオヤタルをサウナへ連れていきました。ドアが開けられたとき、シュオヤタルはタールと火でいっぱいの穴にドスンと落っこちました。シュオヤタルは指を立てて言いました。
―大地のウジ虫よ、大気の羽虫よ、あの世から出ておいで!
父親は羊飼いのばあさんのところから妻を連れ帰り、以前のように一緒に暮らしはじめました。すべてが良くなり、彼らは豊かになりました。そうして今日も明日も生きていきます。はい、これでおしまいです。
※)メートル法施行前の長さの単位。両手を伸ばした際の長さ。
単語
puapo [名] 産婆
stukoi-stakoi [間] なんでもかんでも, 是が非でも
puapuija [動] 産婆をつとめる, 赤ちゃんを取り上げる
rošenča [名] 出産時の女性, 出産すること
petra [名] トナカイ
vierrä [動] 転がる, 滑り落ちる, 変わる
nänni [名] 胸, 乳
viihyttyä [動] なだめる, あやす, 落ち着かせる
mureh [名] 悲しみ, 悩み
imettyä [動] 乳をやる, 母乳で育てる
kolata [動] コツコツと打つ, 鳴る
huapa [名] ヤマナラシ
holaja [動] ざわざわする
unikki [名] ケシの花, 種
punikki [名] 赤茶色をした雌牛の名前として
ihaluš [名] いとしい者, 愛すべき者
juoja [名] 酔っ払い
tuohi [名] 白樺の皮で編んだもの
tötterö [名] 俵, 袋
petel [名] すりこぎ, 乳棒
nenä [名] 鼻, 先端
kylläni [形] 満腹の, 満足そうな
selkä [名] 背中, 連山, うね, 連なり
luini [形] 骨の, 骨からつくられた
tal'l'a [名] 動物の毛皮
šukie [動] (かゆいところを)かく, 梳く
käry [名] 焼け焦げ, 燃えかす(гарь)
haisuo [動] ~の匂い/臭いがする
hauta [名] 穴, くぼみ, 墓
jutkahtuo [動] ドスンと倒れる
hyötyö [動] 利益を得る, 金持ちになる
出典
所蔵:ロシア科学アカデミー カレリア学術研究所(KarRC RAS)
採取地:カレヴァラ地区のヴオンニニ(ヴォイニッツァ)村
採取年:1941年
AT 409 (+ AT403)
日本語出版物
以下のお話の後半部分が、AT409で同型話となります。ちなみに次回紹介する『黒いヒツジ』が以下のお話に相当します。
・ラング世界童話全集(ラング童話集)「さくらいろの童話集」
└『ふしぎなかばの木』(ロシア カレリア地方)
東京創元社, 1958-1959
ポプラ社, 1963
偕成社文庫, 1977-1978/2008-2009(改訂版)
東京創元社, 2008-2009(新版)
つぶやき
「青いトナカイ」というタイトルがつけられているものの、青いトナカイなんて出てきませんね…母親が姿を変えられたトナカイも赤褐色のようですし。
このお話はAT409(オオカミに変えられた娘)との関連が示唆されており、実際、カレリアで採取された話型AT510A + 409の民話「黒いヒツジ(Mušta lammaš)」には「青いトナカイ」が登場します。タイトルも話者が語ったもののようですから、似たような話を取り違えてしまったのでしょうか。
ちなみにフィンランドで出版されているカレリア民話集に収められている「青いトナカイ」では、AT409の民話「黒いヒツジ(Mušta lammaš)」の内容が収められていました。
せっかくなので「黒いヒツジ(Mušta lammaš)」を次回紹介しようと思いますが、少し長いためいつもより時間がかかりそうです。
シュオヤタルをこらしめる方法は、もう定型になっているのでしょう。「黒いカモ」、「麗しのナスト」でも同じ運命をたどっていますね。
今回のお話の中で朗唱される詩の形態の呼びかけで、「ユオヤタル juojatar」という語が出てきました。これはシュオヤタルと対になる形で韻を踏むために語り手によって創作された存在でしょう。他のカレリアの伝承にはみられません。
語彙の説明をしておきますと、シュオヤタル(喰らう女)は「食べる」という意味の動詞 šyyvvä (語幹:šyö-)が派生してできた「食べる者 syöjä」という語に、女性を意味する接辞 -tar/tär をつけた語(名前)です。
ユオヤタル(飲み込む/酔っ払い女)も同じように、「飲む」という意味の動詞 juuvva(語幹:juo-)を派生させた「飲む者 juoja 」に、接辞 -tar/tär をつけた形です。
魔法によって動物に姿を変えられた者が、毛皮をぬいで人間に戻るという不思議な行いは、多くはありませんが他のカレリア民話にも見受けられます。代表例は人間の息子として迎えられるクマのお話ですかね。こちらもそのうち紹介したいと思います。