[カレリア民話] 人を引き込む湖(OTTAJA JÄRVI)
民話というよりも怪異譚のようなものです。同じ物の怪が出てくるお話2つをご紹介します。
人を引き込む湖(OTTAJA JÄRVI)①
むかし、多く(の人)を引き込む湖があり、大勢の人々が水中に陥っていました。子どもたちはたいてい湖の岸辺で遊んだり、丸太の上を走り回ったり、水浴びしたり泳いだり、他の者たちは取っ組み合いをしたりしています。さて、あるじいさんとばあさんのところにヨシャという名前の息子がいました。
彼らは息子もつれてみんなで森へ行き、決して湖の岸辺へは行きませんでした。しかし、男の子は自分が一人でいることが寂しくて、他の子どもたちのところへ行きたいと思っていました。あるときヨシャは、お父さん、お母さんと一緒に森を歩いているときに、他の子どもたちがいる湖の岸辺へと逃げ出しました。みんなで水浴びをしたり泳いだり、丸太の上を走り回ったりしましたが、ヨシャただ1人が水に落ち、おぼれ沈んでしまいました。
母親と父親はそれを知らされると泣きはじめ、嘆きに嘆いて1週間じゅう(息子を)探しました。村中の人々も一緒に探しましたが、とうとう見つけることはできませんでした。そうして母親は泣き歌を歌いはじめました。
”嬉しそうに濡れ遊んでいた お前たち
今やお前たちに憤りを感じている
無為に怒りを感じている
たった一人の子が死の淵にいってしまったから
今や何をすればよいのか
朝早くから取り乱すばかり
嬉しそうに濡れた手をつかもうと
この哀しみをどうすればよいのか
お前たちが 嬉しそうに濡れ遊んでいたとき
私はできなかった お前たちの手に触れることが
深い夢の眠りについていたのだから
そうして息子を ヨシャを忘れることができないんだ”
母親は嘆きに嘆き、そうして(息子のことを)忘れました。人々はみな彼女を元気づけようとやって来ましたが、長いことふさぎこんでいました。じいさんが縄を巻きつけながらやって来ると、怒った様子で言いました。
― 今、湖まるごと手繰り寄せてやる、水妖のヴェテヒネも手繰り寄せてやる、そうしたらワシの息子も見つかるだろうよ!
ヴェテヒネはそれを耳にすると、家族とともに、10台のひき臼を海へ(重しとして)入れるために急いで取りに行きましたとさ。
人を引き込む湖(OTTAJA JÄRVI)②
むかし、人々をいつも水中に引き込む湖がありました。遺された人々は泳ぎにいくことを諦め、見張りを始めました。水妖のヴェテヒネはつまらなくなりました。岸に上がると長い髪をとかしはじめ、歌いました。
“覚えておいて, 覚えておいて, 愛する人よ 私のことを”
ヴェテヒネは3日間、そうやって髪をとかし歌いました。
惹きつけられた男が進んでいき、ヴェテヒネの歌を聴いて思いました。「ふむ、(次に)上がって来たら、何をしてやろうか、そうだアイツを打ちつけてやろう!
いっぽうヴェテヒネはふたたび髪をとかしに上がって来ると、叫びました。
“いつよりも素敵な年!
いつよりも素敵な年!“
男は静かに近づいていき、乗馬用の鞭がヴェテヒネの背中へ打ちつけようとしたとき、ヴェテヒネは跳びあがって湖へ帰っていくと、叫びました。
“いつよりも最低の年,
もう二度とやって来ないわ!“
単語
aivin [副] まったく, いつも
raundu [名] 岸, 岸辺
ajella [動] (乗り物で)行く, 走る, 鋤などを持って通り跡を残す、生地を巻く、走り回る
parzi [名] 梁, 丸太, 薪
kylvettää [動] サウナに入る, 入浴する, 水を浴びる
kezoi [名] 水浴び, 水泳
briguadu [名] 群, 集団
piettiä [動] 維持する, 保つ, 抑える
taluo [動] 使う, 用いる, 持っていく, 連れて行く
brihačču [名] 少年, 男の子
yksinäh [副] 唯一の, ただひとつ, ~だけ
himoittua [動] ~したいと思う, 欲する
pajeta [動] 逃げる, 逃亡する
aino [副] 唯一の, ただひとつの
upota [動] 溺れる, 溺死する
tiijustua [動] 訊く, 問いただす, 伺う
ga [接] しかし, では, そうすれば
kogo [副] すべての
jälgimäi [副] とうとう, 最終的に
iänel itkie 泣き歌を歌う
vettyö [動] 濡れる
vihavuo [動] 怒る, 憤る
sudre [副] 無益の, 無駄の, むなしく
suutuksis [副] 怒って, 怒った様子で
agju [名] 淵, 死
kuibo [疑] どうやって
aigane [形] 以前の, 昔の
huolevuo [動] 心配させる, 取り乱させる
luadie [動] 作る, 構成する
kručin [名] 哀しみ, 悲嘆, 悲哀
vägevy [形] 強い, 濃い
uni [名] 夢
uinota [動] 寝入る, 眠りにつく
unohtua [動] 忘れる
kuonuttua [動] 回復させる, 生き返らせる
hätki [名] 長い間
nuora [名] 紐, ロープ
viihtiä [動] 巻く
tuskevuksis [副] 怒って, 怒った様子で
rupittua [動] ひだをよせる, 折りたたむ, 片付ける
vedehine [名] 水の守り神, 水妖
huškahta [動] 急いで行く, 飛び出る
melliččy [名] ひき臼, ミル
vardoija [動] 見張る, 守る, 防ぐ
heittää [動] 投げる, 放る, 諦める
roita [動] 起こる, やって来る, 十分である
sugie [動] (髪を)とかす
pajattua [動] 歌う
ugodie [動] 喜ばす, 惹きつける
siiriči [副] ~を通りすぎて, 過ぎ去って
pajo [名] 歌
rapsu [名] 攻撃, 一打
kirguo [動] 叫ぶ
vuozi [名] 年
hil'l'akkazin [副] 静かに, 音もなく, ゆっくりと
lähetä [動] 近づく
račas [名] 乗馬
pletti [名] 鞭
järilleh [副] ふたたび, 元に
enämbi [副] より多くの, もっと, (否定文で)もう二度と
出典
K. Belova: Karelijan rahvahan suarnat, Petrozavodsk 1939
採取地:アウヌス(オロネツ)地方
採取年:1936年
AT -
『麗しのナスト』同様、1939年に出版された本から。 opastajat.net(カレリア語の先生たちのための教材サイト)より転載しました。
日本語出版物
・『金もちになった三人きょうだい:水の魔物とちえくらべ』「フィンランド・ノルウェーのむかし話」, 坂井玲子/山内清子 編訳, 1990, 偕成社
の中で、「湖の水をまきあげるぞ」と水の魔物をおどすエピソードが挿入されています。
同様に、
・『王子と水の精』「フィンランドの昔話 民俗民芸双書60」, P.ラウスマー, 臼田甚五郎監修, 日本フィンランド文学協会訳, 1971, 岩崎美術社
の中でも、「海岸へ行って、大繩を張って海を畳んでしまう」と海の精の息子をおどしています。
どちらのお話でも、その後には水の魔物/海の精の息子と力くらべをすることになります。
つぶやき
水に住む生き物としてよく知られているヴェテヒネ(フィンランド語だとヴェテヒネン)に関する怪異譚です。民話ではヒーシ、またはヴェシヒーシ(水辺のヒーシ;ヒーシは古くは森の精)とされることもあります。日本だと頭にお皿をのせたあの怪でしょうか?
カレリアではどこの村にも人を引き込む湖や沼の伝承があり、主に子どもたちへの戒めとして語られ続けてきました。
ヴェテヒネは伝承の中で悪しき存在として描かれますが、いっぽうで善い存在であることもあります。湖でおぼれ死んだ者の魂が、仲間を呼ぶために人を引き込む、という古いいわれが基になって民話や詩歌にも登場することがしばしばあります。
今回紹介したヴェテヒネの性別は不明ですが、②では「長い髪」と出てきたこともあり女性的に訳してみました。どちらかというとフィンランドでナッキ(näkki;スウェーデン語からの外来語)と呼ばれる、音楽で人を魅了する精霊のような印象です。
①のお話ではお話の中で泣き歌が歌われるという点で、特異な例です。泣き歌は訳すのが本当に難しいですし、泣き歌用の辞書も確認せずに訳したので正直自信なし、そのうちちゃんと訳し直すカモです。
ちなみに調べていたらFFゲームの中でヴェテヒネンというモンスターが出てくるようです。へぇ。