[カレリア民話] すすり泣くお腹(VAČČA ITKÖY)
すすり泣くお腹(VAČČA ITKÖY)
むかし裕福な家の息子がいました。彼は別の村から妻をめとるために出かけました。そうして、ある裕福な家からお嫁さんを迎えました。彼らは幸せに暮らしはじめました。しかし妻と一緒に暮らしはじめてから、息子は妻の内でお腹がすすり泣いているのを耳にしました。2日目も、ふたたびお腹が泣きはじめるのを聞きました。いっぽう、妻はただ眠っています。お腹がすすり泣くとは、なんておかしなことだと夫は思いました。
3日目に、彼はやもめ暮らしの婆さんのところへ行きました。やもめの婆さんは尋ねました。
―若い花嫁さんと一緒に暮らしはじめて、どうだい?
―まあ、これといってね、うまく暮らしはじめたよ、ただ気になることがあってね。妻は寝ていて何が起こっているかも知らないのだけど、(彼女の)お腹がすすり泣くんだよ。
―ああ若いの、可哀そうに、お腹が泣くのはいつだって良くないことだよ。彼女はこれから3年間、村に行って往来する人についてほっつきまわるようになるだろうね。そして3年間、盗みを繰り返すだろう。それから捕らえられて、罰せられ、刑務所に入れさせられても、それでも気にせずに、ただ盗み続けるだろうよ。3年間は盗み続けるんだ。3年間盗んで過ごして、さらに3年間(実家の)父親の元で湿ったカラスムギを挽き続けるだろう。もちろんお前さんはそのせいで、恥と屈辱に耐えることになる。お前さんが止めさせようとしたり、彼女を打ちつけたりしても何にも良くはならないよ。何がどうなろうと、彼女は3年間こうすることになるのさ。
そうして彼女はほっつきまわりはじめ、夜中にいないときもあれば、1週間いないときもありました。母親が息子を罵りました。
―ほらお前が妻を独りにするから、お前がほっつきまわるようにさせたようなもんだよ。
―ああ母さん、何も知らないのだから、何も言わないでおくれ。
ほっつきまわり、盗み続ける3年間がはじまりました。(妻が)3年間盗みを繰り返しても、夫は何も言いませんでした。母親は息子に、「新しい嫁を迎えなさい、働き手が必要なんだから」と言いました。息子は時が来るまでは、まだ彼女をめとったままでいるよと言いました。
そうして3年間を暮らすと、(息子は)「さあ、今こそ彼女を迎えに行ってくるよ」と言いました。長持ちに入っていた妻の上等な服をすべて取り出すと、ソリに座って出発し、かの家に向かいました。妻も、妻の母親も彼に気がつきませんでした。彼は「ここでは旅人が夜を過ごすことは可能でしょうか?」と一晩(の宿)を求めました。
断る理由があるでしょうか。そうして夕方、彼は「こちらのお宅でサウナに行かせてもらえないですか?」と言いました。
―僕は長いことサウナに入れていなくてね、入りたいのだけれど。
―もちろんですとも。
そうして女中(妻)を起こすと、言いました。
―女中よ、起きなさい。お客さんがサウナをお求めだよ、暖めてきておくれ。
(女中は)外へ飛び出ると、サウナを暖めに行きました。
サウナを暖めている間、(女中は)地下貯蔵庫へ粉を挽きに下りていきました。サウナを暖める準備はできていたとしても(サウナが暖まるのを待つだけだとしても)、彼女は自由に過ごすことなどできないのです。(彼女が)ふたたびサウナを見に走って来ると、準備が整っていました。母屋へ走っていくと言いました。「どうぞお入りください、サウナの準備が出来ました。」
家の主人は言いました。
―お客さん、どうぞ先にお入りください。私たちは後から入りますから。
お客(である夫)はサウナの支度をすると、言いました。
―あなた方には、私たちのように、蒸気の叩き手がサウナで世話してくれるような習慣はありませんかね?
―私どものところにはありませんが、断ることもありませんし、女中を行かせることはできますよ。
「起きなさい、お客さんが蒸気の叩き手をお求めだよ」と女中は起こされました。そうしてサウナへ向かいましたが、(夫は)ソリからカバンをつかんで、それからサウナに行きました。
そして夫はヴァスタ(サウナ帚)を蒸すと、言いました。
―奥さんは、裸になってサウナに入りませんかね?
―いいえ、私たちにはそのような習慣はありません。
―お前さんは今夜もう一度サウナに入ると思うのだがね。
―私は裸にはなりません。
夫は(上の段に)上がると、(身体を)蒸して、蒸して、床へ下りると腰かけに座りました。それから頭と背中を洗うよう彼女を呼びました。彼女は常に警戒しているかのように入口でうろうろとしていましたが、やって来て(夫の)頭と背中を洗いました。そして夫に均等に水を浴びせかけました。夫はカバンから手ぬぐいを取ると、カバン自体も床に広げました。夫は、(持ってきた)彼女の服― 絹のプラトークに絹のワンピース、絹のエプロンを出し始めました。そして「お前さんは、これらの服を一度も着たことがないかね?あるいは自分のだとは思わないかね?」と尋ねました。
―分かりません、同じようなものを以前持ってはいましたが、それが今でも残っているかなんて。
夫は言いました。
―よく見においで、どうだいお前さんのものじゃないかね?
そうして、彼女の名前が入った部分を示しました。名前を見ると、彼女の哀しみに満ちた口元に笑顔がうかび、夫の首に抱きつき、尋ねました。
―ひょっとして、あなたは私の夫じゃないかしら?
―そうでないはずがあるか。さあ急いで、段板に上がって身体を洗い、支度を整えるんだ。この服を着るんだ。
彼女は身体を洗い、それから服を身につけました。そうして母屋へ向かいました。いっぽう両親が窓から見ていて言いました。
―まるで私たちの以前の娘がやって来るみたいだ。
母屋にやって来ると、婆さん(母親)と爺さん(父親)は恐ろしくなって倒れこみました。なにしろ彼らは自分の娘を3年間も、濡れたカラスムギを挽いて粉にするよう苦しめていたのですから。夫はそこへ来るとすべてを説明しました。「どうかあまり気になさらないで下さい。ここにいるのはあなた方の娘で、僕はあなたがたの義理の息子なんですから。僕は事情を知っていましたが、耐えている間も何も言わず、すべてが終わるまでそのままにしていたんです」。
それから彼らは食べたり、飲んだりして、夜を過ごしました。翌朝、彼は馬に馬具をつけ出発しようとしました。3頭の馬が贈られ、3つの立派な荷馬車が取りつけられました。ところが、彼らが乗り込んでも、馬たちは立ち止ったまま出発しようとしません。馬が出発しようとしないだなんて、いったいどうしたことでしょう。夫は妻に「地下貯蔵庫に、まだ挽き終わっていないものが残っているかい?」と言いました。
―ほんの少しだけど、残っているわ。
―では、それをひき臼の穴に通してくるんだ。
妻は行こうとしましたが、両親は行かせようとしません。
―お前はもう十分に働いたよ。3年もひき臼の木(ハンドル)を回していたんだから。
それでも妻は行ってひき臼を持ち上げると、白樺の樹皮でできた容器からカラスムギを注ぎ入れました。それからソリに戻ると、馬たちは出発しはじめました。
家に戻ってきました。爺さん(父親)と婆さん(母親)が花嫁を迎え入れました。けれども、彼らは以前の妻なのか、新しい妻なのか分かっていません。息子も、連れてきたのが以前の妻なのか、新しい妻なのか言わない方が良いだろうと思いました。そうして幸せに暮らしはじめ、(妻は)家の者にきちんと従い、しっかりと働き始めましたとさ。
単語
savotie [動] ~し始める
kul'aija [動] 歩き回る, ほっつきまわる
nakasuija [動] 罰する, 懲らしめる
tyrmä [名] 刑務所
huikie [名] 恥, 残念なこと
anoppi [名] 姑, 義理の母
malttua [動] 理解する, ~できる
joutava [形] 自由な, 忙しくない, 余分の, 空の, 中身のない
malli [名] 意識, 認識, 自覚, 例, 模範, 手本
näpätä [動] ひっつかむ, 軽くこづく
kapšakki [名] トランク, 旅行かばん
vašta [名] サウナ帚(白樺の若木を束ねたもの)
hautuo [動] 蒸す, ふかす, 蒸気でやわらかくする
emäntä [名] 女主人, おかみさん, 奥さん
skammi [名] ベンチ, 腰かけ
pyörie [動] うろうろする, そわそわと向きを変える
tasah [副] 平等に, 等分に, 均等に
käspaikka/käsipaikka [名] 刺繍のほどこされた伝統的なてぬぐい
vartukko [名] 前かけ, エプロン
tarkka [形] 詳細に, 正確に
kirjutus [名] 書き込み, 記載
muhahtoa [動] 微笑む, 笑う
mureh [名] 哀しみ, 哀れ
kiušata [動] 苦しめる, 虐げる
vävy [名] 娘の婿, 姉妹の婿
temppu [名] 行為, ふるまい, ~に対する態度
kostie [動] 客として滞在する, 客に行って時を過ごす
tovol'na [副] 十分に
kohottua [動] 持ち上げる, 片づける, 処理する
totella [動] 言いつけに従う, 言うことを聞く
kuin slietuiččou しかるべく, 十分に
出典
所蔵:ロシア科学アカデミー カレリア学術研究所(KarRC RAS)
採取地:カレワラ地区のウフトゥア村
採取年:1937年
AT -
ATカタログの確認ができていません。後ほど確認します。少なくとも、1960年代に編纂された民話本では「掲載なし」とされています。
日本語出版物
日本語での出版物は見当たりません。
つぶやき
ハッピーエンドではあるのですが、なんとも不思議なお話ですね。お腹が泣く、という現象に何か意味があるのかどうか気になります。
それにしても結婚後の身に何か起こるのは、たいていお嫁さんの方です。輿入れ後の妻に対する禁忌が多かったのだろうな、と推測しています。
これでようやく30話。まだまだ先は長し。