[カレリア民話] なまくら娘ハティッコのお話(HÄTIKKÖ-TYTTÄREN STARINA)
なまくら娘ハティッコのお話
昔、ふたり姉妹がいました。1人はものぐさで、名前をハティッコ(なまくら)と言いました。もう1人はヴィルック(てきぱき)といい、すべての仕事をこなしていました。
(ある日)てきぱきヴィルックは洗濯物を洗っていました。凍った湖の穴へ衣服をすすぎに行きました。彼女は洗濯棒を持っていましたが、湖の穴に落としてしまいました。娘は洗濯棒を追って穴に飛びこみました。すると、湖の底から広い道が通っていました。娘は洗濯棒が見つからなかったので、道に沿って進んでいきました。道の先はある家に通じていました。(娘は)家へ向かいました。
家には、鉤のようなあごをした婆さんがいました。婆さんは尋ねました。
―どこから来たんだい、娘さん?
娘は答えました。
―あの、上空の世界からです。
―何しにここへやって来たんだい?
―仕事と、食事を求めて来たんです(彼女は洗濯棒を探して来たとは敢えて言わなかった)。
―あたしんとこには仕事と食事があるよ。
そうして(老婆は)娘に食べ物や飲み物を与えると、言いました。
―家畜小屋に行くんだ。牛たちの乳をしぼって、きれいにしてきておくれ。
牛たちは洗われておらず、フンや泥まみれでした。娘は牛たちをお湯で丁寧に洗いました。餌を与え、乳をしぼり、小屋に戻ると婆さんに牛乳を持っていきました。
婆さんは家畜小屋に行くと、牛たちに尋ねました。
―新しい女中はどうだい、ちゃんと食べさせてくれたかい?
牛たちは言いました。
―丁寧に洗ってくれて、ご飯をくれて、暖かい飲み物もくれて、乳しぼりも丁寧だったよ。
婆さんは、丁寧な仕事に満足し、娘に食べ物や飲み物を与えました。
娘は尋ねました。
―次は何をすれば良いでしょう?
婆さんは言いました。
―サウナを暖めて、子どもたちをきれいに洗っておくれ。
彼女は行ってサウナを暖め、水を温め、ヴァッツァ(※)を準備しました。小屋へ戻ると言いました。
―おば様、サウナの準備ができました。
婆さんは白樺樹皮の容器にカエルの子どもやトカゲを入れて、言いました。
―この子どもたちを洗ってきておくれ。
娘は(サウナに)行くと、良い子たちだわ、と思いました。娘は子どもたちを1匹ずつ、清潔な水で洗い流すと、白樺樹皮の箱におさめました。子どもたちを小屋の婆さんのもとへ連れていき、かまどの近くに置きました。婆さんは子どもたちに尋ねました。
―ちゃんとサウナで良くしてくれたかい?
子どもたちは言いました。
―良くしてくれたよ。あなただって、こんなに僕らを丁寧に洗ってくれたことはないね。僕らをみんな1匹ずつ洗い流してくれたんだ。
婆さんは言いました。
―さあ、娘よ、もうお帰り。あたしんとこにはこれ以上仕事はないよ。
(婆さんは)娘に報酬として、2つの宝箱をくれました。娘は片方の手に1つの箱を、もう片方の手にもう1つを持って出発しました。向かう途中で、洗濯棒も見つけました。家に帰ってくると、なまくらハティッコが尋ねました。
―どこに行ってたの?
彼女は言いました。
―洗濯物をすすいでいたら、洗濯棒を落としちゃったの。それを探しに行っていたのよ。道に沿っていったら家に行きあたって、そこで女中をしていたの。この宝箱は報酬に頂いたのよ。
娘が宝箱を開けると、1つには金が、もう1つには絹織物が入っていました。
なまくらハティッコは、自分もそこへ行って同じような宝箱を報酬としてもらってこようという気になりました。彼女はわずかな洗濯物を洗い、すすぎに行くと、洗濯棒を穴から湖の底へ投げ込み、自分も追って飛びこみました。道沿いに進むと、姉妹がいたのと同じ家へ行きつきました。家では婆さんが尋ねました。
―どこから来たんだい、娘さん?
―あそこの上空の世界からです。仕事と食事を求めて来たんです。
婆さんは言いました。
―あたしんとこには仕事と食事があるよ。
(老婆は)娘に食べ物や飲み物を与えると、家畜小屋へ行くよう命じました。
―行って、牛たちに水をやり、乳をしぼってきておくれ。
娘は家畜小屋へ行きました。冷たい水を前に押しつけ、しっぽを、乳を、角を引きちぎり、さらに牛たちを罵りました。そうして家に戻りました。
―こちらが牛乳です、仕事は終わりましたよ!
婆さんは家畜小屋へ行くと、牛たちに尋ねました。
―女中はどうだったかい?
牛たちは、誰もが何かしらの害を受けていたので、痛みの中泣いていました。
婆さんは尋ねました。
―お前たち、何を泣いているんだい?
牛たちは言いました。
―女中は冷たい水を押しつけて、私たちみんなをしばらくの間苦しませるほどに痛めつけましたよ。
婆さんは家に戻ると、女中に言いました。
―サウナを暖めてきておくれ。
娘は(サウナへ)行くと、少しだけ暖め、煙が残ったままサウナ炉の蓋をバタンと閉めました。家に戻ると、婆さんに言いました。
―サウナの準備ができました!
婆さんは子どもたちを、カエルやトカゲたちを白樺樹皮の容器に入れると、サウナに入れてくるよう命じました。娘は子どもたちをサウナに連れていきました。サウナは煙で満ちていました。(娘は)カエルとトカゲたちを(別の)白樺容器にいっぺんに投げつけると、上から冷たい水をかけました。まったく暖かくなんてありません。(娘は子どもたちの)しっぽを、足を折り、目をえぐりました。子どもたちは泣き叫びました。婆さんは尋ねました。
―女中はどうだい、ちゃんとサウナに入れてくれたかい?
子どもたちは泣きながら、半分が殺されて、残りも痛めつけられたと言いました。
婆さんは言いました。
―もうお帰り。あたしんとこにはこれ以上仕事はないよ。
娘が出発するとき、婆さんは2つの宝箱をくれて、言いました。
―家に帰ったら、納屋の敷居でこれを開けるんだ。そうしたら、財宝でいっぱいになるよ。
こんなにも美しい宝箱に入った素敵なものを手に入れたことに満足しながら帰ると、納屋へ行きました。そうして宝箱を開けると、1つには火が、もう1つにはタールが入っていました。納屋に火が起こり燃え始めました。なまくらハティッコは、煙でタールのように真っ黒になってしまい、一生そんなような姿で過ごすことになりました。
これでおしまい。
※ヴァッツァ: 白樺の若木を束ねて作るサウナ箒。身体を叩いて血行を良くするために使われる。
単語
hätikkö [形] のろのろした, だらしない
virkku [形] きびきびした, 活発な, 素早い
huuhtuo [動] すすぎ洗う, 洗浄する
koukku [名] 鉤, フック, 火かき棒
ylä- [頭] 上の
asettua [動] 置く, 据える, 食事を出す, 安心させる, 調律する
šitta [名] 肥料, 糞尿
laittua [動] 準備する, 用意する, 服を着る
šammakko [名] カエル
valua [動] 注ぐ, 流す
kylpie [動] 蒸す,サウナに入れる, サウナで入浴者をヴァッツァでたたく
trähnie [動] 押しつける
kiskuo [動] 破る, 引き裂く, ちぎる, はぎ取る, 引き抜く
noituo [動] 魔法をかける, 呪う, 罵る
tuška [名] 痛み, 苦しみ, 深い悲しみ
vaivani [形] 病気の, 弱々しい
pačkata [動] 打つ, たたく, (ドシン・パタンと)音を立てる
pelti [名] ペチカの煙突につける蓋
出典
所蔵:ロシア科学アカデミー カレリア学術研究所(KarRC RAS)
採取地:カレヴァラ地区のアロヤルヴィ(ペトロザボーツクで録音)
採取年:1947年
AT 480 (旧AA 480A)
日本語出版物
確認中。
つぶやき
以前紹介した「 おじいさんの娘とシュオヤタルの娘」と同話型になります。旧番であるアールネ番号だと、バリエーションが分かれますが。
「 おじいさんの娘とシュオヤタルの娘」の場合は、優しさの恩返しとして動物たちが仕事を手伝ってくれたり、悪の手から守ってくれますが、今回のお話では、単純に主人公の仕事への向き合い方のみが評価されている点から、比較的古いバリエーションであると考えられています。
このバージョンはカレリアの口承伝統叙事詩、民話の語り手として著名なマリア・イヴァノヴァ・ミヘーエヴァ(Maria Ivanovna Mikheeva/Мария Ивановна Михеева;1884-1969)から採取されました。彼女はこのお話について、「祖母から聞いた。子どもたちに働いてもらいたいときに語り聞かせた。」と述べています。お話を聞いた子どもたちは、しっかりお手伝いしてくれたのでしょうかね。
ミヘーエヴァは詩や物語の創作にも長けており、著作物も残されています。
その分、彼女が語る民話にはオリジナルの創作部が含まれていることも多く、古くからの言い回し表現か、彼女の創作かは注意深く考察する必要があります。
2010年には、ロシア科学アカデミー カレリア学術研究所に所蔵されている、彼女が語った74の民話をまとめた「カレリア民話 - マリア・イヴァノヴァ・ミヘーエヴァのレパートリー」(N.F.オネギン編, KarRC RAS, 2010)が出版されており、カレリア語(ヴィエナ方言)、ロシア語の両方で楽しむことができます。