「娑婆は我慢の連続ですよ。でも、空は広いち言います。」生きるのは怖いしつらいし苦しいし。でも、広いんだよな
悲しくてあたたかくて、もう
人の一番になれないし、なりたいとも思わない。でもちょっと寂しい。本当に面倒
人が病めるとき、やっぱり気づけない。今までに気づけるタイミングあったんじゃないのかなって思うけど、もう戻れないし、キツい。ゆっくりたくさん休んで欲しい
自分でも、なんでわざわざ自分から大変と分かっているところに行こうとしているのか、わからん笑
明日も明後日も明明後日も楽しみなんて、死ぬのかな〜って思っちゃった
つまらない生活を捨てろ、っていいな。つまらない自分も捨てたい
なんか、自分に会いたいのではなくて、幼馴染という肩書きに、幼馴染という肩書きのヤツとあってる自分に、過去に好いてくれてたヤツに会いたがっているのだろうし、それに酔っている。
自分の代わりはいくらでもいる、と思うと肩の力抜けて助かることが多い。でもたまに、少しさびしくなる
悲劇と喜劇は紙一重
頑張っても頑張ってもお金貰えないなら、もう続けたくないな。他の人への影響半端ないし、後ろめたさしかないけど
元気がある時は「可愛い」らしい
自分の目指す先が、目標が、それに対して自分の実力が足りなさすぎる
余裕がなくなってくるとついつい自分の存在を消そうと、ため息つくように思っちゃうから良くないとは思う、けどガス抜きの意味もある訳で。
素敵な人の素敵なところを見るとその場は「すごい!」と感動するんだけれど、のちのちに自己卑下にちょっとなっちゃうのが、自分のプライドなのかなんなのか。うらやましい、と、ずるい、って気持ちがなんとなく近いのは、通ってる子どもたちをみててもすごく共感できる。
連絡していいかな……うずうず