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角っこの、本屋さん。

大阪は南船場のあたりに、お気に入りの本屋さんがある。

本屋自体は、それほど大きくは無い。むしろかなり小さい。道の角っこにあるその本屋さんは、アートブックや写真集、昔の雑誌などが、その小さい面積に所狭しと積まれている。お会計のカウンターの端まで、本がパズルのように上手に積まれており、真正面からしかお会計は出来ない。外には、2つ3つほどテーブルと椅子があり、カウンターから繋がっている小窓からは、コーヒーも出しているらしい。

一足踏み入れると、コーヒーの香り共に大好きな古本の匂いがした。そして届かないほどに積まれた本の数々。その空間に、私はわくわくして、好きなフォトグラファーであるlrving penn やPeter Lindbergh,Nick nightなどの写真を夢中で眺めていた。

すると本屋のおじさんが、「何か探している本はありますか」と話かけてきた。写真が好きで…特に、ファッション写真を眺めるのが好きなんです、と答えると、隙間なく積んである本の中から、私のお気に入りのフォトグラファーの写真集を、あらゆる所から引っ張り出してきてくれた。

さらに、「このフォトグラファーだったら、1970年ぐらいのVogue U.S.に載っててね、確かこの辺に…ほら、これ。めちゃカッコ良いよねぇ」と。どうやら、店に置いてある本は一つ残らず熟知しておられるらしい。本当に好きで、このお店をされているのだろう。


そのうちふらりと、文字通り英国紳士のような格好をしたおじさまが来店された。大きな指輪に、銀のステッキ。映画の中から飛び出してきたような風貌だった。本屋のおじさんに、何か新しいの、入ったかな とにこにこしながら尋ねていた。見るからに人当たりの良い、おじさまだった。そのおじさまは、紹介された最近の入荷品をちらっと眺めて、ほんの2.3分で帰ってしまった。「あの人、いつも本当にお洒落なんだよ。いつもふらっときて、ふらっと帰っていくんだけど。意外にも配達員の仕事してるらしいんだ」と教えてくれた。この本屋に来ることが楽しみの一つであるらしい。

次に来店してきたのは、ドレッドヘアに大きいリュックを背負った、ヒッピーのような格好をした青年だ。本屋のおじさんとの会話からするに、アーティスト活動をされているらしい。次に行う予定の展覧会のインスピレーション源を探しに来たようだった。本屋のおじさんに誰々の何の写真集のこれが云々だとか、色々尋ねながら本を眺めて暫く唸っていた。暫くしてから、ちょっと考えてまた来ます、と言って帰っていった。


私はかなり長居してしまった。持って帰る本を決めきれず、コーヒーを頼んで、本屋のおじさんと話をしていると、物好きな私が珍しかったらしく、特別なものを見せてくれた。

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ファッション界のレジェンド、Chanelのデザイナーだったことでも有名な、カールラガーフェルド。これ、なんと、本人が書いたらしい!当時の写真なども見せてくれた。これは、本当に貴重すぎる…その時は亡くなった後すぐだったので、余計感情が昂ってしまい、震えながら写真を撮らせて頂いたのだった。




暫く時が経ち、先日もう一度角っこの本屋さんを訪ねた。最初に訪問した際は、小一時間ほど居座って2人しか来店していなかったので、細々と営まれている印象だったのだが、なんとその日は、大盛況だった。


すぐ外のテーブルには、この前のヒッピー青年が座っていた。(同じ頭とリュックだったので、すぐ分かった)百科事典ほどもある分厚い写真集やアートブックを10冊ほど積んで読み耽っていたが、よしっ、といった表情で立ち上がると、なんと全て購入していた。本屋のおじさんがお会計しながら、「6月の東京の展覧会、無事開催されると良いね」と言っていた。私も心の中で、無事開催されて成功しますように、と祈った。


そして店内には、20歳前後の女の子2人組がいた。服飾専門学校に通っているらしい。本屋のおじさんに、私たちのZINE置いて下さい!利益も何も要らないので!と頼んでいた。おじさんは、「んー。場所もなくて管理も難しいから、そういうのはやってないんだよなぁ…。チラシみたいなのだったら、置けるんだけど…」というとすかさず、チラシもあります!!と、カバンから大量に出して渡していた。丁寧に受け取った後、おじさんは女の子たちに、今置いているチラシの紹介を始めた。映画好きの25歳が監督したデビュー作の広告だったり、新進気鋭のデザイナーの展示会の広告などなど。すべて知り合いやお客さんらしい。それを聞いた女の子達は、闘志を抱いたのか、猛烈な勢いで店の本を読み漁り始めた。本のパズルのように積まれていたのが崩れて、違う場所に別のパズルの山が出来ていた。おじさんと私で崩れないように密かに片付けたりしながら、忘れかけていた情熱を思い出させてくれるような、そんな気分になった。


その後も沢山のお客さんが来て、本屋のおじさんと話をしたり、本を眺めたりして、帰っていった。とても混雑していたので、次の休みにまた来ます、とおじさんに言うと、「好きな誰々の写真集は、たぶん倉庫にあるからそれまでに探して出しておくね」と言ってくれた。






今日もきっとこんな調子で、あの角っこの本屋さんは営んでおられることだろう。きっと、誰かの心の拠り所になったり、あるいは暮らしを豊かにしたり、そして少しばかり、夢の手助けをしたりするのだ。小さい本屋さんだけど、その小さな空間の中に沢山の人の想いが詰まっている気がした。この、角っこの本屋さんのように小さな世界で良い、誰かの想いに寄り添ったり、夢の手助けをしたりすることがいつか出来たなら、もしかしたら、最高に幸せかも知れないと、そんな事を思ったのだった。




#本 #大阪 #日記 #エッセイ #日常  

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