百葉箱の音をずっと求めている

トラウマケアを進めることで、高校時代のトラウマ体験とある程度折り合いがつけれるようになったからなのか、記憶の詰まりとなっていた大きな岩が取り除かれて、川が流れるように、過去のことを想起できるようになってきた。

自分のことなのに、ここまで私は過去を失っていたのか、と正直愕然とする。

それまで、私の過去はいまよりもっと、ぼんやりと霞みがかっていた。

特に、これは今もだし、私はたぶんこのままこの時代の記憶には全力で蓋をしたいと思っているんだけど、高校時代の数年間は、記憶に検索をかけることそのものが難しい。グーグルの検索バーに記憶の検索をかけようとしても、PC自体がシャットダウンしてしまう感覚だ。

トラウマ記憶というのは実に厄介で、フラッシュバックのときは、記憶は生々しいほどに迫ってきて、イメージの渦に私を飲み込むくせに、そうでもないとき自分から記憶にアクセスすることが難しい。というか、そんな危険なことは私は今後するべきじゃないと今は思っているけど。

とにかく、人格が統合されてから、フラッシュバックの頻度が劇的に減って、高校以前の出来事や自分の感情、過去の記憶について、どんどん思い出したり、いまの自分と過去の自分とのつながりを洞察することができ始めている。

たぶん、私の記憶は音と結びつきが強いんだと思う。

私の一番好きな音、と記憶の中を探ると、百葉箱が出てくる。

小学校の正門のところに佇んでいた、あの白い箱。

小学生1、2年の頃だった。朝夕、百葉箱の音を聞きにいくのが私の日課だった。

とん、とん、とん、とん、

百葉箱からは、いつも同じ音がした。

柔らかくくぐもった、木系の、よく耳を澄まさないと聴こえないくらい小さな、あの、心地の良い音。

そう、実際に私は、あの小さな音をもっとよく聴くために、百葉箱のある少し小高い場所によじ登って、百葉箱そのものに耳をくっつけたりしていた。

百葉箱の扉の隙間からうっすら見える中には、カクッとした機械が置いてあった。

なるほど、あれから音がしてるんだな。きっとそうだ。

いつも、この心地の良い音の出所を探っていたのを思い出す。

なんというか、胎児が母親の子宮内で聞いている母親の心臓の音ってこんな感じじゃないのかな。

心臓ほど速くはないか、、、。うん、全然、そんなに速くない。

とん、とん、とん、とん

速くはないけど、、一定なのだ。そう、心臓の音のように、一定。

百葉箱の音は、本当に良い音がした。

今思い出してもうっとりする。

春も夏も秋も冬も、朝も夕方も、晴れの日も雨の日も曇りの日も雪の日も。それこそ、雷の日も台風の日だって。

いつだって百葉箱からは、

とん、とん、とん、とん

と優しくて、丸いおとがしてるのだ。

ずっと、この音を求めているんだと思う。

夫から、かなり似た、ほとんど同じ音がする。

だからこの人と結婚したんだろう。

あの時期、家庭環境が難しかった。

父はうつ病で、リビングにしかれた布団の中に丸くなって泣いていた。

姉は小学校でいじめにあって、いつも、溺れるようなもがくような音がした。

祖父の闘病もあったし、母から聞こえる音は、いま思い出しても、頭が痛くなる。

たぶん人間が知覚できる一番高い音域じゃないだろうか。

キーン、と張り詰めた音が母の周りを包み込んでいた。母はどうしてもそこから抜け出せないようだった。

家中の音がいまにも崩れ落ちそうに軋んでいて、この数十秒をなんとか持たせるのが精一杯、そんなかんじの、音がしていた。

だからだと思う。

百葉箱の、あの安定した、今日も明日も明後日も、きっと私が卒業してからも、ずっと続くであろう、生命を保ってくれる心臓と同じくらい自然に、ただそこにある、あの音。

私があの音をあの時代に必要としたのは、吹けば倒れるほど不安定なあの軋みの音とは正反対の安定的な音がしたからだろう。

音を頼りに自分の過去を振り返ると、自然に泣けてくる。

変な方法だろうけど、たぶん、私はこうやって私なりの方法でトラウマケアを続けた方が良さそうだ。


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