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三日月。

「本読み終わってね、ネット検索してみたの」
学校帰りの息子に話しかけた。息子はハーゲンダッツを食べ、アイパッドでネットサーフィンをしている。
「そしたら映画化されてたの。ドラマ化も。でもね、どちらも、髪型がショートカットで、なんか違うかなって。本には髪型の記述はなかったのかもしれない。でも自分の中の彼女は、ストレートのセミロングだったの。」
そう、あの時の梅澤梨花は「自分で決められない人」だったから。流されて、何かチクリとしても深く考えず、忘れて行ってしまうような。
今日読み終えた本は、「紙の月」角田光代著だ。

「ラストが近づくにつれ、こわかったよ。ばれる、ばれるって。こわくてたまらなかった。」
「それって本でしょ」
息子はあきれた顔で言う。
「だけど、読んでるときは自分だったから。」
「川を渡ればね、逃げられたのかもしれない。逃げて欲しかったな。」

主人公の梅澤梨花ほか、友達やその娘など、みんなそれぞれ「お金」に執着している。
裕福な家庭環境で育ち、金に困るような思いなんかしてこなかったはずなのに、それだからなのか、それとも変わってしまったのか。

「店員に化粧品すすめられるまま買おうとしたとき、金額が6万円だったの。でもお財布に5万円しか入っていないからと、1万円分減らしてもらったときは、ほっとしたよ。ああ、ちゃんとした人だって。でもね、実際はお財布に2千円しか入ってなくて、かばんに入っていた客の金を使ってしまうの。」
「梨花の友達なんてね、時間合わせのために入ったデパートでサンダルを買ってね、それがまた、6万円だよ。しかもリボ払い。もう地獄だよ」

見栄のために服や靴やバックを毎月のように買っていた時期があった。店員にすすめられるまま、似合いもしない服を買っていた。息子が欲しがるコレクション用のミニカーを、買ってあげないとかわいそうだと、息子が望むまま何台も何台も買っていた時期があった。離婚して離れて暮らす父を「服を買ってくれる人」と思っていた時期もあった。
ああ、自分だ。梨花も友達の亜紀もその娘の沙織も、梨花の元彼の妻、牧子も。みんな自分だ。いつか一線を越えてしまいそうになったとき、踏みとどまれるだろうか。

散歩をせがむ犬と外に出ると、夜空には、ほそいほそい三日月が浮かんでいた。こんな月を見ていたのだろうか。

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