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不妊治療【近道はシンプルに考えること】

今回私が不妊治療で体験した内容を
お伝えする事で現在治療を頑張っている
方への手がかりになれば嬉しいです。

不妊の原因を知り不安になりパニック障害に。
他人の幸せを喜べなくなって自己嫌悪。
仕事と治療でストレス過多。
心も体もズタボロだったけど色んな事を
やめたことで楽になり妊娠に繋がった
経験をお話しをします。

私の不妊治療期間は約2年。
ただ上の子が産まれるまでの期間です。
下の子のは凍結していた卵を体に戻す
過程からだったのでプラス半年です。

不妊治療を始めたのは2015年。
ブライダルチェックの血液検査で
プロラクチンの数値が高く、(70くらい)
まず脳外科でMRIを撮って来てくださいと
言われました。
え?脳外科?思ってもいない展開でした。

診断は下垂体に血液か水の塊がありますね。
薬を飲んでても画像に変化がないから
産まれつきかもしれないと言われました。

病名は高プロラクチン血症↓
血液中のプロラクチン濃度が異常に高くなる病気です。プロラクチンは脳の下垂体で作られる授乳のためのホルモンで、妊娠中や授乳期に多く分泌される。

薬を服用してホルモンの分泌を抑えながら
さあ不妊治療始まり!なんて思ってた矢先
クリニックが倒産。

当時産婦人科として人気あった
クリニックで不妊治療科が新たに加わった
タイミングでした。倒産の理由は
中絶手術された方がお亡くなりに
なられたということ。
当時ニュースになっていて不安になっていましたがしばらく私は通っていました。
理由は担当してくれていた先生が
大学病院から来ていた非常勤の
S先生を信頼していたからです。
私の場合子宮に到達する入り口が少し
曲がってる?ようで検査の時に
子宮口に管を入れられない先生が
何人かいだのですが、S先生は体に
ダメージも与えずすぐに処置が
終わったためです。

クリニックでS先生にニュースになった件を
伺いました。
当時日本で中絶手術をする為の免許は
存在していたが免許を持っている先生は
全国にかなり少なかった。
ルールとして資格を持っている人が
クリニックや病院にいれば他の先生でも
手術ができていたそう。
S先生は医療現場の状況や情報を
医師会などが発信してくれないと我々は
報われないとおっしょっていました。
どんな手術でもリスクはある為
医療事故なのか判断する事は難しく、
その時点でもなぜお亡くなりになられたのかは
分かっていないと聞きました。
しかししばらくしてクリニックが
閉院するこことが決まり私はS先生に
治療をしてほしいとお願いして
大学病院へ転院することになりました。

続く…

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