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[短編小説]祭りが終わればⅢ 〜あの日の答え 夏〜

     〜やっと来た夏休み〜

 何も変わらない。いつもの夏休み…ある意味安心できて、ある意味つまらない…いつもの夏休みを満喫していた。

 軽井沢から帰って来て、部活も休みで、特に出かける事もしないで数日が過ぎた。
 帰って来た翌日、由紀のお父さんの職場の近くでお父さんと会い、鍵を返した。昨日帰ったはずの娘からではなく、僕から返した事には何も触れなかった。
「ありがとうございました」
「あー、どうだった?楽しめた?」
「えぇ、星空もリスも堪能出来ました」
「それは良かった。もし良かったらまた言って」
「ありがとうございます。失礼します」
「うん、気を付けて」
当たり前のように、娘は父親に何も話してないと思われた。まぁ、話すのも変な事か…。

 僕は時間を持て余していた。予定も特に無く、
恋人も特に仲の良い友達もいない高校生なら、こんなものなのかもしれないな。僕は家の中で一人つけっぱなしのテレビを眺めながら、たまに来るメールに反応するだけだった。もちろんあの4人からメールは来なかった。

 ひま?

突然メールが届いた。とてつもなく端的なメールだった。送信してきたのは、バスケ部女子のキャプテンだった…。

 ひま、だけど…

 ランチ行こ

いろんな返事が頭の中を駆け巡った。気になる事も同じくらい駆け巡って…

 いいよ

多分一番シンプルな返事をした。

 駅前で待ち合わせた。そこに着くまで、僕は何も考えないでいた。その内、彼女が人の波に流れるように駅から出て来た。
「お待たせ。良かった暇で」
「嫌味か?機嫌でも悪いのか?」
「うんうん!違うよ。私と同じような人が、案外
 傍にいた…っていう…安心感みたいなもの」
「暇なんだ…」
夏の大会前直前に、片想いしていた奴に、想いを告げたまでは知っていたが、結果は聞いてなかった。男子の応援に来た時に話があるのかと思ったら、何もなく、その後は僕が軽井沢に行く事で、連絡さえとっていなかった為だ。
「暇で悪い?」
「そんな事ないよ。俺も暇なんだから…。ここ
 までの休みはどっか遊び行った?」
「どこも行ってない。来週からおじいちゃん家に
 行くけど…」
「へぇ…」
ここまで聞けば、『告白』の話はしない方が良いことは想像がつく。
「何食べる?」
「何にする?」
歩きながら、よく聞く会話をしながら、入れそうな店を探した。ふと、一件のパスタ店を思い出した。
「パスタどう?」
「いいよ。おススメあるの?」
「あぁ、もう何十年とやってる店がある」
「へぇ、いいじゃんそこで」

 店は混んでいたが、窓際の席に入る事が出来た。注文して料理を待つ間、軽井沢での話になったが、僕は由紀のお父さんと星空とリスの話だけをして、他の事は一切触れなかった。彼女も察したようで、それ以上の事は聞いてこなかった。
届いた料理を食べながら、他愛もない話をしながら、ふと窓の外に目をやった。見覚えのあるカップルが目に飛び込んできた。由と悠真だった。
「あっ!」
僕は何故か、思わず声が出た。
「何?急に」
「あっ、ごめん。あれ」
僕は窓の外にいる2人を指差した。
「ん?あー、あの2人…。」
彼女はよく見る光景かのような口調だった。
「基本的に2人でいるみたいね。まぁ…仲が良い
 のは良いことでしょ」
「ふーん」
自分で2人を見つけて、自分でこの話を始めたのに、それ以上の興味は無かった。その事を彼女も悟ったように、彼女から話を変えた。

 店を出て、少しの間2人で歩った。何か目的がある訳ではないが、2人とも急いで帰る必要もないから…気が向くままに店に立ち寄り、出てはまた立ち寄る。それをただ繰り返していた。気が付けば、夕方近くになっていた。
「じゃ、そろそろ帰ろうかな?」
彼女が時計を見ながら言った。
「そっ、じゃ駅まで送るよ」
「うん」
わざわざ、『送る』というまでの事ではないが、流れ的に出た言葉だった。その時、ポケットの中の携帯がメールを着信したようだった。僕は敢えて確認もしなかった。

     〜メールと電話と〜

 駅に着いて、彼女と別れた。僕は彼女の気を紛らす事は出来ただろうか?多分彼女はその為に、僕を呼び出したのだから。更に言えば、また彼女も僕の気を紛らす為に呼び出したに違いないのだから。いろんな事を考えながら、急ぐ事なく家路についた。

 家に戻り、自分の部屋で携帯をベッドの上に、投げるように置いて、ベッドに倒れ込んだ。
至って普段通りの行動だった。携帯がメールが届いている事を知らせていた。携帯を手に取り確認する。僕はそのメールの送信者の名前を見て、驚いた。由紀だった…。

 大丈夫だよね。
 私にはあなたがいてくれるもんね。

それだけだった。何の事を言ってるのか?何かあったのか?重信とケンカでもしたのか?返事に困り、何も返さずにいた。軽井沢に行く前なら、返信したか、電話をしたか、したかもしれないが、
そんな状況でない事は由紀も承知の上で…。ただその状態を承知で、このメールを送って来たとすると…気にならないわけでもなかったが、電話でなくメールだったから、何もアクションを起こさないでいたのかもしれない。

 ある意味夏休みらしい夏休みを満喫しながらも夏らしい景色を横目に適当な毎日が過ぎていく。ある意味『高校生らしい』かもしれない。
 その日は朝から暑くて、やっぱり何もする気になれず、ただ暇を持て余していた。午後2時を回った頃、突然携帯が鳴った。普段、電話はほとんど無いので驚きながら着信画面に目を向けた。由紀からだった。先日のメールが頭をよぎりながら電話に出た。
「もしもし…」
「もしもし…ごめんね…家にすぐ来られる?」
今にも泣き出しそうな声を絞り出すように…。
「何か…わかったよ。すぐに行くよ。」
理由を聞こうと思ったが、電話口で泣かれても、どうにもならないと思い、行くことにした。
「ごめんね。あなたしか頼れなくて…」
「大丈夫だよ。気にしなくていいよ」
それだけ言って電話を切った。
 由紀の家に行くにはバスが一番早いと思った。
家を出てバス停までの間、いろんな想像をしたが
これだ!という答えは出なかった。バス停に着くと、間も無くバスが来た。由紀の家の近くのバス停までおよそ30分…過去の記憶が蘇る。

      〜あの日…〜

 あれは、去年のクリスマスイブ。まだ5人でつるむようになる前の話、その頃すでに由とは仲良くしていて由紀がそこに加わって、少し経った頃だ。黒髪ストレートロングがとても似合って、誰とでもすぐに仲良くなれる程、気遣いの出来る…
そんな印象だった。12月になり、クリスマスが近づいてきたある日3人でなんとなく集まって話していた。
「もうすぐクリスマスだって」
「何かするの?」
「えー、特に予定ないし、一緒にいたい彼氏も
 いないし、いつも通りの家族で…って感じか
 な?」
「私も一緒」
「皆んな一緒だな」
「ねぇ、クリスマスプレゼント、何か欲しいもの
 ある?家族からとか友達からとかじゃなくて、
 恋人から欲しいもの」
「んー、俺は特に無いかなぁ」
「私も特に…その時になったらあるかもしれ
 ないけど…。由紀は?」
「私はあるよ。クリスマスって訳じゃないけど、
 一度は貰ってみたいもの」
「何?」
「花束」
「花束って普通に貰えそうじゃない?」
「違うの!ただの花束じゃなくて、かすみ草だけ
 の両手いっぱいの花束、赤い大きなリボンの
 付いたやつ」
「いいけど…そんなプレゼントくれる男、いない
 でしょ」
「うーん、なかなか男には思い付かないかも」
「だーかーら、貰ってみたいの。私みたいな女に
 でも一生に一回くらいくれるような人が居ても
 いいかなぁ…って」
「ふーん」
なんて会話があった。

 クリスマスイブの日、僕は由紀に一通のメールを送った。

 今日の夕方、時間ある?
 ちょっとでいいから会いたいんだけど

ただそれだけだった。返事が来なければそれでいいと思っていた。ただ、彼女の性格からして、何の返事もないとは思えなかった。思った通りすぐに返事が届いた。

 うん。いいけど、今日ピアノの日なんだ。
 5時迄だけど、それが終わった後なら

彼女らしい優しい返事だった。彼女の通うピアノ教室の場所は知っていた。

 ありがとう。
 じゃあ5時にピアノ教室の前で

 わかった。待ってるね

何か察したのか、何も考えてないのか、わからない彼女らしい一言だった。

 僕はバスの時間を確認し、それまでにしなければならない事に取り掛かった。いつもとは違うバス停から乗る為だった。バスの時間が迫る中、僕は一軒の花屋に立ち寄った。
「いらっしゃいませ」
「あっ、すいません。先日花束を予約した者です
 が…」
「はい、お待ちしておりました」
そういうと店員さんは、店の奥のケースから、一つの花束を出してきた。
「こちらですね」
僕は圧倒されて、声が一瞬出なかった。
「すごいですよね。私もこの仕事始めて、初めて
 作らせて頂きました。見たのも初めてです」
そういうと、店員さんは花束を包んでいた紙を
淡いピンクの紙と真っ赤なリボンを掛けて…受け取った僕は圧倒された。目の前に持ってくれば、視界全てがかすみ草だけになる。大きく真っ赤なリボンが存在感を失うくらいだった。
「羨ましいです」
「えっ?」
「こんな花束を貰えるなんて、人生二度は無い事
 だと思いますよ」
「そうですか?」
「そうですよ。素敵です」
お会計をすると、店員さんが
「申し訳ございません。言われていた金額通りに
 は、かすみ草が集められなくて、こちらの金額
 になります」
「あっ、大丈夫ですよ。これだけ大きくなれば、
 無理聞いて頂いてこちらこそありがとうござい  
 ます」
そう言いながら僕は歩き出した。店の入り口まで店員さんは見送ってくれた。

 店から出たら、もう空は暗くなり始めていた。
街はクリスマスの灯りに埋められて、眩いばかりだった。バス停は歩いてすぐのところにある、そこまで歩いていると、視線を痛いほどに感じていた。当たり前のことかもしれない、高校生かどうかは関係なく、クリスマスの日に花束を持っていることはさほど珍しくないが、注目の的はその高校生の胸元に収まっている花束だった。行き交う中に「すごい」「わぁ」「可愛い」いろんな声が聞こえて、そこ視線と声はバスに乗っても止むことは無かった。恥ずかしいのを抑えながら、由紀の通うピアノ教室の近くのバス停に着いた。

 ピアノ教室はバス停からすぐの信号を渡ればすぐにある。信号は赤だった。信号を待ちながら、さっき降りたバスが目の前を通り過ぎていく。
ピアノの教室の前に由紀の姿はまだ見えなかった。信号待ちの間、花束を隠すのをやめた。隠れ切るわけがないから、その代わり精一杯カッコ付けてみた…。信号が青になった瞬間、由紀がピアノ教室から出てくるのが見えた。クリスマスのせいか?僕の気持ちのせいか?由紀がいつもより大人に見えた。

 由紀を真っ直ぐに見つめたまま、信号を渡り切ると、由紀がこちらを見て、僕に気付いた。彼女は何も言わず、びっくりしている事だけが伝わってきた。彼女のところに着く。
「ごめん、呼び出して」
「うんうん、大丈夫…」
彼女は花束を見る事なく、僕の顔を真っ直ぐに見ていた。
「ちょっと公園…いいかなぁ」
「あっ…うん」
いつも話しているようには、お互い話せなかった。いや、僕が普段と違うから、彼女も戸惑っているのかもしれない。ピアノ教室の隣の公園は誰もいなかった。
5時とはいえ、12月の空は暗かった夕暮れと夜の間のその空は紫色に染まっていた。
「ごめんね」
「うんうんいいけど…」
ちょうど公園の照明に照らされて、かすみ草が輝いていた。
「これ…この前人生で一回くらい貰ってみたい…
 って言ってた…」
「うん…」
「もしかしたら…この先の由紀の人生で貰えるか
 もしれないけど…俺が初めてプレゼント出来
 たらいいかな…って思って…」
「うん…」
「良かったら…恋人として…一緒にいてくれない
 かなぁ…」
そう言いながら僕は花束を彼女の胸元に差し出した。彼女は戸惑いながら、花束を受け取り、
「あっ…ありがとう…」
僕はただ頷くだけで
「少し考えさせてもらえるかなぁ…」
「えっ?それって…やっぱり…」
「うんうん。違うよ。本当に考えたいの…その
 時間が欲しいだけ…」
彼女は僕の顔を見上げて、少し微笑んでくれていた。僕の目には花束より美しく見えた。
「わかった…うん…」
それだけしか出てこなかった。
「ねぇ…返事…が出るまで、話さないっていう
 のはダメだからね。あなたのことだから、
 きっと離れるんじゃないかと思うけど…それは
 ダメ!今まで通りの中で考えさせて」
「わかった…」
彼女がいつもの笑顔に戻った。30分位話したろうか…空はすっかり暗くなり、星が輝いていた。
寒そうにした由紀に、
「ごめん…こんなところで寒いよね」
「うんうん大丈夫。でもそろそろ帰ろうかな?」
「うん、自転車?」
「うんうん歩き」
「そっか送らせてもらえるかなぁ」
「あなたらしい言い方。お願いしようかな?」
「あー」
2人で公園を出て歩き出した。由紀は花束を見つめながら…
「ねぇ…この花束持ってバスに乗って来たの?」
「あー、そうだけど」
「皆んなに見られたでしょ?」
「花屋を出たところから…ずっと」
「恥ずかしくなかった?」
「イイ男になったつもりでいたからな!」
由紀が笑う。
「それに、由紀の為の花束だと思ってたら、
 恥ずかしいとかなくなってた」
由紀は少し照れた顔をして
「ありがとうございます。わたし…そんなイイ女
 じゃないよ」
と言いながら、花束に顔を埋めた。
由紀の家の前に着いた。
「ありがとう…送ってくれて」
「うんうん」
「花束もありがとう…」
「うんうん」
「気をつけて帰ってね」
「あー」
「ふっ!」
「ん?」
「この花束…持って入ったら家族になんて言わ
 れるかと思うと…笑っちゃって…」
「そっか…」
「じゃ…帰るね」
「うん…じゃあね」
由紀の笑顔はいつもの笑顔になっていた。

 あの日から今日に至るまで、あの告白の返事はないままだった。そしてあのクリスマスイブの出来事は2人以外誰も知らなかった。窓の外にピアノ教室を見つめながら、何も変わらない景色に、あの日の姿を探していた。

      〜それぞれの沈黙〜

 バスが彼女の家の最寄りのバス停に着いた。僕は突然、現実に戻されたような感覚だった。バスを降りて、彼女の家の前、庭で彼女のお母さんが何やら庭仕事をしていた。
「こんにちは」
お母さんの後ろから声を掛けた。お母さんが振り向いて、
「あっ、こんにちは…あの子部屋にいるよ。階段
 上がって、一番奥の部屋だから…」
「あっ!ありがとうございます」

 この会話が部屋にいる由紀に聞こえていたようだった。玄関を開けると、由紀が立っていた。今にも泣き出しそうな顔で、何も言わずに…玄関が閉まる。それと同時に由紀が僕の胸へ飛び込んできた。彼女は声を押し殺すように、泣いていた。僕は状況が全くわからないままだった。
「ごめんね…お願い…私の傍にいて…」
彼女はそれしか言わなかった…。でも僕は彼女を抱きしめながら…
「うん…わかったよ」
玄関の傍に重信の自転車があった事はわかった。
という事は、重信と何かあって、尚且つ重信はまだ部屋にいるということ。原因は僕だということ。引鉄はきっと…軽井沢での出来事。僕からすればくだらない出来事だが、重信の立場からしたら許せない事か…?…。

 由紀は僕にしがみつくように、階段を上がった。部屋の前、一度止まって由紀が僕の顔を見た。小さく頷く。僕は彼女そっと抱き寄せた。そして彼女が扉を開けた…。高校生の女の子にしては、派手過ぎない部屋だった。テーブル・イス・ベッド、家具は淡いピンクと白を基調として、後はナチュラルなウッド調でまとめられでいた。扉が閉まり、部屋全体を見渡せた。テーブルの向こう側のイスに座って下を向いたままの重信がいた。由紀は更に一層強く僕の手を握り、ベッドに座り込んだ。僕の顔を見つめながら…。多分…
いやっ、絶対扉が閉まる瞬間に重信は僕の姿を見つけ、睨み付けたはずだ。証拠とかは無いけど、
状況から考えて、男ならそうするはずだと思えたから。怒りに任せて、怒鳴り出さないのは、重信の性格なのか?それともここまでの話で僕が来ることを知っていたのか。知っていたとして、僕がここに来る事をよく了承したな、と思う。もしくは全く知らなかったという事も考えられるか?と僕は頭の中で、いろんな状況を推測していた。
 誰も口を開く事もなく、ただ沈黙が続いた。時折お母さんが、庭仕事している音と夏の蝉の声が響いていた。由紀も重信も俯いたままだった。僕はどこを見る事なく、いわゆる宙を見ていた。僕には状況が分からない為、何も言う事は出来ないでいた。そもそも、僕を呼んだのは、由紀なのか?重信なのか?それすら分からないが、僕にはただ『ここにいる』事しか出来なかった。

 実際は多分5分くらいなんだと思う時間が、とてつもなく長い…まるで永遠かのような時間だった。ふと、重信が立ち上がった。部屋の扉まで行き、振り返る。
「ちょっと…最後…いいかな…」
僕に言って無い事はわかった。更に由紀の手が僕の手を強く握り、小刻み震えていた。僕は彼女の背中そっと撫でた。すると由紀は徐に立ち上がり歩き出した…届く限り僕の手を握ったまま…
そして2人が扉から出ていった。扉は閉められたが、扉の向こうに2人がいるのはわかった。僕はベッドに座ったまま…次に起こるであろうアクションを待っていた。ほんの少し…5分も経たず、由紀の声が聞こえた。それは少し力んだ声で
「ヤダ!」
その声から一瞬間をおいて、勢いに任せた足音が聞こえた。玄関が開く音、自転車が動き出す音。
全てが怒りに任せている音だった。
 そして僕は扉を開けた。そこには声を殺して泣いている由紀が立っていた。彼女を抱き寄せ、部屋の中に引き入れ抱きしめた。彼女は泣きたいだけ泣いていた。きっと…泣きたいのは重信の方だと思う状況だった。それでも彼女は泣いていた。
「…わ…しが………の」
「…の」
全然言葉にならなかったけど…言いたい事はわかった。優しすぎる故に相手を傷付けてしまったのだ。その中で耐えられない程弱い自分がいて…
それを僕にぶつけるしかなかった。自分の選択が間違っていたのか…。わからないまま…
「由紀は悪くなんかないよ」
僕は少し間を空けたが、由紀は黙っていたので
「誰が悪いんじゃなくて…ただこうなったって
 いう事実があっただけだよ」
由紀はただ泣いていた。
どの位の時間が経ったのかはわからなかったが、窓の外が暗くなったのはわかった。由紀はその間ずっと泣いていた。泣き疲れて眠ってもなお、啜り泣いていた。いつのまにか、由紀は僕の膝を枕に深い眠りについていた。僕の手を強く握ったまま…。

       〜あの日の答え〜

 突然部屋の扉をノックする音がした。
「はい…」
僕は返事をした。
「開けるね」
「はい」
お母さんが扉を開けて、自分の娘の姿を見ながら
「やっぱり寝ちゃってたの…」
「えぇ」
「何があったかは知らないけど…この子の様子を
 見てれば分かるんだよ。親だからね。もう高校
 生だから…これくらいの事はあって当たり前な
 んだろうけど…相手があなたならこの子はここ
 までにならなかったのかな?って…思った
 だけ、だって子供の頃みたい寝てるんだもの。
 よっぽどあなたのところで寝てるのが安心する
 んだよ。なんで違ったのかなぁ。まぁいろいろ
 あるよね。高校生だもんね」
と話しながら部屋の中の一点を見ていた。その方向を僕も見た。部屋の隅赤いリボンで飾られたドライフラワーがあった。
「由紀ね、あの日かすみ草だけの花束を、
 とっても嬉しそうに持って帰って来たの」
あのクリスマスの事だとすぐにわかった。
「嬉しそうに、自慢気にリビングに持って入って
 きた。お父さんはちょっと複雑そうな顔してた
 けど…」
少し笑いが出た。
「その後、由紀が私のところに花束を持って来て
 自慢されるのかと思ったら、楽しそうな顔で、「ドライフラワーってどうやるの?」だって、
 ビックリしたけど…真剣にドライフラワーを
 作ってたのよ。このドライフラワーはその時
 の花の一部なのよ」
僕は少し照れ臭かった。
「その後、この子あなたの事を話してた。お父
 さんも興味深そうに聞いてたのよ。でも後で
 由紀がいないところでお父さんにあなたの事
 どう思ったか聞いてみたら…。「由紀があんな
 に楽しそうに話すんだから、いい奴なんだろ」   
 だって」
やっぱり照れ臭かった。
「あっ!全く私は何を話してるんだか…。ねぇ
 ご飯食べて行くでしょ」
と僕の方を見たお母さんが
「っていうか、その状態じゃ動けないもんね。
 お父さんも遅くなるっていうから…食べ
 てって。出来たら持って来るから…ね」
そういうと、お母さんは部屋を出ていった。

 それから1時間くらい経っただろうか。やっと由紀が目を覚ました。
「おはよう」
僕は少し戯けて声を掛けた。由紀は照れ臭そうな笑顔で、僕の膝に顔を埋めた。
「ごめんね…」
「何が?」
「えっ?だって…」
「何も気にしなくていいよ。それより大切にして
 くれてありがとう」
「ん?」
由紀はゆっくりと顔を上げて、僕の視線を追った
その先には、あのドライフラワーがあった。
「あれ?気付いたんだ」
「お母さんが教えてくれた」
「お母さん?えっ?待って」
由紀は慌てて携帯で時間を確認した。
「えっ?もうこんな時間!私そんな寝てたの?」
「そうだね」
「ごめん、帰らなきゃ…だよね」
「別に大丈夫だよ。それにお母さんがご飯食べ
 ていけって」
「えっ?お母さん…いつ…」
今度は由紀が状況を掴めなくなっていた。
「えっ…ご飯…???」
「落ち着いて…」
僕は彼女の手を握り、彼女が寝ている間にあった事を話した。
「全く、人が寝ている間に親が高校生の娘の
 恋愛に口出すかなぁ」
「まぁ口出すまでは言って無いと思うけど…
 優しいお母さんだよ。ちゃんと由紀のお母
 さんだよね」
「ねぇ、ご飯出来たら持って来るって?」
「うん、そう言ってたよ」
「様子見てこようかなぁ」
由紀はまるで独り言のように言ったので
「うん、いいとは思うけど、顔ちょっと大変な
 事になってるよ」
「顔?」
と言いながら鏡を見た。
「うわー」
由紀が声を上げてビックリした。
「泣いたから顔が腫れたんだね。痛くない?」
「うん、大丈夫…だと思う。とりあえず顔洗って 
 くるね」
「うん」
由紀は静かに部屋を出ていった。
真夏の夕方の空は、まだ、どこまでも青かった。
今日の出来事は考えようとしても、僕には無理だという事に気がついた。だから…事実だけを受け入れるしかない。この空のようにどこまでも澄んだ気持ちで。
 扉が開き、由紀が戻ってきた。顔にパックをしていた。
「ビックリした〜」
「あっ、ごめん。あまりに酷いから、お母さんにパック貰ってきた」
「そっ、それは良かった。お母さんに…何か言わ 
 れた?」
「ん?あー見て見ぬ振りって感じかなぁ、来て
 貰って良かった」
「ん?」
「あの花束の効果!」
「ん?」
「あの花束を貰って喜んだのは、私だけじゃ
 ない。って事」
「えっ?なんで」
「だってあのかすみ草、私のところに残ったの
 半分だもん。残り半分はお母さんとお姉ちゃん
 で分けたんだから…」
「そうだったんだ」
そういうと彼女は突然俯いた。
「ん?どうかした?」
「ごめんね。あのクリスマスの日、ちゃんとあなたに返事をしていれば、きっと今日みたいな日は来なかったんだよね」
「そうだね。でも、もっと酷かった日だったかも
 しれないし、何もない平和な日だったかもしれ
 ないし、分からないよ。それにあの日の答えが
 なかったから、今日、由紀が俺に連絡してくれ
 たんだから…ね」
「話した方がいいよね…」
彼女は俯いたまま続けようとした。
「いいよ!」
「えっ?」
「話さなくていいよ。辛いだけでしょ」
「うん」
「それに、その顔で話されても…」
由紀の顔にはパックが張り付いたままだった。
「あっ!…」
その時、下から由紀を呼ぶお母さんの声が聞こえた。
「待ってて」
と言いながら、由紀が部屋を出ていった。
再び階段を上がる音がして、扉の向こうで声が
した。
「ごめん、開けて」
「はいよ」
扉を開けると、パックを外し、笑顔で料理を運んできた由紀がいた。
「お待たせ…」

僕は心の中で、幾つかの「お待たせ…」の意味を
一つずつ確認していた。

to be continued…


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