隣人

ーあなたの笑い声が聞こえると、わたしは心から安堵するー

この感情を偽善と呼ぶならば、かまわない。本当に心から、彼女の幸せを願っている、心から、心から。

このアパートに越してきた初日、隣人宅に挨拶に行った。
ピンポンを鳴らすと、出てきたのはメガネを掛けた、おそらくすっぴんの40代くらいの笑顔のおおらかな、小柄の女性だった。部屋着であろう、Tシャツと短パン。わたしの普段家にいる様子となんら変わらない格好。

「こんにちは。今日隣に越して来ました。子供がいるので何かご迷惑をおかけすることがあるかもしれません。その時は遠慮なく知らせてください。」

今どきアパートの隣人に挨拶なんてする人は減ってきているのではないか。そんなご時世に、彼女は明るく言った。

「いいのよ!大丈夫!うちも子供いるから、何かあったら言ってね〜!」

よかった。感じのいい人だ。はじめての土地に不安だったけれど、少し安心した。彼女と二言三言交わして帰宅した。

このときは思わなかった、彼女と会話をするのがこれが最初で最後だなんて。

今日見た彼女は、幻だったのかもしれない。


その夜、幼くはない子供の、癇癪をおこしている声が壁越しに聞こえてきた。

何か気に入らないことでもあったのかなと大して気にも止めなかった。そんなことよりこのアパートは結構音が漏れるんだな、我が家も気をつけるように子どもたちに改めて注意をしなければと、そちらのほうが気になった。

子どもたちの登校を見送る朝、部屋から彼女が出てきた。

昨日とは別人みたいな格好。メイクも、髪型も、洋服もこだわっているのがわかる。頭のてっぺんからつま先まで、流行をもれなく取り込んでいる。自転車にまたがって出発する彼女に「おはようございます」と声をかけた。でも、返事はなかった。

聞こえなかったのかな?

目も合わなかった。急いでいたのかも知れない。まあいいか、洗濯物を干さなければ。


それから数日たったある夕方のことだった。

女性の、金切り声が聞こえてきた。何事かと身構える。すぐにそれはおさまったのだが、間髪入れずに女性の怒声が聞こえてきた。

「あなたがいるから幸せになれないの!!」

それはとてもはっきりと、壁を隔てた隣の部屋から聞こえてきた。

先日挨拶を交わした隣人の彼女の声だ。

彼女は泣いていた。泣きながら、怒っていた。そして彼女の言葉が、わたしの胸を抉る。見たくないものを見てしまったような、とにかく暗い気持ちになった。他人事ではないような気がしたからなのか。彼女の叫びは、わたしの心にノックなしに飛び込んできた。

日々の生活を送るうえで、楽しいこともあれば嫌になる出来事もある。もしかしたら、私だってなにかのきっかけで彼女のように周りのことなんか考えられないくらい感情を爆発させてしまう時が訪れるかもしれない。そしてそれは、遠くない未来に起こるかもしれない。

真っ白な紙に落ちた一滴の黒いインクが、じわじわと広がっていく。

「その日」が来るのが、怖いと思った。


日が経つにつれ、彼女のことがほんのすこしわかってきた。

彼女は近所のアパレル店で働いていること。子供は中学生の男の子が二人。弟の方が発達障がいを抱えていて、時々癇癪を起こして叫んでいること。夫は単身赴任であること。そして彼女が爆発する日は、夫が単身赴任から帰ってきた日の夜に起きることが多いということ。

普段は、洗濯物を干しにベランダに出ると彼女が誰かと楽しそうに電話で話す声が聞こえる。夕飯時には、子供たちとの笑い声だって聞こえてくる。至って普通の日常。

しかし、彼女は爆発する。


ある日、洗い物をしていたら隣から大きな物音がした。水を流していても聞こえてきた叫び声に驚き手を止めると、

「あなたにとって結婚って何!?私だって誰かに頼りたいのわかる!?私がどれだけ頑張ってきたかわかる!?」

彼女は泣いていた。

「あなたには思いやりが足りないの!私とっても辛いの!」

なにかを叩きながら大声で続ける彼女以外そこには誰もいないみたいに静かだ。

壁を隔てていてもはっきりと聞こえてくるひとつひとつの言葉が苦しかった。私も同じ気持ちを抱えていたからだ、きっと。

彼女の他に言葉を発するものは誰もいない。

駐車場に目をやれば、ああやっぱり。彼女の夫の車が停まっている。

彼女の夫は、ただ嵐がすぎるのをじっと待っているのだろうか。宥める様子も聞こえては来ない。

何を思っているんだろう。発狂する妻を目の前にして。「また始まった、俺だって疲れてるのに、勘弁してくれよ」なのか、 はたまた、彼女の頑張りを理解しているからこそ、自分にできることはサンドバックのように黙って殴られることだと悟っているのか。

わたしも経験があるのだが、夫がいる日といない日とでなんとなく生活リズムや心持ちが変わることってないだろうか。普段ひとりでやれていることだが夫が目の前にいると手伝って欲しくなったり、一人分やること増えたな、とか、子供とだらだらしてたけど夫がいるならそうはいかないな、とか、夫のためになにかしようと張り切ったり、その張り切りで疲れたり…

何が言いたいかって、

母親と子供が築き上げる「普段の日常生活」においての「どうにかこうにか取れていたバランス」が、単身赴任からたまに帰ってくる父親によってほんのすこし崩れるのだ。ましてそれは発達障がいを抱える者にとって、さらにそれを支える者にとって、非常にストレスであることに違いない。

ただ、いくら推測を重ねたって推測は推測でしかなく、
私にはなんにも出来ることはない。

唯一あるとすれば、彼女と交流をしないことだ。

もしも交流を深めれば、彼女はもう、声を上げることができなくなる。夫への怒りに溢れたとき、隣りにいる私を思い出してきっと躊躇する。子供が癇癪をおこすたびに嫌な気持ちが増すかもしれない。

彼女の叫び声を聞き流す。
何事もなかったみたいにして、朝すれ違う。

私達は、ただの隣人である。















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