高速道路運転デビュー

結婚生活中、私はほとんどのことをひとりでできるようになってしまった。電球の交換だって、家具の組み立てだって、重い物の持ち運びだって、男手が必要とされることは大抵やった。

だけど唯一、どうしてもできないからと夫にお願いしていたのは高速道路の運転。どうしても怖くてできなかった、あんなにびゅんびゅん飛ばして、車線変更したり、迫りくる後続車からのプレッシャー。想像するだけで、お腹がきゅんと痛くなる。何より、子供になにかあったら途中で停車できないわけだし、子供の命を預かってると思うと「無理、私には無理。」

そんな私が、離婚することになった。

夫と別居して、元住んでいた地域に行き来する必要に迫られた。最初は新幹線とか、身内に頼んでなんとかしのいでいたのだけれど、物もあるしお金もかかる。いちばん困るのが、自由がきかないことだった。

いよいよ私は、高速道路を運転する決意をする。

妹に同乗を頼み、レクチャーを受けながら、住んでいるところから30分程度高速道路を練習がてら運転した。スピードをあげて本線に合流する瞬間、心臓の鼓動もそれに比例するように高鳴っていく。私は静かに興奮していた。「すごい、すごい、走ってる!」頭の中が、声であふれていた。ひとりだったら、きっと泣いてた。

さらに進むとダブルレインボーが見えて、なんと出口では、白蛇を見た。幸せのシンボルがふたつも。私の高速道路運転デビューを、見えない何かが祝福してくれているとしか思えなかった。

「わたしのこれから、きっといいことしか起こらない。」

高速道路を降りたその瞬間、私の世界がほんのすこし広がった気がした。



その翌日、元住んでいた地域まで運転することになった。
「おかあさん、免許取ってから高速道路運転したの今日の一回しかないの。だけど、明日運転しなきゃいけない、3時間近く。ふたりとも一緒に乗っていくわけだけど、大丈夫?まあ、死ぬ時は3人一緒ならいっか!」と努めて明るく子供達に話すと、

中学生の長男がにこやかに、「うん」と言った。

小学生の次男は私の言葉の真意がわかってない。
わたしはというと、子供たちの顔を見て泣いた。

長男は笑っていたけど、内心不安だったと思う。

当日助手席に乗ってくれた長男が、ガムの包みを開けたり、オーディオの選曲したり、ナビの入力だったり、甲斐甲斐しくサポートをしてくれた。分岐のところも指示してくれた。後部座席に座る弟の世話も。朝早くに起きて眠かったと思うのに、彼は一度も寝なかった。

運転中、私はこの子たちの命を預かっているんだなあとぼんやりと、だけど改めて思っていた、この子たちは私にこれからの人生を預けるしかないんだなあと、わたしが頑張らないといけないんだなあと、

運転しながら少しずつ少しずつ、あー、わたしはこれからシングルマザーなんだな、この子たちの親なんだな、という思いが、認識が、ずーんと。
「責任」という重圧が、精神を病んでたあの頃のわたしにのしかかってきた。

昨日の高速デビュー時のあの晴れやかな気持ちはどこに。

だけど、運転していて気づいたのだ。いつも夫が運転していたこの道。助手席から見る景色と、運転席から見る景色。速度も車線も、ハンドルを握る私が判断して、決定することに。ぼんやりと窓の外を眺めていたあのときとちがう、たぶんしっかり道を認識しながら進んでいる。夫はこんなに楽しいことをしていたのか。そして、それに伴う責任を担ってくれていたことに。


無事に着いた時、子供たちはとても喜んで、わたしのことを尊敬するような目をしながら「すごい!」と言ってくれた。あのキラキラした目。嬉しそうな顔。


わたしはこの子たちに頼られている、そう認識したその瞬間、

あ、この子たちのためにがんばろ、って思った。


その日から、わたしは高速道路をよく運転するようになった。

元夫が運転していたものだから、休みの日に機嫌を伺わないと、行きたい日に行きたい場所にいけなかった。予定変更もざらだし、
行く前は中止にならないよう、機嫌が悪くならないように気を使い、道中は渋滞とか道の間違いとかにびくびくし、帰ってきたら運転に疲れた元夫を休ませなくてはいけない、


そんなことから解放されて、とても楽しい。

そして、片道2〜3時間なら、その日に遊んで往復運転しても全然疲れない。

行きたい日に、行きたい場所に行ける。
子供達に、「お父さんが疲れてなかったら」って言わなくて済む。


車を運転するということは、人生に似ている。ハンドル握って、自分の進みたい道に、自分のペースで走っていく。ときにはスピードをあげて、ときには休憩して、どんなひとを乗せて、どんな様子で、どんなところに行き着くか。

ひとりきりでもかまわない、
思い立ったら、自由に、行きたいところに、行きたい。


#やってみた大賞

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