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トラの『耳ぽっち』 第七夜

― 久々の『耳ぽっち』の夜 ―

まだスコップを握って一年経っていなかった。
この男は応接室でカリスマ女社長と話をしていた。
「宮島さん、木下の悪口言うのやめてもらえる」

この男は社内で木下が次の社長だと飛び交う噂の中、皆に問われるがままにゼネコン時代の悪行を包み隠さず話していた。
女の事、金の事をだ。
それがリストラの原因であったことも。
それが耳に入ったのである。

この男は会社のことを思い木下だけは社長にしたらダメだと女社長に言ったそうな。

この男、一途なところがあり、社会人になるまではヤンチャだった若い真面目な社員達が可愛くてしかたなかったのだ。
今まで経験しなかった清々しい毎日を若い社員達と過ごし、会社が好きになっていたんだ。

しかし、ある意味恋に堕ちた乙女と同じ、女社長の胸にこの男の言う言葉が刺さることはなかった。

「そこまで言うならば、宮島さん、」女社長は切り出した。
この男、そこで言葉を遮り「辞めろって言うんでしょ、こちらから辞めさせてもらいます。きっと私の言う事を思い出して後悔しますよ」と言って会社をあとにしてしまったそうな。

その晩、この男はグデングデンになって帰って来た。
鈴木先輩と駅前の養老乃瀧でしこたま呑んで帰ってきた。 
久しぶりに枕になって話を聞いてやった。

先輩になんで、木下なんか拾ったんだと聞くと、アイツは自閉症の息子がいて大変なんだと言ったそうな。
悪行は知っていたが、家族や子供にゃ関係ないと先輩は言ったそうな。
どこまで人の良い人間の出来た人だと、先輩に食ってかかったって言ってたよ。
この男、悔しさと会社の若い連中に申し訳ないって私の体の上で泣いてたよ。

自閉症の息子の話でだまされた女社長から電話が来たのは一年後だった。
この男の捨て台詞は予言となったのだ
そしてその後とんでもない出来事が待ち受けている。

この男の人生は少し変わり、鈴木先輩の人生が大きく変わった出来事が待ち受けている。

定石の無い人生、そこに生きる人のきもちは当然それぞれ違う。
人の気持ちなんて永遠に分かりっこない。
そんな中でいつも悲劇は起きてしまう。

難解な世の中で生きるこの男の、私はただの飼い猫であったことを本当によかったと思っている。


第六夜まではこちらからどうぞ


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