研ぎ師(とぎし)ヒデの話 「猫姫」との出会い
「研師(とぎし)ヒデ」
ヒデは数少ない本物の刀の研師、刀と話して刃研ぎをしながら、ある意味平和な今の世で、自らの本来の生きる道を断たれ刀たちを慰めているのである。
ヒデはマルの店にいた。その日初めて智をマルの店に連れてきたのであった。智はあの事件があってから変わった。障害者支援施設で今は相談員として地域の障害者を抱える家庭と話をしながら本人たちがより人間らしく生きていく方法を探っていた。
「ヒデさんお酒好きなんですか、なんだか楽しそうですよ」智はヒデに聞いた。「ああ好きだよ、とくに肩肘張る必要ないお前みたいな男と話しながら飲むのはいいな」ヒデはコップの熱燗に口をつけながら言った。
「ヒデちゃんは私の死んだ弟と同級生だったのよ。いつもは一人っきり、こんなの珍しいのよ」女店主のマルは弟の武士を思い出しながら智にそう教えた。
なんだかヒデの言葉が智は嬉しく、こんな優しく頼もしい先輩に巡り会えたのがとても嬉しかった。
マルは仕込みの手を止めてヒデに言った。
「ヒデちゃん、猫の辻斬りの話聞いた?」
隣町の地域猫や野良猫が夜中に斬り殺されているという話だった。なんの罪も無い無防備の猫たちにどうしてそんなことができるのかヒデには理解できなかった。ずいぶん以前に一緒に暮らした三毛猫のことをマルの話を聞きながらヒデは思い出していた。
「何かわかったら教えておくれよ」そう言い、猫の辻斬りの話は終わった。
マルが炊いた旬のタケノコは美味かった。
何を食っても美味いのだが、季節の旬をその中に閉じ込めるマルの料理がヒデは好きだった。
いつもより飲み、いつもより食い、いつもより語り二人はマルの店を後にした。
駅まで智を送る途中、智は口を開いた。
「さっきの猫の辻斬り、ひょっとしたら俺に何かわかるかも知れないから調べてみますよ」
以前の智ならば決してしない他用に首を突っ込むような発言にヒデは少し驚いた。
「だってヒデさん、猫が好きなんでしょ、顔色変わってたもん」
智に自分の心中を見透かされたことにもヒデは少し驚いた。
そして智は別れ際に、いせ辰の小風呂敷に包まれた小刀を背負っていたザックから取り出した。
「これは爺ちゃんから。研ぎを頼むって」
「不思議ですよね、これ「猫姫」って有名な小刀なんだって。何か憑き物がいるって爺ちゃんが言ってましたよ」
小刀は帯刀を許されることのない武家の女や子供が身に付けていざという時に身を守ったという。ただ、その身の守り方には自害も含まれているのである。そんな悲しい因縁のある「猫姫」の話をヒデも聞いたことがあった。
今夜から「猫姫」との語りも始まると、ヒデは同時に思っていた。
「あと、団子刺しはしばらくヒデさんに預かってもらいたいって。ヒデさんと相性がいいんじゃないかって、爺ちゃん笑って言ってましたよ」
あの口やかましい団子刺しを預かり、智の事件に足を踏み入れ、今ここに至っている。
研師をしのぎとするヒデのもとにはいつも不思議な刀剣が集まってきた。
まあ退屈しのぎにはいいかと、ヒデは鎌倉時代の業物の一刀「八丁念仏団子刺し」の待つマンションの部屋に戻っていった。
ヒデは前回の事件で智と出会いました。
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