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コインロッカー係がチャンポンを作る理由
🍙こちらから話はだいたい続いています。
どの駅のコインロッカー室も静かだ。
コンクリートの室内に金属製のコインロッカー、無機質の部屋に無機質の箱、そんな場所に人の心を打つような音があるわけがない。
でも、男にはそれが心地よかったのである。
音楽などが流れることは無く、人の会話も無ければ、あるのは荷物をロッカーに入れる擦過音と扉の開閉音、百円玉が落ちて鍵の閉まる音しかない。
男はそんな中で作業をする時間が愛おしかった。
女の生前、日曜の夜は男の料理当番だった。
だいたいいつもチャンポンだった。
一度だけ男は女に話した。
チャンポンが好きな理由を。
「子供の頃、うちは貧乏でな、腹をすかせた育ち盛りのオレが何も言わずに我慢していると、おふくろが冷蔵庫の残り野菜ばかりでチャンポンを作ってくれてな。」
仕事から帰って疲れていただろうに男の母親は晩飯までのつなぎにチャンポンを作ったという。
そして、男はそれをいつもそばで見ていたという。
そこには二人だけの無言の会話があったに違いない。
二人だけの時間があったに違いない。
認知症で幸薄く生涯を終えた母のしあわせなひと時だったに違いないと女は黙ってチャンポンを口にした。
男の優しさと男と二人で過ごす時間のしあわせを感じ、女は涙しながらしょっぱいチャンポンをすすった。
美味しいものを愛する人の口に運びたい、男のそんな願いは女に通じていたのである。
多くを話さない二人の食事の時間はそれでも十分すぎるほど互いの気持ちを通じ合わせていたのである。
ロッカー室の静謐の中で作業をしていると女を近くに感じることが出来た。
きっとどこかで「オレのしあわせを感じてくれているに違いない」と男が思うことの出来る時間だったのである。
男は夜一人チャンポンを作る。
そして、食卓の向かいにはいつものように座って男の様子を嬉しそうに眺めている女がいるのを感じながら一人チャンポンを食べるのであった。
🍙こちらになんとなく続いています、、