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筆記具のおもいで

これまでに何度か私の筆記具に対する思いや思い出をここで述べたことがある。私は文房具、そのなかでも筆記具が好きである。数もたくさん持っているが、コレクターというわけではない。どれもを持ち歩いており仕事でも使ってきたものがほとんどなのである。だからどの1本にも思い出がある。関西の多くの駅に営業マンとして建設業界で生きてきた頃の辛かった思い出や嬉しかった思い出があるように、どの筆記具にもそんな思い出があり手に取ると多くの感情が湧き上がってくるのである。

関西もやっと秋らしさを感じることのできる気候となってきた。私の場合、この頃から万年筆の出番となる。汗をかく夏場に万年筆は出先でのメモや、思いついてカバンから取り出したハガキにその思いをしたためるのに向いていない。どうもべたつく汗が気になるのだ。メーカーのペン先の個性でインクが乾きにくいのもある。涼しい部屋で万年筆を握り、紙に向かうのならいいのだが、どうもあのベタベタ感がイヤなのである。それで、夏場の万年筆は自宅専用になっている。

写真の万年筆はパイロットの製品である。楓(かえで)を材料として作られた万年筆である。最近では世の中の動きに合わせてこんな自然素材を用いた文房具が少なくないが、今から30年ほど前にはこんな万年筆は無かったんじゃないかと思う。それで思い切って買った1本だと思う。そして、たぶん夏の暑い時期にこの万年筆を買ったのだと思う。

当時ゼネコンの営業マンをしていた私は京都の北山にある設計事務所でそこの社長と話をしていた。そして内緒で図面を借りることになったのである。発注前の図面は業者間での話し合いの決め手になる一番強い材料であった。
そこの社長ももちろん分かってることであり、腹を括っての出来事であった。そこで私は借用書を自分の名刺の裏にこのペンを使って書いたのである。お盆前の蒸し暑い日だった。高齢の社長は冷房が苦手のようだった。ハンカチで汗を拭きながら借用書を書いた。汗は暑さのせいばかりではなかった。応接室から京都の蒸れた空気で白い青空と、その下に緑の山を刈り取り、薪を並べた送り火の「舟形」が見えたのを憶えている。暑い夏の日だったのを憶えている。

言わばこの万年筆はそんな私の仕事を知る生き証人であり、相棒だったのである。一人での行動が多い時期だった。それは本来の営業のスタイルではない。特にこんな時には一人での対応は間違いが起こる場合もある。だから慎重に事を進める際に私はいつも相棒の筆記具と会話していたかも知れない。

どの筆記具にもなにかしらの思い出がある。
そして、1年ほど前の冬に梅田の大きな百貨店でショーケースに入っていた舶来の万年筆を食い入るように見つめていると、年かさの女性の店員さんが「お客さん、これも見て行ってください」と私の胸に刺してあったこの万年筆を見て、同じシリーズのシャープペンシルを出してきてくれた。製造中止となっていた製品を出してきてくれたのである。なんだか連れて帰らなければならないような気がして買ってしまった。透き通ったような木質がいい。気に入った万年筆とシャープペンシルである。

日本の万年筆は優秀である。歴史ある海外メーカーの製品に劣らぬ書き味とデザインである。中途半端に高価な海外製品よりもパイロットかプラチナの普及版クラスの万年筆のほうが優秀であり、私は好きである。

これから夜の時間が長くなり、こいつらとの付き合う時間も長くなる。
こんな思い出を自分のためにこれから残していこうかと考えている。

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