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トラの『耳ぽっち』 第六夜

― 大好きだった鈴木先輩が他界を強いられた話 ―

私たち猫には難解な理解しがたいことをこの男はこれまでやって来ている。
いろんな寄り道、全てはタイミングと出会った人によって飾られるとこの男は私に言ってきた。

この男の息子は中学で不登校になった。
それを知ったこの男のお父さん、私のもとの飼い主はこの男に激怒した。
「お前の生活態度に原因がある」と毎晩浴びるように酒を飲んで帰る生活をなじられた。
結局は学校に大きな責任があったのだが、それもあるかなと勤めていた設計会社を辞めてしまい作業服と長靴に着替えて、毎日スコップ片手に穴掘りを始めた。

以前勤めた同じゼネコンを辞めて、埋蔵文化財の発掘調査会社に転職した鈴木先輩に世話になったんだ。
毎日朝早く仕事に行き、夕方早い時間に帰るようになった。
毎日の仕事は大変であったけれども家に帰る途中、夕陽の沈む前に飲む缶ビールは美味かったって言ってたな。
結局酒はやめてはいない、でも、息子の起きているうちに帰宅するようになった。
そして、私を枕にすることは無くなった。

息子は独学で私学の高校に行くことに決めた。
この男は、やれやれ次をそろそろ考えなければ、と思っていた矢先に事件は起きた。
発掘調査会社での事件だった。

優良な、平均年齢のとても若い勢いのある関西でナンバーワンの発掘調査会社だったそうな。
創業の父親と会社を築きあげてきたカリスマ性の高い女社長は、この男より一回りほど年上だった。
後継者に悩み、体調を崩している気弱のところに付け入っていった悪い男がいた。

この悪い男、木下は先輩に泣きついて、この発掘調査会社に入れてもらっている。
木下はこの男と鈴木先輩のいた同じ会社の後輩だった。
この三人のもといたゼネコンは建設業界を理解せぬ主力銀行の指導による経営転換で多額の不良債務を抱え、最終的に経営者が一番やってはならないリストラを始めた。
鈴木先輩と後輩の木下はリストラ対象に入ってしまった。
この男はその対象じゃなかったのに嫌気がさして設計会社に移っていたそうな。

そして、事件はこの木下が起こしたそうな。

『事実は小説より奇なり』って言うが、小説は人間が考え出したもの、人の心なんて分かりっこない、だから絵空事じゃない事実は小説より奇なんて当たり前のことと思う。

私は猫のトラ、不器用であるが真面目に生きるこの男を愛してやまない。
この男の歩んできた道をもう少し聞いてやって欲しい。

この難解な人の世を傍観できる猫でよかったとつくづく思うのである。


ここまではこちらからどうぞ

木下はこの先、事件を起こします、、

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