コインロッカー係の弁当の理由
🍙ここから話はだいたい続いています。
その男が弁当にこだわる理由を私は夢想する。
男には幸せな時間があったのだろう。
子どもに恵まれることはなかったものの、妻との日々は充実したものであったのだろう。
二人は結婚する前に同じ職場の同じ課に勤務していたようである。
男は毎朝出勤すると結婚する前の女にそっとコインロッカーのキーを手渡された。
女に渡されたキーには「大阪駅G-013」と刻印されていた。いつも桜橋口のロッカーだった。
男は朝の打ち合わせを簡単に済ませると一人出て行く。
営業マンだった男には社内が戦場ではなかったのである。
男は午前中に必ず桜橋口に寄った。ペットボトルのお茶を買い、コインロッカーに向かう。そしてロッカーから弁当を取り出した。
女はいつも自分と同じ弁当を男のために用意し、会社から離れた桜橋口のロッカーに入れておいたのである。毎晩酒を飲むばかりの男の身体を気遣っての弁当だったのである。
大阪の下町で育った女の弁当は質素な茶色い弁当だった。男はいつも大阪駅の一番外れの11番線のホームのベンチでその弁当を開いた。北陸に向かう特急の発着するそのホームは使用頻度の少なさで人の少ないがらんとしたホームだった。
天然冷暖房のホームのベンチはいつも一人だった。
弁当にはいつも女の手紙が入っていた。
「今年もきれいに桜は咲きました。あなたと二人で大川の堤防を歩いた夢を見ました。」
男も手帳に
「造幣局の通り抜けは来週からだ。水曜日の午後7時桜ノ宮駅の改札を出たところで待ってるよ。いつも弁当ありがとう。玉子焼きが美味しかった。」
そして破ったページを弁当の蓋にのせ、桜の柄の大きなハンカチで包んだ。
まだ、携帯電話のメールもない時代に二人はコインロッカーを使って伝言をしていた。伝言板がどの駅の改札にもあった頃にそんなやりとりを二人はしていたに違いない。
二人の幸せもそのすぐ後にやって来たに違いない。
でもそれは長くは続かなかった。皆に祝福されての結婚生活は女の急逝であっけなく終わりを告げた。
それから20年間定年を迎えるまで男は独身を通した。女を忘れられなかったのである。幸せなあの時間を忘れられなかったのである。
だから男は今も時々自分で作った弁当をわざわざコインロッカーに預け入れ、昼前に取り出す。
まるでコインロッカーに預け入れていた思い出も一緒に取り出すように。
男のまだ妻を思う気持ち、男の優しさは不思議だがこのコインロッカー達にも伝わったようである。
🍙こちらに話は続いています。