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冷たい冬の日の出来事

背筋が凍るような思いをしたのはこんな暑い眠れぬ夜ばかりではない。
まだ高校生の大晦日、気まぐれに初日の出を見ようと浜名湖に自転車で向かったことがある。

東海道新幹線を東京から大阪に向かうと浜名湖を通過する。
私にとっての浜名湖界隈は小学生の頃から東海道線に乗って釣りによく行った明るい雰囲気の楽しい思い出のある土地である。
あの大きな浜名湖の太平洋との境の汽水域当たりの地名を今切(いまぎれ)という。
500年以上も前に浜名湖の入り口が決壊したそうだが、いまだに今切と呼ぶのを不思議に思っていた。

しかし、この今切あたりから見る太平洋の向こうから昇る朝日は美しい。
親に無断で夜釣りに行き、昇る朝日と罪悪感は戦ったがいつもこの朝日の美しさが勝っていた。

でもこの時の初日の出を私は浜名湖の裏側から見てみようと誰も通らない山あいの国道を走ったのである。
国道362号、通称『姫街道』という。
『入り鉄砲に出女』で新居関所の女性に対する取締りが厳しかったために、この今切れを避けて当時の奥方たちが浜名湖の裏の峠を越えて東海道五十三次の御油宿まで歩いた街道をそう呼んだのである。

その姫街道、細い山道の県境あたりに赤レンガ作りの古いトンネルがあった。
そこを抜ければもうすぐ浜名湖だった。
この山頂のトンネルの足元には少し前に大きなトンネルが出来ており、誰も通ることのないトンネルになっていたのである。

いつもは日中に自身の脚力アップのために一人で通過する峠だった。
こんな夜中に来たのは初めてだった。
そして、この時だけはトンネルに入らず引きかえしたのである。
たいていの恐怖に無頓着な方なのだが、この時は『やばさ』を感じた。
薄暗いトンネルの向こうに見える出口に自転車の横に立ちこちらの様子を伺う男がいたのだ。

振り返ることなく真っ暗闇の下り坂を小さなダイナモのライトだけを頼りに全速力で駆け下りたのである。

一歩足を前に出していたらどうなっていただろうか。
ひょっとしたらそこにいたのは私だったのかも知れない。
もう一人の私と言葉を交わすことが出来たのかも知れない。
今いる私はもう一人の私と入れ替わっていたかもしれない。

そして、それからずいぶん経ってからそこが心霊スポットとしてかなり有名な場所であることを知った。
当時の女性による峠越えはかなり厳しく、命を落としたものも少なくないということであった。
その女性たちが無念と共にまださまよっている場所だということであった。



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