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バーン・ザ・ユナイテッド 第一話 Aパート

 アバンタイトル

「はい、明後日の決済はいつもの南支店で……」
【信号が、青に変わりました】
『今朝発見されたバラバラ死体は昨夜未明……』
「メッセかえってこねー」
【あと十秒で、信号が変わります】
『ミナワラバイオメディカルが午前11時をお知らせ……』

冬の陽は、気怠そうにその身を頂点に置こうとしていた。
(あ……れ……。私今なんでここに)
そんな頃。繁華街中心。
一人の少女が雑踏の中佇み、呆けたように空を見上げていることに、彼女自身の精神が追い付いたように自覚する。
話し声、足音、広告メディアの音、その他、その他。
意識のフィルタのかからない都会の音の洪水は、さらにその意識の混迷を深めさせる。

「おい……あんた、信号変わるぜ」
「え、あ、はい」
そんな彼女を大半が無関心に避け進む中、一人の青年がうざったらしそうに少女へ声をかけ、動けと促し進ませる。
しかし、その足取りはいかにもおぼつかない様子で、見かねた青年は「失礼するぞ」と断るなり、彼女の手を引き、歩道まで導いた。

「すいません、ぼうっとしてて」
「そうか」
熱いが、汗ばんではいない……どころか、妙にすべらかな……手に少女がドギマギする間もなく、彼はそのまま行ってしまったのだった。

(昨日は学校終わって外で食べてそんなに遅くない時間に帰って……あれ? それからが……)
少女……井波つかさ……は尚も街を揺蕩う。頭には靄がかかったような心地がしていた。
(今日の講義は……ああ、土曜だ、今日)
「そうだ、お腹すいたな」
足取りは惑うことなく、人の流れに身を任せ、彼女はそう一人ごちる。目の前にはその考えが先かその視覚情報が先か、牛丼チェーン店があった。
「いらっしゃいませ~」
甘辛い香りに吸い込まれるように、入店した。つかさは一人で牛丼屋に入れるタイプの少女だ。

「今朝見つかったバラバラ死体、女だったってことしかわかんないんだってよ」
「食ってるときにやめてくれる!?」
席につくなり、隣の男子大学生らしき二人組が益体もない話をしていた。
つかさの注文は並牛丼にサラダと味噌汁。ご飯は少し残す予定だが。
「しかしこええよな。街角の怪人。おかしな人影」
「ッハ、令和のこの時代に馬鹿らしい」
眼鏡の如何にも噂好きそうな男の言葉に、魚のタタキの乗った丼をかっくらいながら片割れが返す。
「この世に不思議なことなんかないんだよ、今やもう」
その間に牛丼セットを片付けたつかさは、お腹が満ちてようやく頭が回り始めていた。ご飯は残さなかった。

「これからどうしよう」
そして店を出て、冷たい空気を浴びたつかさは改めて頭が冴える。時刻はいつの間にか昼を過ぎていた。
「一旦家に帰ろうかな……家に帰る……?」
(私の家ってどこ?)
記憶の剥落の詳細が、はっきりとした頭でようやくわかり始めた。
少女は、急いで財布の中身をひっくり返す。周りに怪訝な目を向けられるが、それどころではない。

紙のポイントカード、バーコード式のポイントカード、磁気式のポイントカード。ポイントカードばかりか。と謎の感想が頭をよぎる。
そして学生証、保険証、運転免許証!
その裏書きには、今いる繁華街からさほど遠くない距離の住所が、確かに書いてあった。

そのときであった。

「いい脚、みぃつけたぁ」

声に反応してつかさが目を向けたビルの隙間に、肉塊が詰まっていた。

【続く】

資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。