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俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた
俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
今日は2020年11月18日なので、確かそのはずだ。16度目の。
「今日は……雪が降るんだっけ、雹が降るんだっけ」
「えーと、明日が古宮さんの日だから、雪」
なんとなしに呟いた俺の独り言に妻の頼子《よりこ》が答える。出勤直前、持ち物の支度はいつも悩む。ループを超えてメモなどは残せないのでそれぞれの記憶が頼りだ。
「そういえば明日、古宮さん亡くなるんだよな……」
「うん、また半年お別れだね」
「次も巡るかな」
「わかんないや。五周で終わるかと思ってたのに、そうじゃないし」
安置される直前に”例のウイルス”で亡くなった大物芸能人は、残念なことに少なからず芸能界に感染を広げてしまったらしい。とりわけ若手のスタッフなどの多いテレビ局のこと、密かなリレーに気付いた頃には、少なくない数の犠牲者が出た。
「あー……てことは、あなたの便は遅延が有ったんじゃないっけ。でも正規の時間に着かないとだね」
「文庫本を持っていこう」
頼子の言葉に俺は頷き手荷物を増やす。遅延は45分だが、駅にいつもの時間につかないと発生しない。2周目のとき上司から鬼電くらってひどい目を見た。
「あとは……今日は無いかな」
「そうだ! 明日朝は通り魔が出るから、君は明日の出勤時間ずらす手続きしないと」
俺の言葉にそうだったそうだったと言い、彼女は鉄筆を取り出し聖火で炙り、メモに文字を焼き付けていく。
「あ、コープのゲリラセールで和牛が7割引」
「メモ頂戴。俺が買ってくるよ」
ループを認識できるのは家で聖火の近くにいる間だけ。
面倒なことだ。
「じゃあ、お互い気をつけようね」
「ああ、無事に家に帰ろうな」
俺と頼子は、ドアをくぐった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「あら、今日も揃って仲良しね」
「はい」
「ええ」
今日も、一日が始まる。
【廻る】
「俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた」からはじまる短編小説。
— ドント (@dontbetrue) March 26, 2020
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