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お買い求めは、山志田仏壇で 【前】

【前編】【中編】【後1】【後2】

ある日出勤したら、世界が変わっていることに気づいた。
「オイオイ無織田《むおだ》君、売出しの日にギリギリ出勤とは気合入ってるねキミィ」
「……店長、うち今日で閉店じゃなかったですっけ」
「はっはっは、80周年記念でここより良い霊地にでも移転オープンする気かね? ヤル気有るのか無いのかハッキリしないねキミ」
山志田仏壇、だった筈だが、まだ眠気の抜けない俺の目の前には、裏口からも無駄に見える【パワーアイテムYAMASHIDA】の四面ネオン看板が輝いていた。あ、いや、下の隅に小さく山志田仏壇とも書いてある。
――ひとまず、一日は働かなければ。ならないと思う。

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仏具店だったので、基本はダーク系のスーツ(色の話だ)で接客に出ていたのだが、今日はその上に山吹色のエプロンを着させられた。ユニホームらしい。
しかも、推測するにこの世界の俺が以前から使っている様子で、初めて着たにも関わらず妙なフィット感がある。
店内を見る。レジまわりはそのままだ。あと、相変わらず線香臭い。しかしその他が全て変わっていた。陳列スペースがやたら広く感じられ、なぜかと思えば仏壇の類が全部隅に寄せられているのだ。その代わりにコンビニ宜しく並んだ棚に陳列されているのは……
「妖魔退散山志田香。多い日も安心山志田ストロング。香りの少ない山志田ライト……?」
なにそれ?

「さあ! 開店するよ! シャッター開けて!」
そんな疑問を解消する間もなく、店長に急かされて入口へ向かう。すると開ける前から異様なことに気付いた。
開店前に……人が並んでいる。しかもそれは一人や二人ではなく、ガヤつく雰囲気が伝わってくるのだ。
覚えている通りの手順で入口ドアのロックを外し、シャッターのロックを外し、勢い良く引き上げると、そこには人人人。

こんなに人が山志田仏壇の前に並んだことが有っただろうかいや無い。

「早くどいてくれる?」
「あ、すみません」
そう呆けていると、俺よりちょっと年下くらいの青年に店内に押し込まれた。それがキッカケになり、後ろの人々も続々となだれ込んでくる。
「いらっしゃいませ皆様! 本日は年末恒例対妖魔強化月間大売り出しでございまーーす!」
店長が元気よくそう叫ぶ。今更だが、あの”おりん”(ちーんとなる奴)にも負ける覇気マイナス値の店長はどこへ行ったんだ。俺に閉店すること伝えた時、ゲボ吐きそうになってたじゃん。

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「やましだこうが一点、二点、ストロングが一点、戦闘用数珠が一点」
(……戦闘用数珠!?)
レジに就いても動揺は終わらない。男性用数珠、女性用数珠。ここまではわかる。今も陳列されているし。だが、戦闘用のカテゴリの数珠なんて初めて見た。
「合計四点で5980円です」
「バーコード決済で」
「えっ」
そんなハイカラなものは導入して……あった!?

レジ横に見慣れぬPOPが有ると思ったら、バーコード決済用の読み取りバーコードだ。それに書かれたのは阿弥陀pay。
「金額合ってます?」
見せられた画面にはさっき告げた通りの金額。
「は、はぃ!」
曖昧な笑みでバッチリ頷くという社会人スキルを駆使しその場は乗り切ることにした。
ブッダ!
なんだその決済音。

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そして怒涛のように、本当に怒涛のように接客をこなし、この店に勤め始めて初めて接客しすぎて疲れると言う体験をした。気難しい爺さんや、旦那さん(亡)を探しにきた婆さんを相手にボーダー探りながら接客するのとは違う。

昼休みになっていた。

売れ筋は例の線香とお数珠。あとは別宗派の祭具として十字架とか短剣(聖別済)とか巫剣? とかのようだ。
「なるほど、マジで霊とか妖怪とか魔物いるのか、この世界」
持っていた携帯端末は何の問題もなく動き、ネットにもつながった。キャリアも同じだしブックマークも生きていた。しかし、試しにポータルサイトを覗けば「今日の霊障予報」だの「あなたにも簡単、怪異を物理で殴る方法」だのと並んでいる。

「何見てんですか?」
「うわ!? あ、瀬戸さんいたんだ」
「そりゃシフトですから来ますよ。お昼からはダンジョン上がりの人が増えるんですから」
おっと新情報だぞ?

瀬戸しずか。さん。確か大学生。性格も含め、見たところはこちらでもそれは変わってはいなさそうだった。
手元でダンジョンとやらを検索すると、以前のゲーム攻略サイトのような体裁で『現実にある』ダンジョンの攻略サイトが幾つか出てきた。何かしら安全のためだろうが、【政府認定】などという文言が付いている。
どうやら、日常出てくる連中をうちのお香で退散させるだけじゃ飽き足らず、わざわざ発生源に突っ込んでぶっ倒す人々がいるそうだ。それで食い扶持にしてる人もいるから一概に趣味人というわけでもなさそうだけれど。

着替えた(エプロン付けただけだが)瀬戸さんにふと手元を覗き込まれる。
「お? どっか潜るんですか? ついに? 一緒行きます? ついに?」
「え? こんな事するの?」
なんでそんなグイグイくるの?

「えー? 知ってるでしょ。社割使えるからこのバイトしてるんですから」
――訂正。趣味が完全に変わっていたようである。変な無織田さんと俺を笑う瀬戸さんの腕は、少し太ましくなっているのかもしれない。

【続く】

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むつぎはじめ
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