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【おねショタ】女エージェント(笑)京夏ととある少年【前編】
「……こんにちわー」
盆も過ぎた夏の頃、遠路はるばる母方の田舎に帰ってきた女エージェント糸屋京夏《いとやけいか》を迎え撃ったのは幼い少年の声だった。
かつては親族の墓があった寺だか神社だかの横の、水琴窟でのことである。
「こ、こんちわ」
女エージェント……要は位置情報ゲームの廃プレイヤーなだけだが……は突然の声にびっくりして、いかにも不審者丸出しの吃りがちな声で挨拶を返す。そういえば不審者には初手挨拶せよと最近は学校で教わるらしいと彼女は思い出した。子供もいなければ彼氏もいないので、マイクロブログサービスでの又聞き情報なのだが……。
「……ここ涼しいきれいだよね! おねえさん今は街の方で働いてるけど昔から好きでサァ!」
「あ……ぼくも普段は街に住んでるけど……はい」
これは大丈夫か? 多少疑いは晴れたか? ……途中から明らかに個人情報隠したな?
内心バクバクで彼女はそう考察しつつ、本来の目的のポータル修復に取り掛かる。込み入った洞窟の入り口が分からなかったのか分かっても入るのを躊躇ったのか、遠巻きに撃たれた攻撃アイテムで一部損壊したポータルを全アップデートし、念の為シールドを張り直しておく。
「あら、けいちゃん、またピッピ(携帯、ひいてはスマホのこと)で遊んでるんか?」
坊守のじいさまが京夏に声をかけたのはそんなときだった。
「あ、あー! おじいちゃん。お久しぶりです」
「お久しぶりもなんも、もう墓は移したでなん用だね」
「え、えー、その、この水琴窟見に来たくて」
「ふーん……ありがとね」
あたふたと言い繕う京夏をじいさまは怪訝そうな顔で見たが、よしとした。
「だれだいその別嬪さんは?」
「ああ、真吉さんとこの孫の孫で、たまに来るんだ」
更に後ろから現れたのは少年の祖父である。
「冬樹、そろそろ帰っか……あ?」
と言ったその時、彼のiPhone 11(64Gモデル)が爆音を発して着信を知らせた。
「はい下小村……え? 分水枡が砕けた? ……は? 赤い洗面器かぶった男がユンボのアームを落として……?」
電話口からはとても冗談ではない様子の声が漏れ聞こえてくる。
「わかった。すぐ行くっで」
そして何度か言葉をかわした後、電話を切って彼は少年……冬樹に向かって言った。
「ちょっと水路の方でわけわからんことが起こったみたいだから、冬樹、先に帰ってろ……ってこの暑い中歩くのはな……」
「あ、じゃあ、けいちゃん、送ってあげてくれな」
「えっ!?」
「ほら、こちら下小村さん……ってわからんか。けいちゃんのおばあちゃんの又従兄弟なんだよ。今日もあの洒落た車で来てんだろ? あの、チンク……チェンク……」
そりゃあ来てるけど。と京夏は面食らう。今でも彼女より元気なくらいの祖母は「辛気くさい」の一言で墓ごとこの村を出ていったくらいなので、此方側の親戚づきあいは皆無で又従兄弟といわれたところで分かろうはずもない。
(というかばあちゃんの又従兄弟の……孫? ってほぼ完全な他人じゃん!)
心のなかでそんなふうに叫んだりもする。
「あー、けいちゃん? さん? 親戚というわけじゃなくて、単に行き合った人として頼みます。こん冬樹を家まで送ってやってくれんですかね。頼みます」
とはいえ、二世代も上の男性からそう丁寧に頼まれては、断れるはずもなかった。
2000円握らされたし。
「びっくりしちゃったね突然」
「はい」
そしてしばらくの後。寺だか神社だかの敷地に停めてあったFIAT500の助手席を開けてやりながら、京夏は冬樹にそう話しかけていた。少しクリーム色にも見える白のカラーの車内は、20分たらずほどしか放置していないにもかかわらず凄まじい熱気である。
さて、冬樹はといえば。
(き、きれいなおねえさんだ……!!)
こちらはこちらで割と切羽詰まっていた。
(二人きりになっちゃった! 車内良いにおいする! なんか甘いにおいする!)
それは熱せられて発散されたFIATのシート自体の香りである。
(麦わら帽子にパステルのワンピース……かわいいなあ)
独り身OLの気まぐれによる、もはや軽いコスプレである。
(肌白いし、お……胸大きいし、美人だし)
インドア派で位置情報ゲームすら車内勢なだけである。
……ただ、スタイルが悪くなく、美人であることは、そのとおりであるが。
「あの……宜しくおねがいします」
「……うん!」
そして、伏し目がちながらもようやく自身を見てくれたその少年の言葉に、京夏はすこし嬉しくなって、車を発車させた。
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